山賊リーグ5
「鬼ノ山リーグでやってるのはサッカーじゃない、意味が分からないなら辞書をひけって、健太さんに言われたんだ」
電子辞書を貸しついでに兄が説明してくれたところに寄ると、アソシエーションとは、協会のことらしい。
フットボールと言えば、サッカーに限らず、アメリカンフットボールも、ラグビーも含まれる。
かつて、ラグビー式のフットボールなどとは袂を分かち、フットボール協会の元で十一人制の統一ルールが定められた。
そのルールに沿って行われるものこそが、アソシエーションフットボール──俗称をサッカーという。
翔は、まん丸いボールを蹴るスポーツは全部サッカー、とおもっていたが、十五年間生きてきて、はじめてその誤りに気づいた。
兄曰く、かのスポーツをサッカーと呼ぶ方がそもそも少数派で、翔とおなじ感覚でもって、単にフットボールなどと呼ぶ国の方が圧倒的に多数派らしい。
サッカーとは、厳密には十一人制であり、かつ協会の枠組みの中で行われるものなのだ。
考えてみれば当たり前だ。
およそ、小学生から、大人まで、チームに所属してサッカーをしているものは、サッカー協会に選手として登録されている。
されていない、いわゆる草サッカーチームもあるのだろうが、登録していなければ、協会が主催する大会やリーグに出場することができないのはたしかだ。
鬼ノ山リーグがやっているのはサッカーか、と問われれば、今なら翔もノーと答える。
あまりにあたりまえの光景で意識したことさえなかったが、公式戦ともなれば、ゴールキーパーを除くチームの全員が同一のユニフォームを身につけてピッチに立つ。
ベンチにはかならず監督がいるし、ゲームを裁くレフェリーも必須だ。
加えて、彼らはカテゴリーに応じた協会発行のライセンスを所持していなければならない。
──それが、サッカーと呼ばれる競技のすがたであり、例外はなかった。
「サッカーは無くした、って言ってた。おまえも言ってたよな、サッカーはとっくの昔にやめた、って。それって、もう協会には登録してないって意味?」
「ちがう。協会とは縁を切ったって意味だ」
翔は、猿渡の皮肉げな表情を見つめる。
「おまえはあそこを楽しいと言ったが、当然だろう。あそこは、ただフットボールを楽しむためだけの場所だからな。あそこに来る人間は、強さも金も夢も求めていない。求めたところで、なにも手に入らない。──そのかわり、誰の指図も受けずに、自由にやれる」
猿渡は、翔の胸をとん、と指さした。
「おまえのように勝者になりたいやつは、表の世界で、サッカーをするしかないんだ」
「おもてのセカイ……?」
「そうだ。強化が勝利を呼び、勝利が人気を呼び、人気が金を呼ぶ──それが、協会支配のサッカー界ってやつだろう? プロになるなら、おまえはそのヒエラルキーを否が応でも上り詰めて行くんだ」
猿渡は、不意に翔の背後に向かって歩き出す。
振り返れば、翔が捨てたカバンを拾いあげて、差し出してきた。
「行けよ」
どこに、とは言われなかったが、翔は彼がトップチームへの練習参加の件を知ってて言っているのだと直感する。
「俺たちは、そのヒエラルキーを上りも下りもしない。あそこはな、鬼頭のオジジが作った、その名も山賊リーグというんだ。協会という、まっとうな世界からのはみだし者たちがあつまる場所──」
猿渡は、ボフ、と翔に向かってカバンを放って寄越した。
踵を返しつつ、視線だけを翔の顔にとどめている。
「おぼえておけ。山賊リーグは非・協会じゃない。俺たちはみんな、反・協会なんだ」
それだけ言うと、猿渡は自分のバッグを肩に負いなおし、大股で去って行った。