元、美少女2
「篠塚くんのお気に入りくんなんだって? まあ、たしかに、男にしてはかわいい系で、あのひと好みかもね。襲われそうになったら、遠慮なく蹴り入れてやんのよ?」
ぐっ、とこぶしをにぎってけしかけてくる桃に、翔は首をかしげた。
「監督やコーチのこと、知ってんの?」
「うん。昔、ここにいたから、スタッフは顔見知りばっかり。選手は知らないけどね」
昔ここにいた、とはどういう意味か、と翔はますます首をひねる。
中学からヴェミリオンの下部組織入りをした翔の経験から言えば、女子はひとりもいなかった。
あるとすれば、小学生時代のはなしか、それとも──
「もしかして、元オトコ…………?」
「殴るわよ、あんた!」
指さした翔をごん、とげんこつで殴った桃が、いかにも遅すぎる忠告を加えた。
「昔、女子チームがあったこと、知らないの? ──まあ、二年間だけだけどね」
翔は首をひねった。
自分が知らないあたり、四年以上前のはなしだというのはたしかだな、とおもう。
「なんで二年でなくなったの?」
「…………るさいなあ。美少女な代表候補がいるって話題性に釣られてチームごと吸収したのに、そいつが代表から落選したあげく、女子チームの監督と不倫して、妊娠して、監督がクビになったからよ!」
「──美少女な、代表候補?」
再度、翔は桃を指さしたが、返事を待たずに、自分でぶんぶんと首を振った。
「いやいや、ナイナイ!」
「ちょっと! 実力が足りないっての? 出産する前はもっと走れたのよ、これでも!」
「だって、小学生が不倫して妊娠とか──」
「誰が小学生よ! 当時、ハタチ。現在二十五だからね、わたし」
曲がった人差し指で桃をさしたまま、翔はあんぐりと大口を開ける。
「ウソォ!」
年上な気はしていたけれど、せいぜいひとつかふたつのつもりだった。
二十代もなかばでこの美少女ぶりは、詐欺ではないのか。
しかもさっき、出産したと言っていたような。
「ウソじゃないっての。うちの母親なんか、五十代なのに見かけ三十代だもん。あれに比べれば、ぜんぜん年相応よ」
どこが、と翔はおもったが、口にはしない。
桃の顔が、本気でむくれていたからだ。
「こっちだってね、好きでこんな顔してんじゃないわ。日本代表に入って世界と戦いたい一心で、チームでは率先して守備もしたし、練習ではぶっ倒れるまで走ったのよ? なのに──」
ぱちぱちと、桃が不自然なまばたきをくり返した。
声も、どこか湿って聞こえる。
「代表落ちした理由は、おまえがいるとチームの結束が乱れるから、だって。スタッフとか取材陣に贔屓されるのは、わたしのせいなんかじゃないのに。ひがんでいじめてくるブスでも、数が多けりゃそっちの言い分が通るのよ、この世界」
お人形のような睫毛が、頬に濃い影を落とす。
見とれるな、という方が無理だ。