実験体
ニルバナは知能群がまとめた地球の調査結果を静かに眺めていた。だが、彼が注目していたのは地球人そのものではない。
――アルファ・ケンタウリ製の旧式調査機。
それが現在も地球内部に、およそ一万機存在しているという報告だった。
ニルバナはゆっくりと口を開く。
「知能群。調査結果では、アルファ・ケンタウリの古い調査機が地球に存在しているようだが、その理由までは判明しているのか?」
『いいえ。詳細は不明です。ただし、現在の地球文明に干渉している形跡は確認されていません。調査機は自己制御により地表や環境の観測のみを継続しているようです。詳細を知るには、アルファ・ケンタウリ統括長官ワイパズへ直接問い合わせることを推奨します。コンタクトしますか』
「繋いでくれ」
次の瞬間、部屋の景色が音もなく塗り替わった。
無機質だった空間は消え去り、紫色の光が漂う巨大な執務室へと変わる。その中央には、長い年月を生き抜いた者だけが持つ余裕を漂わせる男――ワイパズがいた。
「どうした同士。直接連絡してくるとは珍しいな。何か急な問題でも起きたのか?」
「久しぶりだな、ワイパズ。転送装置の事で少し聞きたい事がある」
「……何だ今さら。まさか、あの恒星エネルギー転送装置の件とは。あの件は互いに水に流したはずだ」
ニルバナは小さく首を振った。
「違う。聞きたいのは、あの転送装置が取りついた恒星系の事だ」
その瞬間、ワイパズの口元がゆっくりと吊り上がった。
「ああ……なるほど。もしかして、あの星に残した我々の足跡である調査機や通信機の事か」
ニルバナは静かに頷く。
「そうだ。転送装置を調査した際、我々はあの星に知的生命が存在する事を知った。お前たちは、いつからあの星を調査していた?そして、調査機は何をしている?」
ワイパズは楽しそうに笑う。
「そんな事を聞いてどうする。同士よ。あの星の生物は、我々にとっては無害そのものだぞ」
「あの星に知性を持つ生物が存在している事は理解している。だからこそ聞いているんだ。我々は、あの無害な生命を可能なら生かしてやりたいと思っている。だが、お前たちの調査機が彼らへ危害を加えない保証が欲しい」
ワイパズは肩をすくめると、手を軽く払った。
空間に巨大なウィンドウが展開され、そこには遥か昔の地球へ向かう調査艦隊の映像が映し出される。
「隠すほどの事でもない。全て話そう。始まりは、お前たちの転送装置だ」
ニルバナは黙ったまま映像を見つめた。
「転送装置が本当に破壊されたのか確認するため、我々は調査艦を派遣した。その際に発見したのが、あの星だった。水が存在し、生命が溢れていた」
映像の中で、青い惑星が静かに回転している。
「そこには動物、植物、細菌――あらゆる生命が存在していた。我々は特に凶暴性の高い大型生物に興味を持ち、様々な動物実験を行っていた」
ワイパズは懐かしむように細く目を閉じる。
「だが、当時はまだ若い恒星系の星だった。いくつかの隕石が頻繁に落下していてな。ある時、致命的な衝突が起きた」
映像が変わる。
黒煙に覆われる空。崩壊する大地。消えていく生命。
「隕石によって巻き上げられたガスが空を覆い、光が遮断された。結果、地上の動植物はほぼ全滅。我々も実験チームを撤収させ、調査機だけを残して星を離れた」
ニルバナは静かに話を聞いていた。自分達が転送装置問題で種族の存続に追われていた時代に、ワイパズ達は別の星で生命実験を続ける余裕すら持っていたのだ。
「それから永い時間が経過した後、調査機から新たな生態系誕生の報告が届いた。今度は比較的小型の生物ばかりだった」
そして、ワイパズは笑みを深くする。
「その中に、我々のように二足で歩く動物がいた。それで……」
ニルバナはそこで、地球文明の急激な進化の理由を理解した。
「知能化実験か……」
「そうだ。我々はその種族の脳構造を改造し、知能を与えた」
映像の中で、原始的な人類が火を囲んでいた。
「実験自体は成功だった。奴らは知識を吸収し、狩りを覚え、農業を始め、水路を整備し、自ら工夫し始めた。我々はまるで、賢い幼い子供の成長を見守るような感覚だったよ」
だが、ワイパズは少し肩をすくめた。
「問題は気性だった。あまりにも攻撃性が高かった」
戦争。炎。殺戮。文明の映像が高速で切り替わっていく。
「修正も考えたが、気付いた時には数が増え過ぎていた。そこで我々は干渉を減らし、観察を優先する事にした」
ニルバナは知能群の調査精度に感心しながら、その話に耳を傾ける。
「やがて奴らは、自力で様々な技術を開発できるようになった。我々を知らぬ個体も増えたため、姿を隠した。調査機は地下へ隠すようにし、各地に建造した通信設備で星全体を監視していた。そして定期的に、最も巨大な正四角錐型通信機を介して量子通信を行っていた」
ワイパズはどこか懐かしそうだった。そこでニルバナは疑問を投げかける。
「なら、なぜ今は何もしない?」
ワイパズは苦笑する。
「実験チームを“神”と呼び崇め始めたからだ。研究はそういう方向を想定していなかった。我々が干渉してはならんのだ」
彼は椅子にもたれながら続けた。
「知性進化の研究成果としては十分だった。我々はアルファ・ケンタウリへ帰還し、地下の調査機だけを残した。お前が発見したのは、その残骸という訳だ」
「攻撃の危険性は?」
「ない。調査機に武装は存在しない。たまに地上へ出て環境調査を行う自律ロボットは稼働しているが、それだけだ」
ニルバナは小さく息を吐いた。
「そうか……なら安心した。地球人は、これからも無事という訳だな」
「あいつらは今どうなっている?」
ワイパズは興味深そうに身を乗り出した。
「まだ争いばかりしているのか?情報は届いているが、もう誰も真面目に観測データを見ていない」
「生命レベル二だ。衛星軌道程度には到達した。だが、恒星間技術には程遠い」
ワイパズは声を上げて笑った。
「ほう、そこまで進歩したか。しかし隕石を破壊できる段階には至っていないのだろう? なら次の大衝突で終わりだ」
そして、どこか愉快そうに続けた。
「もっとも、その前に自分達で滅ぶかもしれんがな。はははっ。次、滅んで新しい種が出てきたら、今度は共に研究をしよう」
ニルバナは何も答えなかった。ただ、静かに地球の映像を見つめていた。
青い海。白い雲。夜の闇に浮かぶ無数の光。
その星では今も、誰かが争い、誰かが愛し、誰かが未来を夢見ている。
だが彼らは、まだ知らない。
自分達の文明が、遥か昔に始まった超文明の“実験”の延長線上に過ぎない事を。
そして宇宙の彼方では、その未来すら、酒を飲み交わすような軽さで語られている事も。
完
最後まで読んで頂きありがとうございます。
感想頂ければ幸いです。
これからは、もう少し長めの小説も書こうと思ってます。




