木曜日=サボり4日目1
翌日の朝、翔はいつもよりも一時間以上早く学校に行った。
おぼえている内に、牧野やオジジの足から繰り出された正確無比なパスを、自分も練習したいとおもったからだ。
グラウンドに行けば多くのサッカー部員が朝練をしていることも、指導する教師が来ていないことも、翔は薮に聞いて知っていた。
昼休みも、翔はグラウンドの端っこで薮たちとともに三十メートルのパス練に励んだ。
亀村中学に比べると実にみすぼらしい土のグラウンドではあるが、草まじりの畦道よりははるかに蹴りやすいはずで、文句は言えない。
「姫田って、パスは受けるもんで、ドリブルでぶち抜くのが信条だったんじゃねーの?」
「うん。でも、パスは大事なんだって。プロになって泣くのは嫌だから、練習しないと」
とはいえ、たった一日、それも一時間や二時間で、そうかんたんに上達するわけがなかった。
予鈴に、えー、とおもわずうめいた翔の肩を、薮が叩く。
「また、いつでもつき合ってやるって。俺らの練習にもなるしよ。こないだの土曜、選手権の県大会が始まったから見に行ったんだ。で、来年こそは俺たちも地区予選を勝ち抜いてあそこに行くぞーって誓い合ったしな」
「たぶん猿渡は入部しないとおもうよ、です」
「そういう他力本願じゃなくてだな。……俺たち、おまえと練習して、ちょっとばかし分かったんだよ」
まばたいた翔の胸を、とん、とこぶしが打つ。
薮の顔は、笑っているようで真剣だった。
「ドリブルで抜けなきゃ、抜けるまで徹底的に練習して。自分にはパス練が必要だとおもえば、時間を見つけてそれをやる。相手が必要なら、居るところに行ってまで。頭では分かってることだけど、実際にそれをやるかどうかが、俺たちとの決定的な差なんだってな」
校舎に向かって歩きながら、薮は前を行く部員たちの背中にあごをしゃくる。
「俺だけじゃない。おまえのおかげで、部のみんなが分かった……やるから、変わるんだってこと。分かったからにはやるし。みんなでやるなら、チームも変わる。きっとな」
翔は、そのことばで、自分の行動はまちがってなどいないことを確信した。
自分に必要だとおもうものを得たいから、得られる場所に行く──
なにを、うしろめたくおもうことがあるのか。
それは、自分のためにすべき、ごく自然な行動にすぎない。
その日の放課後も、翔はローカル線で亀村へと向かった。
昨日とはちがい、意図的に、携帯電話の電源は切ってしまう。