九十五話 皇竜の騎士達
工業都市グロータス西の郊外。
居住区付近に飛来した第八級天使達と、変異凶暴化した狼であるデモンウルフの群れ。
それらの侵攻を食い止めるべく、兵士達が激しい戦闘を行っていた。
この区域には合同訓練の一貫として、アーセルム王国第十三部隊が数日前から駐在している。
落ちこぼれや才能の見出だされなかった新人が最後に行き着く部隊。
一度入隊すれば誰もそこから出ることはないと言われる末端部隊。
通称『騎士の墓場』、エンドナイツ。
ぽよんとした恰幅の良い中年の貴族騎士、メトラ・レイヨン率いる部隊である。
「メトラ卿! ここはもう持ちませんぞ! 早く避難を!」
「こうなってはどこも危険だと思いますがなぁ……。それに彼らが戦っているのに司令塔たる私が逃げる訳にも行きますまい」
合同訓練を行っていたリヴィアータ帝国の部隊長はメトラに撤退を促した。
メトラは飄々とした態度でお腹を擦りながらそれを拒否する。
「こちらの兵士は新米ばかり、それはアーセルムも同じでしょう! そちらはすでに二名の新兵が負傷、役立たずの雑兵ばかりでこの戦局は乗り切れませんぞ!」
「ほっほっほ。面白い冗談ですな……。今この場に役立たずの雑兵がどこにいますかな?」
戦局が押し込まれている事に気を揉んでいる部隊長。メトラは静かではあるが強い口調でそれを嗜めた。
メトラは防衛線を形成している道の中央にて、戦っている兵士達を見据え言い放つ。
「負傷した者は下がれ! 一瞬でも戦場に立った事、それだけで意味はあるのだ! 敵の目を引いた事は無駄にならん! 死に行くことは認めぬ! 心得よ! この場にいる全ての者が価値ある命、等しく勇者である事を!」
メトラの演説で高まる指揮。絶望的なこの戦場から逃げる者はいなかった。
だが防衛線を突破され、一匹のデモンウルフが指揮を取るメトラに襲い掛かってくる。
剣を構えたメトラの前に走る二つの剣閃、それを受けて魔獣は大地に横たわった。
「メトラ様! ご無事ですか!?」
「遅れました! 俺達、まだ戦えます!」
剣閃を放ったのは早々に前線から退いた少年兵二名。
治療を終え戻って来たその瞳と声に、怯えや気後れは微塵もない。
「おお、アベル! ケイン! 助かったぞ。しかし無理はしてくれるな? 何かあってはお前達の家族に会わせる顔がない」
メトラは兵士一人一人と寄り添い絆を高める事を信条としている。
落ちこぼれと呼ばれた者や、怪我、トラウマを抱える者も全て一人の英雄として接しているのだ。
そのメトラの包容力が鼓舞となり、兵士の能力を極限まで高めていた。
エンドナイツ。終わりの騎士は誰一人、騎士の墓場から出られないのではない。
誰一人、メトラという指導者の元を離れないのだ。
「リヴィアータ、アーセルム連合軍! 他の戦場は気にするな! 諸君らはこの場で生き残る事だけを考えよ!」
力強く指示を続けるメトラ。いつの間にかリヴィアータの兵士、部隊長すらメトラを中心に戦場を駆けていた。
希代のカリスマ性、セリオス三銃士メトラ・レイヨン。
戦力的に見て、最後の武功は常に戦場の他の者に与えられてしまう。
武功ゼロ。されど脱退率ゼロ、戦死者もゼロ。
弱小にして平和な部隊と謗りを受ける、彼の武勇を知る者はあまりに少ない。
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グロータス東区にある歓楽街。
酒場で宴会をしていた脳筋揃いの荒くれ集団。
鎧は着ていないがアーセルムの騎士達であり、気性が荒く、規律も守れないような無作法者達である。
人としての義を優先し、王家にすら逆らう者達。
セリオスは組織として致命的な欠陥を抱える彼等を認め、特殊部隊として取り成していた。
「隊長~。狼煙上がったしなんかいっぱい来やしたぜ~」
窓から見える狼煙と人ならざる者達に気付き、声を上げる男。
すでに荒くれ集団以外の人々はパニック状態に陥っていた。
「なんだ、結局ただの休暇にはならなかったか……。んじゃ、あのアホ王子に……、少しでも恩義を感じるヤツだけ付いて来な」
一際ガラの悪そうな五十代程の大柄な男が腰を上げ、酒場の出入口に向かいながらそう声を掛ける。
大柄な男が外に出ると、二十名程の荒くれ騎士は一人も欠ける事なくその背後に並び立つ。
「ま、ここまで来といて野暮な話だったな……。わざわざ俺らなんかに声が掛かったんだ……。守ってやろーぜ。この街のヤツラも……、あのアホ王子のクソみてーな願いもよ」
大柄な男は口角を上げながら剣を構える。
背後に立ち並ぶ男達も追従して剣を構えた。
王子に度々喧嘩を売る等、死罪でも仕方のない事をしてきた彼等を認めながらも、やはり相容れなかったセリオスと彼等。
そんなセリオスが頭を下げて頼んできたのがこの一件。
「見てくれだけが忠義じゃねぇさ……。この俺、ラルフ・カッツェが筆頭。セリオス直属護衛騎士、エヒトリッター! 俺ら含め、一人の戦死者も出さねぇっつー無茶な指令を達成し! 俺らの忠誠を……ここに示せぇ!」
「「おおぉぉぉぉぉ!!」」
奮起の激を発するラルフに呼応し、猛々しく叫ぶ男達。
正規軍を呼べない状況でセリオスが取った秘策。
それは命令ではなく、信頼に足る者達に助力を願う事。
そして彼等は独自の判断とルートを駆使し、その願いに応えるべくこの地に結集した。
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グロータスの街中央区。
時計塔や噴水のある、普段なら賑わいを見せる広場。
城の景観を見通せるその区域ではすでにほとんどの住民は避難している。
「きゃぁぁぁ!」
広場の一角で絹を裂くような女性の叫び声が響く。
逃げ遅れ、道端に倒れ込む一人の少女に牙を剥き出しにして迫るは、屍のように醜悪姿の男性魔神。
足がもつれ転んでしまった女性に襲い掛かろうとする魔神。
その時魔神の首筋から血飛沫が舞い上がり、魔神の身体は地に伏せた。
尻餅を付き震え上がる少女の眼前には、短剣を逆手に持つ少年の姿。
「あ、ありがとうございます……」
「無事で良かった。ここは危険ですよ。さあ、早く建物の中に……」
頬を染めて礼を言った女性の手を取り、近くの建物まで避難誘導をした優しげな笑顔の少年。
名をレオ・サーブビネガー。
レオは女性の安全を見届けると、噴水広場を見渡せる洒落た甘味処の屋外にあるテーブルに向かう。
「空を埋め尽くす脅威……。王子殿下の仰っていた通りになりましたね。どうします? アッシュさん、フロルさん」
そこでレオは空を見上げながら、イスに座る二人に話を振った。
アップルパイ、その最後の一切れの乗った皿を掴み取り合う男女に。
「これは俺んだぞ!」
「まあ! レディーに譲るのが筋じゃない? そんなんだからアッシュくんモテないのよ!」
言い合いをする男女はレオの言葉など聞こえてすらいなかった。
ツンツン頭で目付きの悪い、一見すれば悪人面の青年。
アッシュ・グレイペッパー。
ゆるふわウェーブの髪で黙っていれば上品そうな物腰の女性。
フロル・ヒルフェソース。
三名共フレム、イリスの友人達である。
すでに他の客は待避しているが、アッシュとフロルは空の異常にまったく気付いていない様子を見せた。
レオは呆れ顔で二人を心底残念そうに見つめている。
直後、店内の窓を破壊して現れた虎の顔をした魔神。
人と虎を合成した変異亜人ワーウルフが、アッシュとフロルに襲い掛かる。
「ああ、うるせぇ……。何事だよ?」
驚く事もなくアッシュは面倒そうに呟く。
そして席を立つと同時に、テーブルに立て掛けてあった身の丈程の大きなバスターソードを振り上げる。
その一撃にて、獣人ワータイガーの身体は二つに両断され息絶えた。
「あふぁ? 囲まれふぇるふぁね」
「はは、おもしれぇじゃん。ってドサクサで食いやがったな俺のアップルパイ!」
モグモグするフロルと泣きそうに怒鳴るアッシュはここで、ようやく事態を把握する。
いつの間にかワータイガー数匹がアッシュ達を取り囲んでいたのだ。
「しゃあねぇ……。やるぞレオ!」
「はい!」
事態急変による判断は早く、弾けるように動いたアッシュとレオ。
手にした得物にてレオは的確にワータイガーの喉を切り裂き、アッシュはワータイガーの胴体を真っ二つにする。
「きゃぁぁぁ!」
叫び声を聞き振り返るレオとアッシュ。
そこにはワータイガーに詰め寄られ、店の壁に追いやられるフロルの姿があった。
レオとアッシュは互いを見合せ頷き合い、フロルを無視して別のワータイガーと交戦を始める。
「ちょっとぉ! か弱い女の子のピンチにシカトはないでしょう?」
文句を言ったフロルは襲い掛かるワータイガーをひらりとかわし背後に回る。
フロルは勢いのまま右拳をワータイガーの延髄に当て、左手は頭を掴み、交差するように相手の首をへし折った。
豪快に沈めたあと目尻を上げ、両手を腰に当てるフロルはとても御立腹の様子。
「女の……子?」
「フロルさん……、ピンチでもないのに叫ぶのやめてください。マジ迷惑なんで……」
冷たくも怪訝な表情でアッシュとレオはフロルを煽る。
ぶちぶち文句をたれるフロルを交え戦闘は再開され、あっという間にワータイガー達は殲滅された。
「大した事ねぇなぁ!」
「いえ、新手が来ましたよ……」
勝ち誇るアッシュに空を見上げているレオが告げる。
空から飛来したのは二体の翼持つ男女。
「確か……、イリスの話だと翼のあるヤツは強いから逃げろってことだったわよね……」
「いえ……、虚ろな瞳に気配も弱く隙だらけ。しかもこの翼は魔道具によるものでしょう。どう見ても大した力量じゃありませんよ」
「んじゃ意思なき人形兵器ってやつか? んじゃいっちょサクッと……」
少し物怖じするフロルだが、レオはイリスやセリオスから聞いた情報と、自らの持つ魔剣から感じ取れる感覚を頼りに勝機ありと結論付けた。
それを聞いて意気揚々と敵に向かうアッシュはすぐにその足を止める。
「これは……無理だ……。美人、巨乳! 俺には……出来ない!」
「イケメン!? 長身! 例え人形でも私には……」
アッシュとフロルは目の前に降り立った美男美女を注視し、心を掻き乱され狼狽え始めた。
レオは溜め息をつきつつ、アッシュの身体を男性天使に向け、フロルの背中を女性天使の方に押す。
「イケメンは滅びろぉ!」
「ちょっと可愛いからって調子に乗らないで!」
理不尽な雄叫びを上げながら駆け出したアッシュとフロル。
アッシュは男性天使を防御のために構えた剣ごと頭から真っ二つにする。
フロルは魔術を行使する隙すら与えず、駆け抜け様に女性天使の顎を持ち、片手で盛大に首の骨を折る。
態度の急変からまさに一瞬の出来事。
その二人の姿を見て天を仰ぎ、薄い笑みを浮かべ瞳を閉じるレオ。
(拝啓フレムさん。お元気ですか? レオです。僕、もうこの人達嫌です)
レオはあまりの面倒臭さに現実逃避を始めていた。
どうして自分がいつもこの二人の面倒を見させられているのか、今更ながら疑問に感じていたのだ。
そんな中、空からまたも翼持つ男が降りてくる。
ボロボロの装いながら、圧倒的な存在感を醸し出しながら。
「おい、レオ。こいつは……どうなんだ?」
「これは……、少々まずいですね……。件の接触禁忌で間違いないかと……」
アッシュの表情は険しく変化し、おちゃられた雰囲気も消え去った。
レオは感じる魔力の高さに危機感を覚え警戒を促す。
アッシュ達を見下ろす瞳は力強く、迸る魔力は先程の男女の比ではない。
地上に降り立った男性天使は吐き捨てるように言葉を紡いだ。
「腕は立つようだが、残念だったな。お前達が出会ったのが起動したてのデュナミスならば、まだ勝機はあったろうに……」
酷くつまらなそうな表情で片手を前に向ける男性天使。
その手の平に魔法陣が現れ、続いて腕を巻くように出現した炎が、人を飲み込む程の大きさで荒れ狂う。
「さって……、逃げたい人はいるかしら?」
「冗談。ここで逃げたらフレムとイリスに顔向けできねぇよ」
「僕もそろそろ出来る男であると証明したいですね」
笑みを浮かべ確認するフロルに、鼻で笑いながら答えるアッシュ。
レオは静かに戦意を纏う事で答えを返す。
全員逃げずに戦うことを決断したのだ。
三人は互いを見合わせ大きく頷いたあと、意を決したフロルが一歩前に出て宣言する。
「というわけだから……、イケメンさん? 私達、無音の演奏者『スティルクインテット』が相手になるわ!」
冒険者チームであり、その実力はアーセルム王国では高く評価されていた。
しかし、個人名が公開されていないため他国の認知度はないに等しい。
チーム名『スティルクインテット』。
静かなる演奏者達が奏でる、観客無き公演がここに幕を上げた。
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方々から来る戦闘音が熱を帯びる中……
ようやくリヴィアータ城の大扉までやって来た俺達。
「よし、間違いない! 城の入り口だ!」
「ついに辿り着けたねおにーさん!」
「見えてる場所に辿り着けなかったらさすがにまずいですよね!?」
俺とハミルの達成感に水を差すユガケ。
うるさいヤツめ。俺達にとっては快挙なのだよ。
これでようやく城に入ることが出来ると思ったその時。
それを阻むように空からの襲撃者が現れた。
「あぁもう! 避けろ!」
俺が声を上げると同時に左右に飛び退く俺とハミル。
ユガケはハミルにしっかりとしがみついていた。
襲撃者が着地した場所からは噴煙が上がり、土煙が晴れたその場所にメイド服を着た女性、リリスさんがコウモリのような羽を広げて立っている。
「上手く避けたわね……。まあ良いわ。どれから頂こうかしら……」
「リリィちゃん! なにその羽!」
「リリスさん! 可愛い! 僕もそれ欲しい!」
冷たく威圧するリリスさんに緊張感なく話し掛けた俺とハミル。
ユガケだけが状況についていけてないようでキョロキョロしている。
「ふぅ……。可哀想だから教えてあげるわ。リリスは死んだの……。私がヴァンパイアシードで取り殺してね。だから残念だけど私はリリスじゃ……」
「僕気配で分かるけど?」
「キミそもそもゼラムル教団のスパイでしょ?」
得意気に説明し始めるリリスさんにハミルと俺が即座に畳み掛けた。
今は下らない茶番に付き合う時間はないのである。
リリスさんはそれ以上の言葉が出ないようでしばし固まっていた。
「え? なんで? そんなバカな! 完璧な作戦だったはずですよ? というか気配で分かるって何者ですかハミルさん!」
泡食ってボロを出すリリスさんだが、こちらとしては予想範囲内なのだ。
だってセリオスがその可能性が高いって言ってたし……
ハミルはもう存在からして反則みたいなもんだから言っても無駄である。
「リリィちゃん。第二級天使が残り二体って断言してたじゃん。他は知らないけど天使ルーアの事を知ってんのは俺達か……、アズデウスの一件で黒幕だったヤツに通じていたゼラムル教団くらいかなって……」
いうのがセリオスの見解だ。したり顔で語ってしまったが……
俺はなんで知ってんの? くらいにしか思わなかったがな。
「で、なんで羽生えてんです?」
「ああ、これはですねぇ。先程も言いましたがヴァンパイアシードを取り込んだせいですね。前から狙ってはいたのですが、発芽してないヴァンパイアシードを取り込んでも私の力に耐えきれずに消滅しちゃうんですよね~。あ、大丈夫ですよ? 前の保有者はきっちり跡形もなく始末しましたから」
しつこく問い掛ける俺にあっさり演技を中断し、リリスさんは詳しく教えてくれた。
舌をペロリと出してとても怖い事を言い放ちやがる。
そこに事情をよく分かってないユガケが堪えかねたようで口を挟んできた。
「そ、それで! 私達と交戦するのですか!?」
「ん~。実はもうどうでも良いんですよね~。私の事を知っているのは教団上層部だけですが、そのトップさんは私を始末しようとしたようですし。見逃してもらえるなら……、おとなしく立ち去りますけ……ど?」
リリスさんは戦うなら戦うぞと言わんばかりに笑顔で戦意をちらつかせている。
自称第六級天使兵器最強な上、魔神の力もそれに上乗せされてるんじゃどんだけ強いのか分かったもんじゃない。
「ならそういうことでよろしく! 俺達は先に行かせてもらいますね」
「え? 良いんですか!? いやいや、敵ですよ私!」
即決で不戦を選んだ俺に突っかかるリリスさん。
それはそれで素直に行かせてはくれないのか……
「目的は不明だけど、少なくともさっきのキミに殺意なかったしねぇ」
「そうだね! さっきは殺気なかったね!」
俺の言葉に続いたハミルに思わず親指を立てて返してやった。
ハミルも親指を立てて来る。やはり天才は違うな。ギャグのセンスもバツグンだ。
「ハァ……、不思議な人達ですね~。フレムさんはちょっと私のご主人様に似てますね。なら今回だけ、ちょっとだけサービスしちゃいましょうかね」
やれやれといった感じで微笑んだリリスさんは前に進み、俺達を通り越した。
通り過ぎる直前にリリスさんとハミルが凄まじい睨み合いをしたように見えたのだが……
もしかしてキミ達仲悪いの?
「特別サービスです。城の周囲にいる天使兵器や魔神はここで私が片付けますね。貴方達は先に進んでくださいな」
いつの間にか空から俺達を狙っているおびただしい数の敵。
それをありがたくリリスさんに任せ、俺達は城の内部へと進行する。
独断で決めた事はまずい気もしたが、時間も惜しいし正直殺気のないヤツを斬りたくないのが本音だ。
そうして走る俺達の背後で突如、凄まじい魔力の高まりを感じた。
いや良かった……。戦わなくて本当に良かった。




