解説者3
「おじさんも、サッカーやってたひと?」
「……坊主、俺のことを知らんのか。ってことは、この辺の子じゃあないな」
とっさに、マズイ、と顔に書いた翔の頭を男性はがしがしと撫で回した。
「どこから来たんでも、ええわ。ここは、来るもの拒まず、去るもの追わず、みんなで楽しくがモットーだからな。フットボールが好きで、みんなに迷惑さえかけなきゃ、ルールなんてものもとくにない。緑や橙色のゲームだとな、十代から俺みたいな七十代まで老若男女がごちゃまぜだぞ。何なら、坊主もあとで混ざって来たらどうだ?」
男性の親指がひょい、とあらぬ方向を指さした。
翔は、そちらに目を向けるが、グラウンドの外はまっ暗で何があるのか見当もつかない。
むしろ、木々以外には何もないように見えるが。
「さっき、サワ──……望ってやつのこと、黒チームの六人目だったって言ったよね、……ですな? それって、どのくらい前のことな、……なんだっスか?」
精いっぱい丁寧に訊いたつもりだったが、男性は翔に哀れみの視線を注いだ。
怒りの表情でなかったのは、まだ幸いだったが。
「今は、中学生でも立派な敬語を使うもんだと感心していたが、坊主みたいにダメダメなのもおるんだなー」
中学生じゃないし、と翔はすかさず訂正しようとしたが、とっさに計算が働いた。
高校生だと言って猿渡との接点に気づかれては、第三者の口から自分がいることが猿渡にばれないともかぎらない、ここは黙っていよう、と。
「いいか、坊主。──黒チームの六人目だったと言ってましたよね。それって、どのくらい前のことなんですか、だ。言ってみろ、ほれ」
促され、翔はオウムになった気分で男性のお手本を口でなぞった。
言い終わると、また、がしがしと頭を撫で回される。
「よしよし。そうだの……あれは、三年くらい前になるかな。怜司が来だしてもう一年になるから、健太といっしょにやっておったのは正味二年といったところか」
「あんなすごいひとが、中学生なんかといっしょにプレーして、たのしいもんなの?」
「はは。まあ、健太としては相棒にするべく育てておったんだろうが。望は足が速くて、ワンタッチコントロールも上手い。ボールを引き出す動きを身につければ、本気のキラーパスを受けることも可能になると見込んだんだな」
翔は、お椀に口をつけたまま、目の前の試合に意識をやった。
なるほど、健太のおそろしく速いパスに反応できるのは、猿渡の側にあらかじめ、フリーになるためにどう動いてどこでパスを受けたいのかという明確な意図があり、かつそれを察した健太の方が、パスを合わせているからなのだろう。
ちなみに、お椀の中身は豚汁で、おかげで胃のあたりからほっこりと温かい。
「……あの動き、三年前はできなかった?」
「ああ、もちろんだ。健太はパスコースさえあれば、それが針穴だろうと通してくる。同時に、べつの選択肢も常に視野に入れているやつでな。動き出しが悪かったり、ゴールにつながらないと判断したら、望の元にパスは出てこないわけだ」
男性は、ふっふっ、と笑ってみせる。
「あそこまできびしい要求をされる中学生も稀だろうが、あのとおり、やっておればできるようになるのよ。失敗につき合う度量が、大人の側にあるかどうか、だの」
いいなあ、と翔は小さくつぶやいた。
ここで大人とプレーした経験が、猿渡に翔をおどろかせた数々の引き出しを与えたのだろう。
どんなに強豪であろうと、きっと同年代のチームでやっていては身につけられない──猿渡が持っているのは、そういうとくべつな経験値だ。
今の猿渡はおそらく本気で、手は抜いていない。
敵わない、とまで翔はおもわないが、上手いとはおもう。
そこだけは、疑いようがなかった。




