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九十六話  落とした心

 リヴィアータ城内。二階へと続く登り階段前の大広間にて。

 ジュホン帝国の剣士ハバキは、杖代わりにしている刀に重心を預け座り込んでいた。

 鮮やかに切られた黒い着物の胸元を半眼で見つめ、ハバキは事の顛末を思い返す。


 数時間前、会議の為の召集によりリヴィアータ城に参じたハバキ。

 城に到着次第すぐ城内にある礼拝堂に来るよう、ジュホン帝国家老コウメイから指示を受けていた。



「これは……、どういう状況ですかな? コウメイ殿……」



 その礼拝堂でハバキは眉を潜めてコウメイに詰め寄る。

 コウメイと共にハバキの前に立つ二名、それがこの場に居合わせる事に理解が追い付かなかったのだ。


 一人は妖気纏いし不敵な少年。大昔から幾度もジュホン帝国の人間達と争って来た大妖、黒鬼のシュテンである。

 外来の妖魔を従え、数百人の名だたる剣士を斬り捨て、ハバキやハバキの師すらねじ伏せた後、タマモ姫を拐って行った鬼。


 そしてもう一人は拐われたはずのタマモ姫本人。

 微笑を浮かべてシュテンに寄り添い、仲睦まじくハバキの目の前に立っている。



「久方ぶりよのハバキ。見ての通りわらわは無事じゃ。色々あったがシュテン様の男気に惚れ込んでしもうてのぅ。此度の戦争を上手く使い、ジュホンの国土を広げ、共に支配するという事で意見がまとまったのじゃ。協力してくれるな」


「し、しかし……。その、ミコト姫は……」



 タマモが喋り始めたと同時に膝を付いて頭を下げたハバキは、部屋の隅に転がる繭に視線を移す。

 繭の内部に感じる気配、状況からしてそれはミコトであると推測された。



「そやつか? 少しうるさくての。良いではないか、昔からお主も子が嫌いであろう? 第二皇女の死、民衆を煽るのにも一役買ってくれようて」


「お主程度でも露払いくらい出来よう? この娘は祝杯の馳走にするが、役に立つならお主はこのまま飼ってやっても良いぞ?」



 実の妹に対し、冷酷にも処分すると語るタマモ。

 強大な妖気を叩き付け、周囲を威圧するシュテン。

 ハバキには従う以外の選択肢がなかった。

 仕えるべき主君の命令であり、自らが手も足も出なかった者からの慈悲でもある。

 下僕であり敗者であるハバキには、反抗する理由や権利、意味さえ存在しなかった。


 ただ一つ、続けて呼び起こした記憶にある主君の姿。

 かつて主君と交わした何気ない会話が、ハバキの心を迷わせている。



「どうして俺が毬つきなど……」



 それは二年前のジュホン帝国。皇宮のある都アマノハラ。

 都を巡回警備していたハバキは都の子供達にせっつかれ、嫌々毬つきの輪に加わっていた。

 はしゃぐ子供達の中で半眼無表情になって毬をつき続けるハバキ。

 散々遊びに付き合わされ、満足して手を降りながら帰っていく子供達。

 呆れながらハバキも手を振って返していたところ、不意に背後から声が掛かる。



「ほほほ……。楽しそうに見えたがの? ほんにお主は子が好きじゃのう」


「御冗談を……」



 背後から掛かった声に口元をひくつかせながら受け答えるハバキ。

 振り返るとそこにはタマモが立っていた。

 扇子を口に当てながらも、目元だけでニヤニヤ笑っているのが見て取れる。



「泣き出されても面倒だから付き合ってやっただけだ。俺はわらしが好かん」


「ふふ、ほんに素直ではないの。……のうハバキよ……。主命に囚われ過ぎるのがお主の悪癖じゃが……。一つ頼みがあってな。わらわにもしもの事があった場合……。わらわの指定する新しい主に仕えてはくれぬか?」



 適当な言い訳を始めるハバキに、少し物憂げなタマモは珍しく真面目な口調で話す。

 わざわざ巡回中の家臣を付け回した理由はこれか……、とハバキは納得した。

 それを家臣ひしめく皇宮で次期盟主が口にするなど出来はすまい。

 しかし、二君に仕える事など武士にとっての恥である。



「それこそ冗談じゃない。捨て子の俺はアンタに拾われてから……。最後まで……アンタに、姫様に仕えて果てると決めている」


「なればこそじゃ。わらわの意志が働かぬ所で、お主が好き勝手使われる事は堪えられぬ。主の真っ直ぐな心、曲げずに生きてもらいたいのじゃ……」



 ハバキは弱音とも取れる言葉を吐く主君に己の強い意思を語る。

 だがタマモも引かず、真剣な面差しでハバキを見つめていた。


 記憶に残る主君の思いと現実。その矛盾。

 答えは出ている。されどハバキの葛藤は静まる気配がない。



 ーーーーーーーーーー



 後にリヴィアータ戦役と呼ばれるこの戦い。

 世界の覇権を巡り、人と魔が争う戦争も終幕の時が近付いて来ていた。


 ラグナートやマトイ達、遠征組の活躍により……

 ゼラムル教団幹部、ウェパル、モラクスは消滅。

 ハジュン、ゼノン、プルートは戦線を離脱し、協力者であった上位竜族ネプトゥヌスも姿を消す。


 リヴィアータ帝国の首都、グロータス襲撃を指揮するはずであった魔神キマリスとウァラクも退魔神官の前に倒れた。

 統率者を失った軍勢はリヴィアータの兵と、セリオスの計略により結集した戦力で現状は押さえ込めている。


 残る脅威は東の離島にあるジュホン帝国から来た妖魔、黒鬼のシュテンとそれに付き従うジュホン帝国第一皇女タマモ姫。

 そして、ゼラムル教団首魁アドラメレクを残すのみとなっていた。


 リヴィアータ城地下施設にてシュテンと相対する者達。

 リヴィアータ帝国皇帝ゴルギアート。

 グレイビア王国王子フォルテとお付きの執事ボルト。

 アズデウス公国代表貴族シャルディア。

 ジュホン帝国第二皇女ミコト。


 東塔会議室にて単身タマモ姫を押さえる者。

 リヴィアータ帝国皇帝側近ガルシア。


 西の離塔、玉座の間では……

 アドラメレクとアーセルム王国第一王子セリオスが争っていた。


 苛烈を極めるリヴィアータ城。

 最後にその戦場に到着し、城の内部をひた走るフレム達。

 争乱の行方を左右する、そんな期待を持たれた戦力は……

 居館と呼ばれる臣下の居住区で、いつものように迷子になっていた。



 ーーーーーーーーーー



 城に到着した瞬間指針を失い、当然次の目的地など知るよしもない。

 俺達は当てもなく走り続け、心身ともに疲れきっていた。



「ここはどこだ!? もう嫌だ! お家帰りたい!」


「本当だよ! 迷路以外の場所がないんだね! この国は!」


「フレムとハミュウェル様が揃っていてはどこでも大迷宮なのですよ!」



 嘆く俺とハミルに失礼極まりないユガケがやや強い口調で文句を言ってくる。

 俺達だって好きで迷ってる訳ではないのだが………

 そうだ……、そもそも俺達はどこに向かってるんだ?

 城ならもう到着した。だがセリオスがどこに居るかも分からない。

 今はどういう状況なんだ? 本当に俺必要か?


 法王、ラウレルパパ、リリスさん……

 セリオスの居場所を知ってそうな奴、見当が付けられそうな奴らに何も聞かずにここまで来てしまった。

 俺達が何故迷うのか……、その真意に俺は気付いてしまった気がする。

 次に知り合いにあったら聞いてみよう。恥ずかしがってはいけない。

 聞くのは一瞬だ。半泣きでさまようよりはましなはずである。

 そう、俺が決意した瞬間だった。


 進行方向にある階段の前に変な奴が居るのを見つけたのだ。

 凄い怖い顔でこちらを睨むハバキくんである。

 セリオスの居場所を聞いて良い雰囲気ではない。とても怖い顔だ。

 シレッと違う通路通ったら怒るかな?

 などと考えてる内に、ハバキの目の前まで来てしまった俺達。



「待っていたぞ……。フレム・アソルテ……。覚悟は良いな? お前を殺す」


「良いわけないな。開口一番物騒過ぎる。一応理由聞いて良いかな?」



 ハバキはその身を起こしつつ重心は低く、左手で鞘を傾けて刀の柄を下げた。

 今にも飛び掛かって来そうである。本当に殺る気満々だ。

 だが俺は冷静を装い、余裕の態度で対応する。

 もちろん怖い。だっていきなり殺すだよ? 機嫌悪いのかな?

 俺なんかしたの? 記憶ないよ?



「のらりくらりと腹立たしい昼行灯ひるあんどんが……。まあいい、我が主君、タマモ姫の命令だ……。それ以外の理由はない」


「そんな事はさせないよ! キミの相手は僕が……」



 お顔を歪ませて大層機嫌の悪いハバキに、飛び掛からん勢いで前に出ようとするハミル。

 俺は片手をハミルの前に出し、そっとその身を制止した。



「ハミルは先に行け。こいつは俺を名指ししてんだ。ハミルが相手にする必要はない」


「でも……。僕……」



 俺は正直、ハミルに任せてハバキをボコボコにしてもらいたいのをグッと我慢した。

 心配そうに上目遣いで俺を見つめる可愛らしいハミルの瞳が、俺の決心を思いっきりぐらつかせるが……

 ここで俺はハバキの言動に思うところが出てきたのだ。



「俺とおまえが同時に動くより……、バラけた方が目的地に辿り着ける可能性が高くなる。忘れるな……。俺達にはもう、案内役は居ないんだ!」



 ハミルの両肩に手を置き、俺は必死に説得する。

 すると目を丸くして納得したようなハミル。

 なお、ユガケが何か騒いでいるが放置だ。

 時々ハミルと共に迷っている以上、過度の期待はしていない。



「おにーさん……」


「大丈夫だ……。俺だってやる時はやるんだぞ?」



 なおも心配そうなハミルの頭を撫で、安心するよう促す俺。

 ハミルは小さく頷き、名残惜しそうにユガケと共にハバキの間合いの外から横を抜け、階段を駆け上がり走り去って行った。 



「セリオスといいお前といい……、何故そうも俺の神経を逆撫でる……。俺がお前達に牙を剥くことを想定していたかのような態度。この状況に感じいる事はないのか?」



 ハバキは見るからにイラついている。俺が一人残った事が不服だったのだろうか?

 確かにハバキの太刀筋は見えない程早かった。

 だが、不思議な事に今のハバキなら負ける気が全くしないのだ。

 ハミルの手を借りる理由がない。



「何もないよ。おまえにとって『どんな形』であれ主君が絶対なら、俺から言うことなんか何もないだろうが。俺はタマモ姫を知らない。だからおまえの話を聞いて、タマモ姫が敵と判断した。人形ごときに用はない」


「な……に……。俺が人形だと!?」



 正直、いい加減温厚で気の弱い優しい俺でもイラッとする。

 俺の言動に驚いたような反応を見せるハバキだが、自分の事なのに気付いてなかったのだろうか?



「人形だろ? 国のため、姫のため……。おまえ、自分の意志どこやったの? 初めて会った時から、俺はおまえの本音を一切聞いてない。これ以上、人を人と思わない人形を演じるなら……。おまえこそ……、ここで覚悟を決めろ!」



 俺の言葉に気圧されるかのように目を見開くハバキ。

 ハバキ程の手練れにとって、一度剣を合わせた俺の力量を測るなど造作もないだろう。

 力も技も己が上。負けるはずがない。そう確信していたはずだ。

 しかし今俺はコイツに負ける気がしない。

 それはハバキも理解しているだろう。

 なんせコイツは今、自分が誰と戦っているのかすら分かってないんだからな。

 自分の意思を殺し、迷いながら振るう剣など……

 死力を尽くせる俺の技、落城降魔の敵ではない。



「自分の……意思? 本音だと? 俺はただ忠義を……」


「俺の何に憤ってるのか知らないが、もはやおまえは相手にならない。自分の生き方すら分からないなら……。すぐにここから消えろ!」



 声に勢いがなくなり、ハバキの心中が乱れている事が見て取れる。

 俺はここぞと言わんばかりに駄目押しの威嚇を仕掛けた。

 勝てる。やはり勝てるぞ。このままどんどん追い詰めていこう。

 相手が弱れば弱る程に俺は楽になるのだ。

 命を賭けた戦いに卑怯も何もないのである。



「……目の前のものを捨てていったら何も残らない……。大事なものを見落とす……か。確かに、お前の言った通り、俺は大切なものを落としていたようだ……」



 しばしの沈黙の後、ハバキは以前俺が投げた言葉を口にし、穏やかなまでに気配が和らいだ。

 下げた腰を上げ、柄から手を離すハバキ。その身から戦意は立ち消える。

 先程までの険しい表情も消え失せ、俺から見たハバキは一種異様なまでの落ち着きを払っていた。

 それを見た俺の心境は反対に、穏やかではない波が立ち始める。



(おかしい、急に勝てる気がしなくなってきた。どうしよう……。ハミル様カムバック!)



 俺はフッ、と穏やかに微笑み、余裕を見せながらも内心は冷や汗大洪水だった。

 付け入る隙が微塵も無くなっているのだ。焚き付けるんじゃなかった。



「興が削がれたわ……、行け。セリオス王子の元に行くつもりなのだろう? 奴はこの階段を登って左手の通路から行ける離塔の頂上だ。謁見の間を離れに作るとは……、なんともふざけた国よのぅ」


「うぇ? 良いの? 良かったぁ……。ならハバキも一緒に行こうぜぃ! さっきの敵は今の友達っていうでしょう?」



 憑き物が落ちたように優しく微笑むハバキの顔を見て、俺はほっと胸を撫で下ろす。

 道を教えてくれる程打ち解けたようだし、安心ついでに俺は道案内を確保しようと試みる。



「いや、俺は忘れ物を取りに行く。案ずるな……、落とし前を付けるまでは死なん……。この首、全て終わればお前に献上しよう」


「いらないよ恐ろしい。でもそっかぁ……。残念……。じゃ~、出来る限り早く駆けつけてね? ハバキ強いんだから、期待してるからな!」



 ハバキくんは何やら決意を秘めた眼差しで意気込みを語ってきた。

 俺はその重い言葉に緩く水を差し、心底残念そうに項垂れて見せる。

 こんな真顔で言うくらいだ。その忘れ物は相当大切な物なのだろう。

 これ以上時間を取られるのも困るので、俺はすぐに片手を上げて階段を駆け上がった。

 助力を乞えないのならこんな所に用はない。

 さっさと超戦力ハミル様と合流せねばならないからな。



 ーーーーーーーーーー



 リヴィアータ城地下施設。

 移動砲台や動力車などの格納庫としても使われているが、すでに戦闘の余波で瓦礫が点在するだけの空間になりつつある場所。


 シュテンは大口を叩くフォルテに戯れの如く刃を振り下ろす。

 しかし振り下ろされたシュテンの一刀は、フォルテの突き出した拳の前で止まっている。

 フォルテの手の内には正体不明の魔石、黒天の卵と呼ばれた宝石が輝きを放っていた。



「これは斥力か? 不完全な形でなお力を発揮するとはな……。どちらにせよ、発現者が未熟過ぎる。目も当てられんわ」


「うぐぐぬ……。うるせぇよ! 俺だって怖くて仕方ねぇんだよ!」


「かかか、ほれ、もっと気張らねば、その身が左右に別れる事になるぞ。……む?」



 シュテンは薄ら笑いを浮かべ、フォルテの腕をその能力ごと押し込んでいった。

 じわりじわりと震えるフォルテに刃を近付けながら笑うシュテンは、いつの間にか自らの身体を無数に這い回るムカデや芋虫の存在に気付く。



「フォルテ様! お下がりください!」



 シャルディアの一声を受け、後方に飛び退くフォルテ。

 震える手を押さえ、フォルテは半泣きでそのまま膝を付いてしまう。

 その瞬間シュテンにまとわり付いている虫が一斉に発火し、シュテンの身体は火柱に包まれる。



「ぬるいぬるい。百鬼夜行を封じし禁書も、ろくに扱えもせねば紙切れ同然か? もう一度使えば、その身も耐えかねて滅びる事になろうぞ」



 数秒で火柱は消え、シュテンは余裕の表情を崩さない。

 着物が多少焦げ煙を上げるも、炎に包まれていたシュテンの身体はなんの衰えも見せなかった。

 対して術を行使したシャルディアの左腕は黒焦げになり、息も絶え絶えで足元もおぼつかなくなっている。



「不完全な黒天狗の卵、それと満足に使えもせぬ魔導書でよう頑張ったものよ。千魔の書は頂くが、主らはその胆力に免じて見逃してやろう。怨嗟と憤怒の念にて今を生き延び、いずれまみえた際に再度力を見せよ……」



 淡々と勝利を唄い慈悲を下すシュテン。

 恐怖と痛みで動けぬフォルテとシャルディアの間を通り抜け、シュテンはミコトとボルトの元に悠然と歩いて行く。



「う……あ、あ……」


「なんじゃ。目が覚めてしもうたか? これは憐れよ。夢見たまま終われたものを……。文句なら悪戯に時を稼いだあやつらにするのだな……」



 いつの間にか目覚めていたミコトはシュテンという鬼を見つめ、その小さな身体を震わせている。

 そのミコトの前に這うように近付き身体を起こす老人、ボルトはミコトを守るように膝を付いたまま両手を広げた。



「じい……、何やってんだ……。逃げろ……よ……」


「じいはフォルテ様のお世話役ですぞ。主を置いて逃げの一手はありませぬ……。じいの役目はいつでも、フォルテ様の意思を尊重し、その盾となりたること……。フォルテ様の成長を見届けられた事、この身には過ぎた幸福でしたぞ」



 焦るフォルテの言葉に諦めにも似た穏やかな表情で笑うボルト。

 元よりボルトはこの場に置いて、誰よりも死ぬ覚悟が出来ていたのだ。



「やれやれ、大人しく寝ておれば良いものを……。筋張っていて不味そうではあるが、お主から頂くとするか……」



 ボルトの覚悟をまるで茶番とでも言いたげに、意にも返さず淡々と事を進めようとするシュテンは突如その動きを止めた。

 シュテンの身体に、激しい敵意がまとわり付いていたのだ。

 数は四つ。命知らずにも千魔の書を再起動させているシャルディア。

 黒天狗の卵を握り締め、魔力が高まっていくフォルテ。

 壊れたサンダルフォンの内部から戦意をぶつけてくるゴルギアート。

 そして最後の一つが、戦場に足を踏み入れた。



「随分質の良い剣気をぶつけるようになったのう……。何用じゃ小僧……。ワシへの加勢ではなかろう?」



 横目で格納庫の奥を見やるシュテンは言葉を掛ける。

 暗がりから現れ近づいてくる男、それは黒装束姿で腰に差す刀の鍔に親指を掛けるハバキ。

 フレムと別れた後、ハバキはこの地下施設に向けて進んでいたのだ。



「知れたこと。タマモ様より、その身にもしもの事があった際、新たな主を推挙されていた。俺はその新たな主の命に従い、落とした物を拾いに来たのだ……。醜悪なお前の邪気は感知しやすかったぞ」


「に、逃げよハバキ! わらわの事は良い! 姉上も落ちた……。コウメイも居らぬ! 何の役にも立たぬわらわより、お主に生き残ってもらった方が……」



 戦場に駆け付けたハバキの言に対し、ミコトは恐怖と涙で覆われた顔で言い放つ。

 幼いその身が放てる精一杯の虚勢。それを見たハバキは呆れた顔で深く溜め息をつく。



「はぁ~、あほう。何故俺がお前なんぞに従わねばならんのだ。わらしわらしらしく、そこで震えて待っておれ。今……、助けてやる」



 ハバキの声は軽く、主君に対する言動ではないが、最後の台詞にだけは並々ならぬ力強さがあった。

 その突然の暴言に驚き、口を開けて絶句するミコト。

 この状況で新たな主と言われたら、自らの事だと思っても致し方ない事ではある。



「新たな我が主。名をトウドウハバキ! 故に我は、我が意思のみでここに在る! 名誉も勝利もいらん! ただ、こぼれ落ちた我が意思と、我が祖国のみらいだけは、なんとしてでも拾わせてもらう!」



 名乗り上げたハバキは刀を抜き放ち、水平に掲げるように構えを敷いた。

 四つの高ぶる戦意は、シュテンを刺すように取り囲んでいる。



重畳ちょうじょうなり。ワシの至上命題、水竜の剣ヴァルヴェールを討ち滅ぼす前座足り得る力量はあるようじゃな……。良いぞ、勝負は刹那で決まる。死力を持って掛かって来い!」



 歓喜を持って受けて立ったシュテンの眼が、異形なる紫色の輝きを放つ。

 筋肉が膨張し、髪は背中を覆うほどに荒々しく伸び、黒い二本の大角が頭部から生え出した。

 二メートル近くの巨体に変容したシュテンからは、禍々しい妖気が周囲に溢れ返っている。

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