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パスバイクローンズ  作者: 面映唯
第6章
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重なる想い

 

 私は手を伸ばしたままであった。

 川に戻った私は、独りだったのだ。






     






 そのまま一晩寝た。


 迷いはない。後悔もない。いや、それは嘘。ただ何となく、昔に戻っただけだと思う。気まぐれ。驟雨。たったそれだけのこと。その程度のこと。そんなことは言葉にするまでもなく、頭で浮かべるものでもなく、今までの経験からか体に染みついていた。

 

 百華は妖精だったのだろうか。幻だったのだろうか。彼女が伝えたかったことは何だったのか。他の話が布石だということはわかった。映画も、そんな時代を飛び越えるようなSF染みた話も、彼女の本心を埋もれさせるに過ぎない飾りだ。



 アトリエの中でバッグを整理していると、一つの封筒が出てきた。確か、一か月ぐらい前に来たとき、実家で拾ったものだ。表には、「鉋へ」と書かれている。裏返してみたが、何も書いていない。


 指先で封を開ける。一枚の便箋が出てきた。




『鉋へ』


 小さい頃のあなたは世話がかかる子でした。同時に世話が掛からない子でもありました。おっちょこちょいな部分があって、小学校の先生に注されることもありましたが、友達がゲーム機で遊ぶ中、休みの日は自分から外に出かけて遊んでいました。そんな鉋を見ながら、母は、うれしく思っていました。周りに流されないで、自我を持っている。そういう子に育って欲しいと思っていたので、本当に親泣かせでした。

 そんな鉋も、中学に上がる頃から変わっていきました。何がきっかけだったのかいまだにわかりませんが、ある日の土曜日に、泣きながら帰って来たのは今でも忘れません。母の声に反応してくれないくらい泣きじゃくって、「ごめんね、ごめんね」と何度も謝っていました。「どうしたの?」と聞いても、ひたすら泣いていました。


 そのまま反抗期に入ったのか、母とはあまり話してくれなくなりました。

 高校に入ってもバイトばかりで……。姉の影響か、自分も自由でいいのかなと思ったのかもしれません。

 せめて大学だけは出て欲しいと願うようになりました。

 もうこの辺りになると、子どもたちのことをないがしろにしていたと思います。


 母には一つだけやり直したいことがあります。それは、また家族みんなで一緒に暮らしたいということです。父は、あなたの金を持って今も音信不通ですが……。


 夢にまで出てくる、まだみんながいた頃の家庭が、戻ってきて欲しいなんてないものねだりなのかもしれません。


 過去を振り返ると後悔しかありません。何でもっと寄り添ってあげなかったんだとか、厳しい言葉をかけてでも教えてあげなかったのかとか、たくさんあります。


 子どもを産むのは、言ってしまえばどうにかなります。お金を払えば助産師さんや看護師さんがサポートしてくれます。でも、子どもから親が消えたら、誰も動いてくれません。一人の人間としてでは済まされなかったんです。母親としての自覚がなかったんだと思います。駄目な母親です。申し訳ない気持ちでいっぱいです。


 ただ、これだけは信じてください。


 ふとした瞬間に思い出すのは、いつもあなたたちでした。苦しい、助けて欲しいと思ったときに頭に浮かんだのは、あなたたちでした。


 愛している人とは、切っても切っても離れないものなんです。時にはちょっかい出して見たくなるんです。試してみたくなるんです。愛しているから知りたくなるんです。愛しているから教えたくなるんです。それが愛ってことなんだと思います。


 言い訳はしません。人間として、母親として大事なものを見失っていました。


 ありがとう。


 母より





 百華からの手紙ではなかった。だが、期待は失望へと変わらなかった。


 血が繋がっているから人間なのか。それは関係ない。いじめっ子で、ガキ大将で、意地っ張りで、貞操気にしがちな母親から、たまに優しくされる気分は明日の降水確率が百パーセントと知ったときのような不確かな気分だと思う。


 もっと早く読んでいれば、私の行動は違ったであろうか。多分違っていた。この手紙に促されて、人情が大事なんだと心の中で豪語していたであろう。


 わからない。どうすればいい。

 百華。いないなら誰でもいいから教えてくれ。説明してくれ。

 感情って何だ。今の私の感情を説明してくれ。

 鏡の前に立って無言で叫ぶ。触れる。嫌いな自分。それすらも言い訳にして、可愛い自分が捨てられない。


 教えてくれ。

 本当のことを教えてくれ。


 誰も答えてくれるはずがない。ねえ神様。




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