兄2
「なに言ってんの。やくざなんて今時いるわけないじゃん。兄ちゃん、古すぎー」
笑い飛ばした翔の頬に軽い衝撃が走る。
叩かれたのだと、すぐには気づかなかった。
「翔! おまえが急に外泊するなんて言い出して、兄ちゃんがどれだけ心配したか分かってるのか? ツカサ、とかいう友だちのところに泊まるって言ったらしいけど、そんな名前のやつは、ヴェミリオンのU-18にも15にも居やしない。そのくらい、チームの公式ホームページを見れば調べられるんだからな」
つり上がった兄の目から、翔は顔を背けた。
「友だちだもん。司は、俺の友だち。クラブのやつだなんて、べつに言ってない。ウソついたりしてないもん、俺」
「おまえ、月曜はパパといっしょに帰ってきたよな? 昨日も、クラブに仮病の連絡入れて、練習に行かなかったそうじゃないか」
ぎょっ、と翔は兄の顔を見る。
兄は、胸の前で腕を組んだ。
「クラブから電話があった。なにが、卵アレルギーだ。ママが出てたら、二重に心配させるところだったんだぞ。一応コーチには、今日は行くって言ってたけど、学校でまた症状が出たか、それとも電車に乗り間違えて反対方向に行ったのかも、ってちゃんとごまかしといたけどな!」
翔は、素直に礼を言う気にはなれなかった。
いくらなんでも、電車ののぼりとくだりをまちがえるほどまぬけではない、とおもう。
「携帯にいくら電話しても、電源が入っていないの一点張りだし。電源まで切って、こんな遅くまでおまえはどこで遊んでたんだ」
瞬間的に、翔は手にしているものを投げつけたい衝動に駆られた。
ただ、今、翔の手の中にあるものに放り投げられるようなものは、なにひとつない。
代わりに、翔は兄の脚を蹴りつけた。
健太が怜司を蹴るのより、ずっと強く。
「うるさい。遊んでなんかねーもん! 勝手に決めつけんな。兄ちゃんのくそやろう!」
すねを押さえてしゃがみ込んだ兄が、ぼうぜんと翔の顔を仰いだ。
「……くそ?」
「自分だって、彼女つくってどっか行ったり、外泊したりしてるじゃん。帰って来るのだって、いっつも遅い。自分は遊んでおいて、俺に偉そうなことが言えんの?」
翔はくちびるを噛む。
こんなにぐつぐつと腹が立つのは、「遊んでた」ということばがひどく癇に触ったからだ。
自分はサッカーをしていたんだから責められる謂れはない、そうおもう反面、自分がたしかに楽しんでいたという自覚が、翔に一抹のうしろめたさを抱かせずにはいなかった。
「大学出て、学校の先生になったら遊べないから、ってママは笑ってたけど。それを言うなら、俺だって、高校出てプロになれたら、寮に入ってサッカー漬けだよ。プロになってからも、やめてからも、競争しかないって司が言ってた。それでも俺は、好きなひとたちと、好きなことひとつしちゃいけないの?」
立ち上がった兄の両手が、翔の二の腕を掴んだ。