解説者2
「これ、食べちゃっていいの、っスか?」
「食べてもいいんですか、だろうが坊主」
「う、ウス……コホン」
大きく息を吸って正しい敬語を口にしようとした矢先、翔の肩を叩いた男性はおにぎりを持ったままの手で誰かを指し示す。
「あの、健太のやつの方針なのよ。ここには、黒、赤、黄、緑、青、橙色と六色のチームがあるが、黒以外はみんなビブスで色分けしておる。黒だけが、メンバーを固定していてな。今でこそあれだけ増えたが、以前は五人で十一人を相手にしていたこともある」
「じゅ、十一人相手に、五人でなんか勝てっこないじゃん!」
「守備はきびしいな。ただし、攻撃では互角以上の戦いができておった。健太の理想は、数的不利をものともしないパスワークにこそあるのさ。難しいパスほど、通ったときは快感だろう?」
それはそうだが、四人のフィールドプレイヤーで、十人を相手に、どうパスを通すのか。
首をひねっている翔に気づき、食べろや、と男性が紙皿のおにぎりをすすめてくれる。
「いただきまーす」
「まあ、どこも十人そろわないチームばかりで、プレイヤーの貸し借りもしょっちゅうだしな。人数になど、誰もこだわらないのさ」
はあ、とうなずきながら、翔はおにぎりを手にする。
かじると、中から甘辛いしいたけが出てきた。
おどろいたが、味はおいしい。
「今日は、タロウがブラジル人留学生トリオを連れて来たもんで、健太は元々チームメイトだった望に助っ人を頼んだのだろう」
「もともと、チームメイト?」
「そうだ。望は黒チームの六人目だった。今は、黒のライバル、赤チームの一員だがの」
おにぎりにかじりつきながら、翔はしばらくボールの動きを目で追った。
「健太って、あの、黒でいちばん上手いパサーのひと?」
猿渡にTシャツを押しつけていた男が、おそらくは健太というのだろう。
二列目の中央でパスを中継しているが、気味がわるいほどパスが速く、しかも正確だ。
彼のパスを見ているだけで、受け手の利き足が右なのか左なのか、翔にも判別ができるくらいに。
相手のプレッシャーが甘いと言ってしまえばそれまでだが、よほど優秀なディフェンダーでもなければ、ほとんどワンタッチでパスをさばく彼を抑えるのは難しいだろう。
「黒は、他もみんなそこそこ動きがいいけど、黄色はなんか、レベルがバラバラ」
試しに、翔はブラジル人トリオとやらに目星をつけてみた。
ビブスの番号を三つ上げたところ、よくできました、とばかりに男性がほほえみと大きなうなずきをくれる。
「黄色は、工大の留学生たちだ。南米や東欧みたいにフットボールが盛んな地域から来た学生もいるが、半分以上はアジアからの留学生でな。東南アジアなんか、みんなフットボールは大好きだが、いかんせんへたくそなのよ。まあ、日本人もちょっと前まではあんなもんだったがな」
がはは、と豪快に笑う男性を翔はとっくりと見た。
身長は、翔よりも五センチほど高い。
まっさらな白髪からして七十才は越えていそうだが、翔の祖父よりはるかに若く見える。