解説者6
「褒められるのは反射神経くらいだろう。ふつうのキーパーなら横っ跳びでキャッチングして、すぐさま攻撃につなぐところだ」
……それはそうかもしれない。
が、まだ翔の胸はどきどきいっている。
あの飛び蹴りをおもいだすだけで、この先一ヶ月は興奮できそうだ。
「でもさ、でもさ。もしも、プロの試合に行ってあんなプレーを見ちゃったら、ぜったいにまた行こうっておもうよ。横っ跳びでキャッチングなんて、一瞬で忘れるに決まってるけど」
「そうだな。──坊主の言うとおりだ」
それまでとはちがって、やんわりと頭を撫でられる。
翔はきょとんと男性を見た。
「え、おじさんもそうおもうの? だったら、どうしてプロにああいう選手がいないんだろ」
「どうしてかは、坊主も知っているはずだ」
「えっ……?」
いくら見つめても、男性からそれ以上の返事は返ってこなかった。
ただ、頭を撫でてくれた手の重みが、なぜだか心に引っかかる。
まるで、その疑問を忘れるな、と言われているかのようだ。
ピッチでは、スローインからのクロスボールに対して、猿渡が果敢にゴール前に飛び込む。
ヘディングする前にキーパーと空中でぶつかり、結果、吹っ飛ばされて尻餅をつく羽目になったが、起こそうとするタロウの手を取った顔は実に愉快そうだった。
は? あいつ、ちゃんと笑えるんじゃん!
学校ではサッカーが好きなのかどうかも分からなかったが、今は、心から楽しんでいるようにしか見えない。
プレーのたびに、黒チームのメンバーと声をかけ合いイメージをすり合わせているからか、試合開始当初よりも、目に見えて連携もスムーズになっていた。
と、ピピーと笛の音が煌々と照らされたグラウンドにひびきわたる。
どうやら前半が終わったらしい。
次の瞬間、翔は衝撃の事実に気がついた。
「前半、ファールがいっこもなかったよ!」
「ここでは、べつにめずらしくもないぞ」
ぎょ、とした翔の視線に、男性がうなずく。
「軽いものであればぜんぶ流すし、完全なファールでもって相手を止めることなど、べつに誰も求めてはおらんからな」
翔はああ、と納得した。
「どっちのチームも、監督がいないもんね」
「そう。ここは勝ち負けを争うところではないからな。だからファールも必要ないんだ。ファールというのは、勝てない相手を力づくで止めておるのよ。そんなのは、ケガの元だ」
うんうんと翔は同意を返す。
ドリブラーの翔は、よくファールまがいのチャージを受けるが、レガースがなければすねの骨など何度へし折られていたか分からない。
「他人の楽しみを妨げるものはブーイングを浴びるだけ。悪くすれば、出入り禁止だ。留学生の中には、タロウからぶん投げられたやつもけっこうおるがな」
「ぶん投げ……」
あの飛び蹴りではないだけ、まだマシかも、と翔は自分に言い聞かせた。
スーパープレーを称賛しに行きたかったのだが、彼に近づくのはよしておいた方が良さそうだ。