#4 魔物の進化はどうするの~その8、生きた魔物~
世界はどこまでも続くオレンジ色の静寂に包まれている。風が吹くたび、緑の絨毯はさざ波のように揺れ、彼方の地平線では沈まぬ夕陽が空を琥珀色に焼き溶かして、その幻想的な光の中で、ジェイはかえでに促されるまま、無造作に「材料」を並べていった。
スライムは命を形作るための『器』。
無機質な鉄鉱石は、魔物の意思を司る『核』。
『進化値0』の緑色に輝く卵は、命を点す『火種』。
「なんで、こんなに綺麗に緑色に輝いてるんだろうね」
そんな、子供のころ誰もが抱く純粋な「なんで」という疑問。それは興味の対象が未知であればあるほどに、稚拙な問いを超えて、世界を書き換える特別な「なにか」へと変質していく可能性を秘めている。
「そうね。魔物の卵が、本来生まれ持った性質ではないというのなら……」
かえでが腕組みをして、ジェイにそんなことを返しながら考え込む。
(ジェイの魔力? いえ、あの茨の門の影響かしら。彼が最初に選んだ三つの色。……それとも、この場所の規則性が関わっているのかしら)
バラバラだったパズルの欠片が、かえでの頭の中で不気味な形を成していく。
「……かえで?」
ジェイが最後のピースである「妖精の鱗粉」を大切そうに並べて、「ほら、始めるんでしょ」と催促するようにかえでをジト目で見つめていた。
お互いの得意なこと、未知なる可能性に無邪気に熱中する二人の姿は、どこまでも似た者同士だった。それは、あまりに純粋で、子供らしい微笑ましさに満ちている。
「卵が二つ、妖精の鱗粉も二つ。……属性も、二つ必要になるのかしら……」
かえでが小さく呟き、再び深い思索の海に潜る。彼女が当分戻ってこないことを察したのか、ジェイは「またか」と小さく肩をすくめ、迷いのない手つきで独り「命の錬成」を開始する。
生きていないはずの緑色に輝く卵と、重厚な沈黙を守る一握りの鉄鉱石が、重力に逆らうようにふわりと浮き上がる。そんな光景の中、二人の周囲を流れる空気は熱を帯び始めた。
「――土と、風」
ジェイが小さく、だが断定するように口にすると、空間を焼き切るような鮮やかな炎の幾何学模様が円環の中に開く。錬成されたスライムが、溶けるように吸い込まれていく。すべての素材を飲み込んで、燃え盛る魔法構造式は二倍、三倍へと巨大化して、大気を震わせるほど複雑な模様を描き出す。
照らされたジェイの額には、一筋の汗が滲んでいる。
それは遊びを超え、未知の法則をこの世に強引に顕現しようとする創造の熱量そのものだ。
「『聖杯に満たされる水』……そして、『魔力への親和』を持つ妖精の鱗粉」
かえでの中で繋がったピースがするすると声になって溢れた。
―――その瞬間、大地が鳴動し、ひときわ眩い緑の生命光が極光のごとく天へと放たれた。風がオレンジ色に染まる草を高く、高く、舞い上げる。風がまるで新しい命の誕生を祝うように、高く澄んだ音を立てて歌い出した。
"キーン"風の音が聞こえる。
「「あなたが、私たちを創生したの?」」
重なり合う鈴の音のような声。
童話の絵本の中からそのまま飛び出してきたような、透き通った翅を持つ二人の小さな妖精の少女が現れる。
「うん、はじめまして。……ほらね、かえで。
やっぱり、妖精になったんだよ」
ジェイがここぞとばかりに得意げに、猫背気味の構えをとり、片手で顔を覆う「あのポーズ」を恥ずかしげもなく披露する。二人で見つけた「命の錬成」が成功して、純粋に喜ぶジェイの姿がそこにはあった。
「……カッコよくない」
かえでが少し”ジェイのくせに”と言わんばかりにむすくれるのを見て、ジェイは"ガクッと"派手に肩を落とした。先ほどまでのシリアスが嘘のように霧散し、しょんぼりとしてみせる年相応の少年の姿が場の雰囲気を和ます。
でも、そんなジェイをよそに、かえでは目の前の未知なる存在から視線を外さなかった。彼女の胸中には、期待よりも得体の知れない「予感」が重く居座っていた。
(私が知っている『魔物』にこんな『魔物』いない)
「創生……って言ったけど、それは一体どういう意味かしら?」
かえでの絞り出した問いに、二人の妖精は同時に顔を見合わせ、鏡合わせのような動作で首をかしげた。かえでの持つ「魔物としての常識」を憐れむような、残酷なほどに純粋な光がその瞳に宿っている。
「「あれあれ、どうしてこの娘にはわからないのかな」」
「「そうなのね。あなたのほうが、存在値が低いのね」」
聞き慣れないその単語が、冷たい指先のようにかえでの心臓を撫でた。
生まれたばかりのはずのはずなのに、それなのに……目の前の少女たちに「格の差」を突きつけられたような錯覚がかえでの胸を締め付ける。
「存在値?……それは何?」
かえでの代わりに、ジェイが二人に聞き直した。ジェイの瞳は、新しい遊びを見つけた時のように、オレンジ色の光を受けて爛々と輝いている。
「「私たち魔物は、無垢で産まれないわ。この世界の理を、最初からちゃんと理解しているの。存在値が高いほど、より多くのことを理解してね」」
妖精たちはくるりと空中で輪を描き、夕映えをその透き通った翅に映し、『暁の大渓谷』の雄大な風をその身に纏う。
彼女たちが口にする、かえですら知らない世界の深淵――。『食物連鎖』などと言う単純なことでは、このダンジョンを守ることが出来ないのだと気付くには十分な情報だった。二人の小さな妖精の少女は、ジェイだけを見つめている。
「ちゃんとかえでの質問にもちゃんと答えて」
声色は少し低く、かえでの質問にちゃんと答えないことに、ジェイは怒っているようだった。
彼にとって、かえでは単なるガイドでも配下でもない。このオレンジ色の世界でたった一人、自分の隣に立ってくれる、かけがえのない大切な存在なのだ。
「「……ごめんなさい、主様。そんなに怒らないで」」
二人の妖精は羽の動きをぴたりと止め、しおれた花のようにうつむいた。主の機嫌を損ねたことを察し、今度はかえでの方へ向き直る。
「「『創生』は、このダンジョンそのものの記録に刻まれる誕生よ」」
「「種として増えるのではなく、主様の魔力によって『新しく定義』されること」」
妖精の一人が、かえでの目の前までふわりと飛んでいき、その小さな手でかえでの角に触れようとした。
「「あなたの存在値が低いのは、あなたがまだ『進化』していないから」」
「「主様が、あなたの理を書き換えれば、あなたは私たちよりもずっとすごいわ」」
かえでは息を呑み、ジェイの顔を見た。
"理を…書き換える"
その言葉は、かえでの胸の奥に澱んでいた禁忌の扉を叩いた。
もしも、ジェイの”いたずら”によって、自分もあの「進化値」と言う、食物連鎖の輪廻から外れた計算式に組み込まれてしまい、自分が未知なものになる恐怖と進化への渇望。
かえでがその身に刻まれた【幼体化】および【進化阻害の呪い】という呪わしい理を、ジェイの手によって書き換えるという抗いがたい甘美な誘惑。
そして同時に、自分という存在が消失してしまうかもしれないという、底知れぬ恐怖でもあった。
夕陽に照らされたジェイの横顔は、まだあどけない。けれど、その指先にはすでに、一国の歴史を容易く塗り替え、生命さえも作り変えてしまうほどに大きな力が宿り始めていた。
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勢いですぐ投稿すると修正が多くていけないなと反省"(-""-)"




