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非魔神の非魔ツブシ ~デモンズハーモニー~  作者: 霙真紅
アーセルム王国の魔神編
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二十話  王子と星

 アーセルム王国北方鉱山。

 五年前。この鉱山でセリオスが視察を行っている際に落盤事故が起こった。

 セリオスは直ぐ様救助活動の指示を出す。

 奇跡的に死者は出なかったが、その崩落で開けた空間があるのが発見された。


 救助活動で手の空かぬ兵に代わり、セリオスは単独で調査に入る。

 鉱山の奧深く、不自然な程広く明らかに人の手の入った形跡のある場所。

 そして水晶のような欠片が散らばるその中心に『それ』は居た。


 グジョグジョと肉の塊のようにうごめくそれは形を成し、一糸纏わぬ美しい少女の姿に変わる。


 セリオスは迷う事なく、即座にその異形の首筋を切り払った。

 鮮血が舞い、頭が胴体から離れ掛かる。

 しかし、少女は一瞬表情を歪めただけでその傷は瞬時に再生し、何事もなかったかのように佇んでいた。



「殺せぬか……。お前は何者だ」


「分かりません……。名を知らないのです。私は貴方に仕えればよろしいのでしょうか?」



 異形の正体を見極めようと問い掛けるセリオス。

 セリオスがたった今殺そうとした少女は、今のやり取りがなかったかのように口を開いた。



(名が分からない? 会話は出来るようだが……。仕えるとは? 民のためにも不穏分子は残して置きたくはない。この場で始末したいが……。不死身ではどうにもならん)



 いくつかの疑問と対策に悩むセリオスの元に、兵士が伝令を持って来た。

 奇跡的に死にはしなかったものの、瓦礫の下敷きになって重傷だった者達。

 彼らは救助され次第、次々と傷が塞がっていったというものだ。

 偶然とは思えないと感じたセリオスは兵士を下がらせ、少女に質問を続けた。



「傷を治したのはお前の仕業か?」


「はい」



 セリオスの問いに即座に答える少女。

 それが事実ならば、この魔神の目的はなんなのか?

 治した民達は眷族にでもされたのか?

 不振と不安がセリオスの中で膨れ上がっていった。



「そうか……。して? 対価はなんだ?」


「ございません」



 セリオスの質問に、表情の変化も感情の起伏も見せず少女は答え続ける。

 腹の内を探られぬよう、セリオスも感情を表に出さないよう努めた。



(有り得ない……。対価も無しでこのようなこと……。どうする? どうすればこの化物を始末出来るのか……)



 必死に対抗策を思案するセリオス。

 そうしている間に、集まって来てしまった民や兵士達が、その少女を奇跡の聖女と崇め始めてしまった。

 民達は起こった奇跡と少女の神秘性を結び付けてしまったのだ。


 極めて危険ではあったが、敵意や戦意が微塵もない少女。

 セリオスは少女の美しさと話題性、そして能力は今後使えると判断した。



「……名がないと言ったな。我が名はセリオス。お前に名を与える。これより先は私の指示に従え」


「かしこまりました。セリオス様」



 致し方なく、セリオスは少女を飼う事にした。

 気持ちが悪いくらい従順に従う少女……

 セリオスはこの魔神を見定め、殺す方法を見つけ出そうと考えた。


 その後、この少女の能力は自分と他者の身体の修復以外は行えないという事が判明した。

 治された者達も後遺症どころか、呪いの一つも掛かってはいなかった。

 アーセルムで用意出来た魔道具も使用不可。

 何を使わせても機能しないか、最悪は少女の魔力に耐えきれずに壊れてしまう。

 が……、他者の回復。これ一点のみで十二分に役に立つ。

 何せ大規模な魔物討伐を行った際でも怪我の心配一つ要らないのだ。

 その上本人は不死身。

 医療班、下手をしたら補給班すら必要ない。

 無敵にして不死身の軍隊……


 だが兵士達も大切な自国の民。そもそも負傷前提での戦いなどさせる気は全くないし、いずれは始末せねばならないおぞましき魔神。

 性能を生かすなら、基本的に対処の難しい相手にぶつける事くらいしか出来ない。

 エトワールという名を与えはしたが、これ以上民の注目を集めても困るのだ。



 ーーーーーーーーーー



 魔神館の戦いから数日が過ぎ……

 セリオスはアーセルム城内にある兵士達の訓練場を訪れていた。



「本気でやれ! 私を侮辱するのか?」


「滅相もございません! お戯れを、殿下!」



 声を荒げたセリオスを前に、膝を付き頭を下げるしかない騎士達。

 セリオスは騎士の中でも選りすぐりの者達を相手に剣術の相手をさせていた。

 しかし、誰一人としてセリオスの相手になる者は居ない。

 王子ゆえに手心を与えた、などという話ではなかった。

 そんな事をする者が居ればセリオスは手打ちにしている。

 数人がかりでもセリオスに遠く及ばず、皆地に伏していたのだ。



「ああ……いや、すまぬな……。訓練を続けてくれ」



 セリオスはそれだけ言うと訓練場を後にした。

 先日の戦い、魔神達の戦力はセリオスにとって想定外だった。

 魔神とはそもそも徒党を組まない。

 上位の魔神は一国家を相手取れる程の力を持つといわれている。

 自らにとって危険な存在と組む必要がないのだ。

 数が集まって居るという事は、群れねばならぬ程度の者達……

 そう考えていた。


 神剣を持つ腕利きの冒険者を素手で容易く倒した者、ラグナートという剣士も異常と言わざるを得ない。

 奴が騎士団長と言うのもおかしい。

 確かにアーセルムにラグナートというものは居たが、それも大昔の話し。

 アーセルム王国騎士団のラグナートを名乗った事が不可解なのだ。


 そして最大の誤算。フレム・アソルテ。

 セリオスは剣の腕にも自信があった。

 それが従軍経験もなく、武術を嗜んでいた記録もない。

 そんな民間人にセリオスは敗北したのだ……

 自らの決め手すら捌かれた上に改良して返されてしまった。

 実はやはり魔神共に操られていたのではと本気で考えた。



「フレム・アソルテ……。面白い奴だ……」



 あらゆる才に恵まれ、賢王と呼ばれる父でさえセリオスには逆らえない。

 賢王を越える者。アーセルムの国民にとってセリオスこそが国の象徴でさえある。

 そんな彼が初めて他人に興味を持ったのだ。

 ゆえに今、普段なら戯言と流してしまう事にも気を取られている。



「奴は何故おぞましき魔神の館で暮らせるのだ……。それに……」


(エトワールって言ったか? いつもあんな盾みたいな事をさせてるのか?)


「何故おぞましき魔神の心配などをするのだ?」



 セリオスはこの数日、エトワールと共に居ることが多い。

 あの魔神館の魔神同様、今のところは人に危害を加える気配のない魔神。

 普段は警戒して側に置かないが、アレを観察していれば何か分かる事もあるかもしれないと思っての事だ。


 エトワールに与えた自室。

 仮にも国の聖女として謳っている以上、それなりの部屋を用意していた。

 その部屋まで足を運び、やや強い口調で問い掛けたセリオス。



「何をしているエトワール」


「セリオス様……」



 呼び掛けに対し、エトワールは伏し目がちに主の名を口にする。

 普段は部屋で何もせずに佇んでいるエトワール。

 見ればエトワールは部屋の隅でしゃがみ込み、野良犬を抱き抱えていた。

 鮮血でカーペットは汚れ、エトワール自身の衣装すら赤に染まっている。

 血塗れで死にかけた野良犬を連れ込んでいたのだ。



「何をしていると聞いている!」



 セリオスの口調に怒気が孕む。

 部屋の前に居た侍女によれば、頻繁にこういった事はあるらしかった。

 隠れてこういったものを食していたのか……

 ただでさえ、王宮にこのような不浄を持ち込むなどもっての他だと言うのに。

 苛立ちを覚えたセリオスは監視を怠った事を悔やんでいた。



「この者を……治したくて……」



 野良犬の血にまみれたエトワールは小さく呟いた。

 聞けば貴族会合の顔見せを済ませた帰り、馬車に引かれた犬を持ち帰ったと言う。

 その場しのぎの狂言だとして、それはいずれ分かること。

 感情を抑え、セリオスは気持ちを落ち着かせる事に努めた。



「ほう……、ではよい。始めるが良い」



 魔神相手に問答は無意味と考えたセリオスは治療の開始を指示する。

 どちらせよ目の前で見張っている以上、おかしな事はしないだろうと判断した。

 とりあえずは王宮で死なれても気持ちの良いものではないのだ。



「ありがとうございます。セリオス様」



 気のせいか、どことなく嬉しそうなエトワールは治療を再開した。

 しかし妙だった。獣の回復が普段に比べ余りに遅過ぎる。

 そして魔神は汗を流し苦しそうにしていた。

 そんな悲痛な表情は時間が経つにつれ強まり、そして……

 エトワールの皮膚が爛れ、ついには瞳から血まで流れ出していた。



「どういう事だ!? 何故お前が負傷しているのだ!」



 セリオスはその光景に驚きをあらわにする。

 不死身のはずの魔神。殺しても死なない化物。

 まして治療しているだけのはずであるエトワールが傷付き始めたのだ。



「修復を行う対象が……、人の形から離れれば離れるほど、力を多く使うのです……」


(力を多く使うだと? 待て……。まさか……、こいつの能力とは……)



 悲痛な表情を浮かべるエトワールはセリオスに目も向けず、質問にだけ答えた。

 セリオスはすぐにこちらに意識を向けるだけの余裕がない事に気付く。



「エトワールよ……。まさかお前の治癒能力とは、お前の生命力を与えるものなのか?」


「はい。自らの自動修復、及び生命力の献上が私の能力です。また、痛覚の大部分を肩代わりする事が可能です」



 セリオスの投げ掛けた言葉に、まるで兵器の性能を語るかのように答えるエトワール。

 生命力の献上……。つまりは自分の命を他者に与えるもの……

 しかもそれに苦痛を伴うという。



「何を……言っている? 何なのだその能力は! お前に何のメリットがある!」


「メリッ……ト? 私はそういう存在なので……」



 口調を強めるセリオスに対し、淡々と答えていくエトワール。

 何事もないと言わんばかりのエトワールに怖じけるセリオス。

 そういう存在……。それではまるで苦しませるために生まれたような能力。

 思えば、最初に切り払った時も苦悶の表情を浮かべていた。

 エトワールには通常の痛覚があるのだ……



(いや待て……、献上だと!? 奇跡……。落盤事故……。そうだ……。瓦礫に潰されて死者ゼロなど、どう考えてもおかしい! あの炭鉱で働く者が何十人居たと思っている! 潰された瞬間の痛みも肩代わりしたのか!? 何十人もの死に至る痛みを……、その身に受けたというのか!? では……、最初に見たあの肉塊は……)



 セリオスの中で、いくつもの答えが組上がっていく。

 ここに来て、セリオスは自らの視野の狭さに思い至った。

 自らを支えて来た信念、確固たる意志が大きく揺らぐのを感じ取る。



「やめろ……、やめろエトワール……。治癒をやめるのだ!」



 セリオスは力を使うことを止めるよう命じた。

 他者を癒やす為に目の前の少女が苦痛に顔を歪め、その身体が崩れ行くのを見て居られなかったのだ。



「……お願いしますセリオス様……。見たくないのです……。消え行く者を……。私が望みを抱いてはいけないのは分かっています……。それでも……どうか……どうか……」



 すがるように頼み込むエトワールに、もはやセリオスは語り掛ける言葉を持ち得なかった。

 茫然と立ち尽くすセリオス。その思考がかつてない程困惑する。


 何故気付かなかったのか……

 何度……。何度私はこの者に力を使わせた……


 おぞましい……


 おぞましい……


 おぞましい……


 なんとおぞましいのだ……



 私は!!



 声に出せぬその絶叫は、セリオスの心の底にて木霊する。

 民のため。人のため。そう言ってセリオスはこの少女の体を……、心を傷付けた……

 他者を苦しみから救っている気になり……

 その痛みを全て一人の少女に投げつけたのだ。



(お前の方がよっぽど魔神だよ)



 フレムの投げ掛けた言葉を思い出したセリオス。

 その言葉が深々と胸に突き刺さる。

 他者を虐げ、食らい、苦しませるおぞましき魔神。



(そうだ……。その通りだった……。おぞましい魔神は……、私の方だった……。私は…………)


「ワン! ワン!」



 意気消沈するセリオスの目に、元気に部屋を走り回る獣の姿が映り込む。

 窓から差し込む木漏れ日の中、獣に向けて頬笑むエトワールの姿に……

 セリオスは言葉を失った。

 美しい……。その言葉を生まれて初めて理解した瞬間と言って良いだろう。



「終りました……。完全に治す事は叶いませんでしたが、一命は取止められました。勝手をお許し頂きありがとうございました。セリオス様」



 エトワールの身体も修復が済み、淡々とセリオスに向かい礼を述べる。

 獣は嬉しそうにエトワールに擦り寄っていた。

 獣の血に染まっているエトワール。

 セリオスが心の内にて不浄と謗ったその姿を再度目に焼き付け……

 自らの行動、言動、全てを恥じた。


 いったい今まで何処を、何を見ていたのか……

 獣でさえも分かるのだ……。エトワールの無垢な優しさを……

 純粋な思いを……。真に美しいその姿を……


 もはやセリオスに自尊心など欠片も残ってはいなかった。

 ただ溢れる思いを声に乗せ、謝罪の言葉を振り絞る。



「エトワール……。すまない……。私は……どうやっておまえに償えば良い?」


「償う? セリオス様が謝られる事は何一つありません」



 自らの境遇が当たり前と言うかのように語るエトワール。

 セリオスはかぶりを振り、今まで見せた事のない……

 した事のない弱気な面差しで語り返す。



「エトワール……。今更何をと思うだろうが……。もうその力を使わなくて良い……。いや、使わないでくれ! 言い訳にもならぬが……。私はおまえが傷付いて居る事に気付かなかった……。もう、おまえが傷付くのを見たくないのだ……」



 セリオスは俯き、エトワールの両手を握り懸命に言葉を紡いだ。

 エトワールはしばし沈黙し、そして困ったように口を開く。



「私の出来ることは癒やす事だけです。私の存在理由がなくなってしまいます……」


「存在理由など! 居てくれれば良いのだ! それで私も! 民も癒される! エトワールこそがこの国の光なのだ!」



 セリオスはもはや自分が何を言っているのか分からないほど狼狽えていた。

 常に他者の思考を読み、その上を行く事を考えていたセリオス。

 見た目の美しさですら、セリオスにとってなんの価値も成さない。

 彼にとって他者など、無知で愚かで侮蔑する対象でしかなかった。

 思惑無しで一人の女性に心引かれるなど、初めての事だったのだ。



「エトワール……。どうか……、どうか私の妃になってもらいたい……。こ、これは命令ではない! キミの意志で決めて欲しい! ……そうだ! 何か欲しいものはないか? 私に出来ることなら何でも良い!」



 目の前の女性にこれほど困惑させられるなど……

 自分がこれほどちっぽけな存在だと始めて知った。

 これで賢王を越える者などと笑わせる。

 だがそれを愚かだと思わない事に、セリオスは不思議な高揚を感じていた。



「私は人とは異なる異端の存在……。それがセリオス様に寄り添うなどと名誉な事……。私はすでにエトワールと言う名を頂きました。私の愚かな願いを聞き届けて頂きました。これ以上……、望むものはありません」


「異端などと! そのような事はない! 私が間違っていたのだ! おまえほど美しい者を見た事などない! どうか……、私と共に……、生きてはもらえないだろうか……。何でも良いんだ……。キミの望みはないのか?」



 自らの立ち位置を明確に説明するエトワール。

 それをセリオスは懸命に紐解きながら説得する。


 エトワールはセリオスの言葉に混乱していた。

 彼女は与えられる事を想定されていない存在である。

 永劫その身を捧げる事しか求められていない存在。

 それなのに望みを持ってしまった……

 自らの意志で仕えたい者。自らの意志で救いたい者。

 そして彼女の意思を求めている者がここに居る。



「……この子のような者達を……、私には完全に治すことが出来ません……。無理に治せば壊してしまうでしょう……。出来れば……医療設備などを……、その……」



 エトワールのその辿々しい物言いにすら、セリオスはいとおしさを感じていた。

 そして望みを聞けた事に錯乱するほど喜んだ。



「ああ! 任せて欲しい! この国に住まう以上私の大切な民と同じだ! 全力で便宜を図ると約束しよう!」



 セリオスはこの瞬間、初めて人として生きている事を認識した。

 エトワールの事ではない。セリオス自身の事だ。

 今の今まで、自分は人ではなかった。

 自らが嫌悪する悪鬼そのものであったと自覚してしまった。


 許される事ではない。許されてはいけない。

 彼女がどんな存在でももはや関係ない。

 彼女が自分を恨んでいても構わない。

 贖罪。執着。この感情の出所などどうでも良い。

 どんな結末を迎えようと……

 セリオスは愛する者に尽くすと決めたのだ。

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