サッカー部員と3
「おまえ的には、名前も顔も知らない無名くんかもしれねーけど、猿渡にしてみりゃ、あちこちで苦渋を舐めさせられ、サッカーをやめるまでに追い込んでくれた因縁の相手だったりすんだよ。だから、球技大会で対戦したらぜったい負かしてやろうと、密かに半年前から対策を練って練習していた……これなら一応、説明がつくだろ」
別の二年生がうんうんとうなずいた。
「でも、球技大会の種目って、決まったのは夏休み明けだぞ。一回戦から当たったのもくじの結果であって、おとなしくキーパーやってるだけなら、姫田と当たる前に負けてた可能性だってあるしな」
鳥かごの中央でボールを奪うべく動き回っていたひとりが、足を止め異議をとなえた。
「姫田のクラスと当たるまで、全力出して勝ち抜けばいいだけじゃん」
「ばか、ちがう。あれは、猿渡がやるやつだってことを事前に知らないからこそ効いた、いわば奇襲だから。そこそこやるやつだって分かってりゃ、姫田だってあそこまで慌てねーし、対策だって立てようがあるんだから、勝てたかどうか分かんねーって」
翔は、なるほどそうかもと納得しながら、受けたボールを急に動きだした彼に取られないよう、ワンタッチでパスする。
スニーカーでのボールの扱いにもだいぶ馴れてきた。
「しかし、心臓病で長い時間はプレーできない天才くん説は、もっとないだろー」
そんなキャラクターが、とあるサッカーマンガに登場するらしい。
たしかに、翔との対戦以降はほとんど動かずにすむキーパーを務めていた理由としては、それなりに筋も通っている。
しかし、バスケ部に入っていた時点で、その説は否定されたも同然だ。
「ってことは、単に、姫田の油断と準備不足による自滅……か?」
「むむむっ」
「そこはまあ、再戦してみれば分かるって。サッカー部としては、ちゃんと猿渡の実力であって欲しいけどなー」
「実力でも、どうせサッカー部には入ってくれないんじゃないの。っス」
翔はベェと舌を出した。
自滅とは心外だ。
「こら、エリート。練習つきあってやってんのに、かわいくねーこと言うな。いっそ、リベンジマッチでおまえが勝ったらサッカー部に入れ、とか条件つけるってのはどーよ」
「やだよ。それでムキになられてまた負けるとか、ぜったいヤだもんねーっス」
こちらはすこしも上達する気配のない翔の敬語に、どっと笑い声が湧く。
彼らはみな、猿渡の真の実力を見極め、かつ借りを返したい、と翔が再戦をのぞんでいることを知り、練習相手を買って出てくれたのだ。
すでに、一対三ではドリブルで相手を躱してシュートを撃てるくらいのところまで、ボールを操れるようになってきている。
サッカーをするときだけ、引っぱり出してきたひとサイズ小さなスニーカーを履くのが、翔にとっての言わばコツだった。