仲間6
「……おまえの言うとおりだ。俺がサッカーをやめたのは、中一のとき。まだこの手紙をもらう前で、俺はサッカーといっしょに、母親の期待も、父親かもしれない男の存在も、あこがれも夢も、生きる理由も、人生も──何もかも投げ捨てた。グレていたといえば、そうかもな」
翔は、なんで、と言ったがうまく声が出なかった。
猿渡が、それを見て小さく笑う。
「足を骨折したんだ」
「は……?」
翔はまぬけに聞き返した。
サッカーをやっていれば骨折はめずらしくもないし、それでサッカーをやめたなどというはなしは聞いたこともない。
第一、今でもボールを蹴っている以上、再起不能などでなかったのは明白だ。
「この大事な時期に何ヶ月も練習を休んだら取り戻すまで半年はかかる、もうおまえはプロにはなれない、そう監督に言われた」
「それでやめちゃったわけ?」
そんなバカな、と顔に書いてあるのだろう。
ふっ、と猿渡もバカバカしそうに笑った。
「ガキだったからな、指導者のことばは絶対だった。プロになるやつはそういう運に恵まれているんだ、天はおまえに味方していない、そんなことも言ってたっけな」
猿渡は、空に向かって長いため息をつく。
「母親は、プロの血を引いているんだからプロになって当然だ、とおもってた。そんなガキ、育てたところで自分の手柄にはならない上に、育てられなきゃ自分の指導が悪かったことになる。要するに、監督は理由をつけて、早いところ俺を放り出したかったんだろう」
翔が口を開きかけたとき、猿渡が足元のボールを階段に向かってドカ、と蹴った。
「プロになれとか、なれないとか、誰かに自分のことを決められるのは、もううんざりだったんだ。だから俺は、サッカーを捨てた」
跳ね返り、てんてんとグラウンドを転がっていくボールを目で追ったあと、翔は猿渡の背後から目隠しの要領で両腕を回した。
「なんだ、これ?」
「泣いてるかな、とおもって」
「泣いてねーよ」
「でも、泣いてもいいよ?」
「泣くわけねーだろ」
にべもなく切り捨てられ、翔は腕を下ろす。
「……そっか。じゃあ、泣きたいときに居てあげられなくて、ごめん」
「──なんで、おまえが謝るんだ」
「だって、俺には、パパもママも、兄ちゃんもいるもん。俺の味方だって言ってくれるし、泣いてたらきっと抱きしめてくれる」
振り返った猿渡が、そうだ、とつぶやいた。
その顔は無理やり笑っているようにも見えたが、翔は突っ込まないでおく。
「プロになるやつが持ってるのは、運よりも、家族や周囲の応援だったり、支えだったりするんだと。おまえの勝利をよろこんでくれるひとがいなきゃ、プロに行って戦いつづけることなんかできやしない」
翔はうなずいた。
そのとおりだとおもう。
自分を見守ってくれる温かいひとたちを、挙げだしたらきりがない。