参-1 ffffe0_村落
どうやらボクの新しい上司は隊員をあだ名で呼びたいようだ。
「俺は小隊長か隊長と呼んでくれ。こいつはあおちゃんって呼んでるぞ。」
「え、名前、全然青要素ないですよね。」
「はっはっはっ。いつも顔が青いからあおちゃんだ。」
「な…。そんな単純な…。」
イケメンのお兄さんは、おじさん的には前髪を遊ばせているのが気になったらしく、前髪のまーくんになった。ボクはというと、ミズチを漢字で書くと鮫なので、なぜかギャングというあだ名がついた。訂正して頂きたかったが、まーくんさんが乗ってしまい、ギャングで決定してしまった。なんてダサ…いや、ボクにはもったいないあだ名だ…。
「さぁ~て、まーくん、ギャング、早速だが俺たちの仕事について説明させてくれ。」
「は、はぁ…。」
「はっ。」
「あ~、いや、その前に、さっきも言ったが、まーくんよ、お前はセカンドの優秀な隊員さんだったが、俺は万年平社員の回収係よ、そんなにかしこまってもらっちゃあ困るぜ。そうだなぁ、ギャングくらい気の抜けた返事がいいな。」
気の抜けた返事代表になってしまったようだ。どうしてそんなに気が抜けているのか問われたが、気合の入った返事が見につく前に辞めてしまったという言い訳でなんとか通せた。本当は、死への恐怖から拍子抜けしているだけだが。
「で、なんの話だっけか。あぁ、仕事を説明するんだったな。」
あおちゃんさんは話に興味がなさそうに、寝室のドアに向かった。
「あ~、じゃあまーくん、おめぇがセカンドにいた頃の1日の様子、教えてくれよ。」
「はっ、ではなく…、ん゛っ…は、はぁ。」
「ごふっ。」
まーくんさんがわざとらしくボクの返事を真似したのが、隊長のつぼにはまったようだ。笑いが止まらない。どうやら隊長はつぼが浅いらしい。
「いっひっひ。」
隊長以外がしんと静まり帰っているのを見て、どうやら察したようだ。
「悪い悪い。あ、ギャングよ、軽く書記してくれや。」
「は、はぁ。」
言った瞬間、しまった、と思った。今、隊長はこの返事がつぼなのに。案の定、笑いをこらえながら、大きいホワイトボードをごろごろと引っ張ってきた。
部屋は、隊長の席がお誕生日席のようになっており、隊長に向かって右に3つ、左に2つの机が並んでいる。左右に座った人が背中合わせになり、真ん中が通れるような配置だ。隊長に向かって右奥には簡単な流し台がある。左奥のドアが寝室の入り口だ。トイレ風呂はこの部屋を出て西側の廊下の突き当りにあった。
自分の席の前にホワイトボードを配置し、隊長はまーくんさんの隣に座った。ボクは立ち上がってホワイトボードのペンを手に取り、試し書きをしてインクの出を確認する。
「さぁて、朝から順に説明してくれ。」
「はぁ。」
また隊長が笑う。これは無限地獄なのではないだろうか。いや、音が同じだからそれっぽく感じただけで、正しい言葉は無間地獄だな。まーくんさんが隊長の笑いを無視して話し始める。
「まず、マルロクマルマル、敷地内一斉放送のファンファーレで起床し、点呼を取ります。」
「6時、起床・点呼…。」
ボクは繰り返しながらホワイトボードに記録する。
「朝の点呼を終えたのち、朝食と洗面、更衣です。」
「朝食、洗面、更衣…。」
「マルナナマルマル、訓練の準備をします。」
「7時、訓練の準備。」
「ほう、まぁ、朝は大体同じだな。」
その後は基礎訓練、行進、大隊別の訓練を行っていたようだ。
「ヒトゴーマルマル、安静状態に入ります。」
「15時、安静。」
安静とは、訓練で使った体を休め、落ち着いた状態に戻すことだ。この後の採血のときまで緊張状態が続いているとあまりよくないからだ。
「ヒトロクマルマル、問診と採血を行います。」
「16時、問診、採血…。採…これか。」
ちょっと漢字がぱっと出てこなかったのは秘密だ。採血で問題なければ、夕食を食べて自由時間に突入する。しかし、18時を過ぎるまでは制服を脱いではいけない。
ここがポイントだ。ボクが普通の軍の1日を過ごすうえで心配があるのはこの理由の部分なのだ。それというのも、まーくんさんが今説明した内容を、シフト制でAMとPMを完全に反転させる期間がやってくるのだ。間に必ず休暇が挟まるとはいえ、こんな不規則な生活に耐えられる気がしない。逆にシフト制が敷かれている中で、欠員補充の考案をひとえに担っていたサトイさんは情報処理能力が化け物なんだと思う。
つまり、午後組は18時に起床してくるため、それまでは気を張っている必要がある。だから制服を脱いではいけないのだ。24時間コンタギオンに対応できるように隊員はAMまたはPMの6時前後で入れ替わるというわけだ。
「なるほどな。」
隊長は一言呟いて立ち上がり、赤いペンを手に取った。
「まず、起床時刻なんかは同じだな。」
6時:起床・点呼と書いた部分に赤線を引く。
「ただし、同じなのは時刻だけで、点呼はほぼないに等しい。」
「ないに等しいってどうゆうことですか?」
「回収係はそんなに細かく管理されねぇんだ。」
確かにGクラスの中の回収係に欠員が出ることは滅多にない。G適やMHCの値は時間がたってもほとんど変わらない。つまり、新人研修期間として回収係を務め終えた後、そこに残る人は、万年回収係なのだ。まれに違うケースもあるようだが、ボクは卒業以外に回収係の異動を見たことがない。
「では、どのように人数などを確認するのですか?」
「それはだな、これよ。」
隊長は自分の机の上に置いてある伝票のようなものの束から、1番上の1枚を手に取った。
「これに全員サインしてそこに置いてある機械に通せば点呼はオッケーよ。」
「ほぉ…。」
Aクラスは3人だけだったので点呼もクソもない。明日からは毎朝、マークシートの紙のような用紙に名前を書かなければいけない。筆跡を機械が鑑定し、自動的に点呼を取ってくれるという仕組みだ。
「筆跡の登録は後でやってもらうとしよう。」
そういいながら、ホワイトボードの『点呼』の文字の前後に括弧を書き足した。
「そいで~、行進とか訓練はなしだ。部屋で待機しながら戦闘員たちがやってるのを眺めるだけさ。」
「えっ、セカンドでは回収員も毎朝の基礎訓練と行進は行っていましたが…。」
「まーくんよ、都会とは士気が違うんだよ士気が。」
少し隊長の声がぴりつく。両親に聞いた話だと、都会と田舎それぞれに住む人々の心の溝は昔に比べて深まっているらしい。人口の一極化が進行し、コンタギオンの出現は居住区ⅠからⅢに集中してから、優秀な隊員は都会へ、無能な隊員は田舎へと流れている。
「しかし、近頃は居住区Ⅵでもコンタギオンが増えているからこそ、私たちが召集されたのですよね?」
「う~ん、だからといって、すぐに士気が上がるもんでもないんだよなぁ。」
「逆に仕事が増えて疲れてる、ってことですか?」
「おっ、ギャング分かってるねぇ。」
場の空気がぴりつきはじめたので、なんとか一石を投じることが出来て良かった。まーくんさんと隊長が一息つき、その後も説明は続く。
訓練はほとんどなしで、隊長とあおちゃんさんは出動がない限りこの部屋にいるのだそうだ。採血もほぼなし。なぜなら回収員の血液は必要がないからだ。居住区Ⅱでは、これまた毎日採血していたらしいが、恐らく検査後にすぐ廃棄処分だろう。
あぁ、ボクは実情を知りすぎている。ぽろっと言ってしまわないか気が気でない。たった今も、どうせ廃棄処分になるんですよね?と隊長に尋ねる所だった。入隊してすぐにお役御免になったふりをしているのだから、そんな情報は知っていないはずだ。
「さぁ、説明はこんなもんかな。二人は明日から第1小隊の一員としてびしびし働いてもらうぞ!」
「は、はい。」
「分かりました…。」
まーくんさんは元いたセカンドのような生活に戻れることを期待していたようだが、それを裏切られたような感じで、納得がいかないのだろう。ボクも少し考える時間がほしい。あまりにも急に決まりすぎだ。そして本当にボクは命を狙われていないのかも、まだ確証はない。
「ま、細かいことはやりながら覚えてくれ。よし、早いところ荷物片づけな。」
ボクとまーくんさんは、ホワイトボードのスケジュールを持っていた手帳に写し、荷物を整理する。ちらっと奥の机に目をやると、隊長はなにやら書類を作成するようだ。




