仲間2
体だけでなく、胸まであたたかくなってきたころ、翔は、あのさあ!と声をかけた。
「おまえに頼みがあるんだけど!」
「何だ」
パスにつづけて、猿渡がそう返してくる。
「俺さ、鬼ノ山リーグに最初に行った日に、イサムってちびっこに今度はアウトサイドターンをおしえてやるって約束したんだ。おまえ、代わりにおしえてあげてくれない?」
ふと、ボールを蹴ろうとしていた足を止めて、猿渡がこちらを見た。
「勇と、約束? そんなのしてたのか?」
「うん。あ、あと、もうひとつおねがい!」
人差し指を立てたまま、翔は猿渡に近づいていく。
軽く、猿渡があごを引いた。
「司がさ、おまえが俺に、プロに行っても行き詰まるって言ったのは、戦略……だったかな。それがなさすぎるって意味じゃないか、って。それって、当たってる?」
猿渡の視線が、難しげに宙を泳いだ。
「まあ、そんなところだろうな」
「おまえ、最後まで聞かなかったけどさ。俺、そもそも、どうすりゃプロで活躍できるのかを知りたくて、鬼ノ山リーグに行ってたんだ。何か、すごいひとがいっぱいいるしさ。おばちゃんでも、パスは俺より上手だったりするし」
「おまえが下手すぎなんだ……」
「うっさい。パスしたら負けだっておもってたの! でも、オジジにパスは大事だって教わったから、これからはもっと練習するんだ」
ぴし、と翔は猿渡を指さした。
「だからおまえ、俺の練習につき合って。そんで、その戦略とか駆け引きとかを、どうしたら身につけられるのか、おしえてくれ!」
猿渡が、眉間にしわを刻む。
「なんで俺が」
「だって、今、パスしたじゃん。俺たちもう仲間だもん。……も、もうすこし上手くなきゃ仲間になりたいとはおもわなかったかもしれないけどさ。今はあれで精いっぱいだし。俺がおまえのぶんもおもってるから、それでいいだろ」
シャツを掴んで訴えると、不満げだった顔が一転して、ぷふっと吹き出す。
「なんだそれ。めちゃくちゃじゃないか」
くくく、と笑い崩れる猿渡の顔を、まじまじと翔は見た。
こんなふうに笑うこともできるのかこいつ、と新鮮におもう。
「──プロに、なるのか?」
「うん。なる。だって、それが俺の夢だもん」
きっぱりと翔は言い切った。
兄がプレゼントしてくれたスパイクを履いて立ちたいのは、クラブの練習場でも、亀村中学のグラウンドでもない。
客席がぐるりと屋根で覆われた、巨大な、ヴェミリオンのホームスタジアム──
そう気づいたのだ。
「そうか……」
つぶやくと、猿渡は翔にボールを渡し、階段の方に向かって歩き出す。