第六話:役不足
しばらく、野外で寝泊まりするようになって、わかったことがある。
魔王は最も力のある存在だ。
だから、その力に加担するやつも少なくない。
そもそも、悪いやつというわけではないと知っているやつは、積極的に加担する傾向にある。
主にそうだと知っているやつは勇者で、魔王を倒そうとしている俺たちを殺そうとする。
モンスターがいないからと言って、楽観しすぎていたと思う。
最初に襲われたとき、俺たちは丸腰だった。
金槌は武器として扱うには、いささか頼りないものであった。
次に困ったのが、そいつらを殺さなくてはならないことである。
殺さないで済めばいい、なんて理想はあるのだが。
それをするには骨が折れる。殺してしまった方が楽なのである。
……精神的にはきついのだけれど、殺さないで済ますにしてもあまりの大変さにそのうち心が折れるだろう。
「なあ、やっぱり村巡りしながらの方がいいんじゃないか」
時々、そうユミに尋ねる。
人が死んだりするのに敏感で、弱いのはそっちの方なのだ。
戦力にならないということで、実際に殺す所を見ることはない。
とはいえ、殺しているのを知らないわけでもないのだ。
結論。結構精神的にダメージを受けている。
だが、返答は決まってこうだ。
「大丈夫」
大丈夫なわけ、ないだろう。
それでも、この生活は続いた。
まるで、本当に大丈夫であるかのように彼女も俺も平常でいた。
今日はいつ襲われるのだろうか、襲われずに済むだろうか。
などと考えつつ歩く。
昼間襲われることもあれば夜襲われることもある。
夜などに奇襲するのが効果的だ、などとユミが言っていたが、そのようなケースはほとんどなく、昼間襲われる。
たまに、利口なやつがその奇襲とやらをしてくる。
しかもそういうやつに限って魔法がとても強い。
しかし、そいつらは大抵モンスターにやられる。
ありがとうございます、魔女さん。
「君たちが魔王様を倒そうとしている集団か」
声がした。
真後ろからである。
気配を消して近づかれることにももう慣れていた。
最初は心臓が飛び出るという表現を体感したものなのだが。
「あのー、質問があるんですが」
振り返ってユミが言う。
まず、情報収集。
とはいえ、応じてもらえない可能性の方が圧倒的に高い。
「いいけれど」
珍しいな、と思う。
いつも通りユミが質問攻めをする。
質問の内容は繰り返していくうちに少しずつ変わった。
必要のないものは削り、優れた質問を思い付けば追加し、順番などについても考えるようになった。
最近は、相手の価値観についても尋ねるようになってきた。
それでも、同じ回答ばっかだと気味悪がる材料にしかならないのではあるが。
「ご協力ありがとうございました」
ノートに書き終えると、立ち去ろうとする。
この時、ユミを先に歩かせる。
それも早足で。
「待ちなよ」
どうせこうなる。
俺が振り返ろうとすると何かしらの攻撃。
わかっているので、攻撃を確認した後に予め用意していた動きで回避する。
相手の攻撃もワンパターンであった。
どいつもこいつも同じような攻撃をしてくるものだから、効率の良い回避方法が身に着いてしまった。
だから、やるべきことはどの回避方法で回避する攻撃なのか判断することだけである。
「無駄だ」
反撃はしない。
短剣を握りしめるが、そうしているだけ。
とにかく避ける。
そうやって時間を稼いでいる間に、ユミをなるべく遠くへ逃がす。
残虐なシーンは見せられないからな。
あと、悲鳴を聞くにもなるべく遠くにいた方がいいだろうし。
出させないように努力はするけど。
……。
…………。
残虐行為、おしまい。
「ご褒美にセクハラさせてくれたりとかしないかな」
「いや、無理です」
「ケチー」
お互いの精神のために、しょうもない話題を繰り広げる。
しかし、毎回こんな会話ばっかだと飽きてくる。
飽きてくるのはちょっとまずいかもしれない。
そう、まずいに決まっている。
だから新しい展開が必要なはずである!!
「というわけで強制的にご褒美をいただきますっ!!」
めくりっ。
「みーーっ!?」
されるとは思っていなかったのか。
がはは。甘いぞ。
「くぅっ……」
金槌を取り出す。
しかし、数多くの戦いを乗り越えた今の俺にその武器では不十分。
誤用の方の意味で役不足なのだ!!
ユミはそれをくるっと一回転させる。
すると、なぜか代わりに短剣が握られてた。
そして、俺が腰に身につけているはずの短剣が金槌になっていた。
なんなんだこの芸当は。
わざわざ金槌でなくとも、それこそ武器でないものでやったっていいはずだ。
つまり。
「本当の意味で役不足でしたっーー!?」
今日は死にかけました。
「死ぬかと……思った」
刃物はだめだって。
シャレにならない。
数十分における闘争の後、事態はなんとか収まっていた。
「はは……は」
ユミは力なく笑っている。
俺も息が切れていた。
「くそっ……次こそは絶対にパーフェクトセクハラを成功させてやる……」
「あは……私、もう、だめかもです」
彼女の目がこれでもかというくらいわかりやすく死んでいた。




