中学生:司5
かくして、駅から一分も歩かないところにある司の家へと案内された翔は、司がインターフォンを押すすがたを横目に、ついまわれ右をしてしまった。
駅に戻ったところで、もう列車も何もないことはもちろん承知のうえだ。
「ちょっと。どこに行く気?」
「つ、司の家、病院だなんて聞いてないっ」
「ちがうよ、診療所」
「いやいや、どう見ても病院! 病院、やだ。注射やだ。ぜったいやだ!」
わめいている内に家の戸が開き、おもいきり駄々をこねるすがたを司の母親に見られてしまう。
いい子にしておく、どころではない。
「騒いでると、それこそ、父さんが来て鎮静剤でも打たれちゃうかもね」
瞬間、翔は呼吸までぴたりと止めた。
涙目の翔を、司が手招く。
「うそだよ。病人でもないのに、注射なんてされるわけがないでしょう?」
「──あなたはお友だちを作らないから、ちょっとだけ心配していたけれど。なるほど、司の学校にはいないタイプだものねー」
今夜翔を泊める旨を話した司に、彼の母親はそんなふうに笑って応じた。
自分の醜態で司の株を下げてしまったのでは、と翔は焦ったが、司は気にしたようすもない。
翔が大根を渡すと、司の母親はことのほかよろこんでくれて、明日の朝食メニューにさっそく取り入れることを約束してくれた。
そればかりか、あっという間に食卓には司と翔のふたりぶんの夕食が並べられる。
お昼からこのかた、おにぎりと豚汁を食べただけだった翔は遠慮も忘れて司の前に座った。
紙のように薄い、来客用とおぼしきご飯茶碗が、ひどく特別におもえる。
「俺のせいで、司のおかずが減ってごめん」
「べつに減ってないとおもうけど」
「じゃあ、明日の弁当のぶんが減ったのかも」
「よけいな心配しなくていいよ。……それより、何を泣いてるの? 泣くほど苦手なものがあるなら、べつに食べなくてもいいんだよ」
箸を持った手で翔はこし、と目をこすった。
「大丈夫。俺、卵アレルギーなだけ」
「えっ。じゃあなおさら、食べちゃだめだからね」
食卓に載った生卵を、司が翔から遠ざけてしまおうとする。
「ちがう、食べても、ぜんぜん平気。ただ、視界に卵があると、なんでか知らないけど涙が出るんだよね」
ぐす、と鼻をすすりながら翔がその手を押しとどめると、司がすう、と目を細めた。
「そんな卵アレルギー、ありえないから」
「あるもん。花粉症なんかといっしょだろ」
「あれは、空気中の花粉が粘膜に付着することで、抗原抗体反応を起こしてヒスタミンが分泌されるから、それで涙が出るんだよ」
「じゃあ、タマネギ。あれといっしょ」
「タマネギはね、刻んだりして細胞が壊れることで、アミノ酸と酵素が反応して硫化アリルができるの。つまり、その硫化アリルが蒸発して空気中に拡散しないかぎりは、涙が出ることもないんだよ」
さすが医者の息子だ、と翔は感心した。
もちろん、説明自体は、洗剤のCMが流れたときの感覚で、きれいさっぱり聞き流したが。




