第三話:魔女
がくがく。
ぶるぶる。
びくびく。
「なんでそこまで怯えてるんすか」
「……怖いんだもん」
モンスター怖い。
「せめて、どういうやつなのかわかれば対処できるのに」
知的なことを言ってみる。
声が震えて強がりくさかった。
「遭遇すればわかるのではー」
「……わかる頃には死んでるだろ、それ」
「大丈夫です」
「え?」
もしかしてもしかして私が守ってくれちゃったりするものなのか?
「少なくとも私は生き残るように善処しますゆえ」
「せめて二人ともにしてくれ!」
「そこまでだ」
男の低い声が場を一気に冷却させた。
俺たとが男の方を振り向くと、派手な長さがないながら、十分に凶器としての役割を果たしそうな刃物を握っていることが確認できた。
「お前たちは俺が処分する」
太い刀身から発せられる鈍い光が俺達を威嚇して、男の声を一層気迫のあるものとする。
視線は俺たちの体を完全に捉えている。こちらの動きに即座に反応できるだろう。
相手の足の速さはどれくらいだろう。
不意打ちをしてこないということは、逃がさない自信があるのだろうか。
……つまり、逃げることが可能、と判断するには難しい。
「仲間になりませんかー?」
ユミの陽気な声が場をかき乱した。
アホか。
その声は相手の行動の引き金になる。
弾けたようにこちらへ向かってくる。
自分の体に魔法をかけ、ユミの前に飛び出す。
素手だ。
せめて、金槌を俺が持っていれば、と思う。
大きく踏み出して、相手の攻撃を誘う。
刃物を振るったところで身を引いて避ける。
このまま回避していくのも手だが、それはユミが狙われるまでの話。
さて、どうしよう。
とりあえず、ユミを逃がそうか?
そう考えた辺りだと思う。
ぱりん、とガラスの割れるような音がした。
そちらに視線が奪われる。
寒気がした。
そして、黒い物体を視覚が捉えた。
観察して、それが空間を割って出てきたことを知覚した。
黒い物体は、表現のし難いシンプルな形で、太い円柱に近い形をしていた。
それが男に襲いかかった。
男の方へ眼を移すと既にそこに男はいなく、黒い物体が俺の想像より速く動いていることがわかった。
そして、黒い物体の先端部分に男の足が見えた。
喰われた、のだろう。
よくわからない。
近寄ってはいけない気がした。
違う。
関わってはいけない。そんな感じがした。
あれが、モンスターか。
俺は逃げようとしたのだけれど。
ユミが余計なものを見つけた。
「あれ、魔女さんですかねー」
割れた空間の中から女性が現れていた。
目が合った。
その視線はこちらをその冷たさで攻撃しているかのように冷え切った目をしていた。
あの黒からよりも逃げたくなる。
だが、数秒してその目から攻撃性のようなものが消えた。
話しかけてくる。
「群れるなんて、珍しい愚弟ね」
のそのそと黒い円柱が穴の中に戻っていく。
さきほどの速度とのギャップは、まるでそれが彼女のペットであるかのような印象を抱かせた。
それはともかくとして。
愚弟とは私の弟という意味なのだけれど。
「俺、一人っ子なんだけど」
「勿論常用の意味だけでなく、文字通り愚かだという皮肉も込めているわ」
「いや、だから俺一人っ子」
人の話を聞く気はあるのだろうか。
「そちらの子の方が変わっているみたいだけれど」
「私ですかー?いやー、それほどでもー」
「あなたはどこまでわかっているのかしら」
女がそう言うなり、ユミの表情が変わった。
シリアス顔である。
つまり、真面目で深刻そうな顔だ。
そのまましばらく無言で考え込んだ。
「……言わんとだめですか」
「ええ」
「恥ずかしながら、魔王を倒さないとだめっぽいところまでしか」
「そう」
女がそう言うと、再び黒い物体が出てきた。
今度は球体だった。
それが本を乗せていた。
女が本を受け取ると、黒ボールは戻って行った。
「観察して、これに書き込みなさい」
そう言って本を手渡した。
中身は白紙。
どうやら、ノートのようである。
「あの……何を観察すれば」
「この世界のありとあらゆることを。特に人間を観察するといいわ」
「人間……ですか」
「たまに殺したりしてその反応を見たりするとなおわかりやすいわ」
ユミはノートをぱらぱらとめくり無意味に中身を見る。
「ところで、仲間になってはいただけないので?」
そう言って女を見つめた。
女は目をつぶってしばらく固まっていた。
やがて動き出したが、その最初の動きは首を横に振る動作だった。
「なぜですか」
「あなたが自力でこの世界を理解しなければならないの。頭でも体でも」
「じゃあ、その時になったいいんですか」
「そうね。それまでは、あなたがどうしても死にそうな時くらいには手を貸しましょう。それは私にとっても必要だから」
女は割れた空間の中へ入っていく。
その姿が見えなくなると、徐々に割れた部分が塞がった。
「そう言えば、なぜずっと無言でした?」
俺に聞いてきた。
「なんというか、俺をあまり好ましく思ってないみたいだったし」
「そですか?」
「特に最初の方。拒絶っていうかなんていうか、そんな感じがあった」
「はあ、そうですかー」
ユミはメモをとる。
俺はノートを覗いてみた。
ノートにはこう書かれていた。
とんでもない変態野郎ジカルマ
主にスカートめくりで攻撃してくる。
セクハラの塊。弱点は言わずもがな。
「なんなんだこの俺の評価は!!」
ドタバタ!
「でも的確だと思うのですが」
「そういう問題じゃない!」
ジタバタ!
「制裁!制裁!!」
今はノートとペンで両手が塞がっている!
つまり、反撃を食らう可能性は無い!!
俺はスカートに向けて右手を繰り出し――
めきょっ
金槌ががっ!?
ノートとペンを装備しているはずの両手を見ると、いつの間にか金槌が握られていた。
いつの間にかというか持ち替える時間はなかったはずなのだが。
ノートとペンはどこだ。
探すが見当たらない。
そのまま倒れる。
薄れる意識の中、彼女を再び見る。
ちゃっかりノートとペンを持っていた。金槌は見当たらない。
「ありえん……」
俺は倒れた。




