タイムトラベラー
鉋の高校時代は割とすっきりしていた。すっきりという言葉が表すように、入学から卒業まで一直線の道を歩んだ。何の変哲もない三年間。中学時代とは違い、周りからちやほやされることはなく、ただひたすらに卒業までの道をひた走った。もしかしたらちやほやされることや、鉋自身の抱いた不安や懸念があったのかもしれないが、それが鉋やその周辺の人物に届くことはなかった。
ただ、自分の道を歩んだ。
高校に指定の制服はなかったので、毎日私服で登校。スキニーみたいなぴっちりした服装というよりは、緩い服装。着心地が悪いという理由で、薄い生地のワイドパンツにサイズの大きいパーカー。校内では、真冬だろうとサンダルで過ごすことが校則で決まっていた。
授業中はほぼ寝ている。それでいてテストは平均点。睡眠学習は本当にあるのかもしれない。
授業の合間の十分間の休憩になるとイヤホンを耳に突っ込む。
帰りのホームルームは大抵いない。
「鉋ー。今日も帰るの? そろそろホームルーム出てから帰らないと、担任がうるさいと思うけど」
「ああ、いいのいいの。俺のことは俺がけじめつけるから」
鉋は手を振って去っていく。
教室に顔を戻した二人は、話し出す。
「鉋っていつもあんな感じだけど、昔っからなの? あの性格」
「いや、昔はもっと明るかったと思うけどなあ。どうなんだろうな」
「なんか、見た目は楽しそうって雰囲気がなくもないんだけど、やってることがどう考えてもつまんなそうじゃん? 授業は大体寝てるし、十分休憩は誰とも話さないで耳塞いで音楽聞いてるし。話しかけづらい」
「昼は一緒に話すじゃねーか」
「お昼だけじゃん。私たちが一緒にいてあげなかったら、鉋なんて一人ぼっちじゃん。わかってるのかな、そのこと」
「さあな。でも、意図的にそうしてるのかもよ?」
「話しかけてくんなって?」
「まあ、憶測だけど」
「それって生きてる意味あるの? 誰とも関わらないとか学校に来てる意味ないじゃん」
「まあ、それはねえ……」
担任の「早く席につけー」という声によって二人は席に座る。隣同士。
声のボリュームを下げて、続けた。
「お前みたいにな、気にするやつも珍しいと思うけどな。どこにでも一人くらい珍しい奴なんているもんだろ。そう言う奴は大体ほっとかれて、『あ、いたの?』ぐらいの存在なんだから。どうでもいいんだよ」
「そうだけどさあ……」
「さては、お前。まさか鉋に惚れてんのか?」
「はあー?! ち、違うって。あんな奴のどこがいいの? 付き合ったら絶対疲れるし。デートに行くにも、全部私が計画して、」
「お前の頭の中では、もうデートまで行ってんのな」
「ち、違っ、だからそうじゃなくって、」
「そこうるさいぞ!」
担任の火花が散った。気づけば、興奮して立ち上がるほど否定していた。
彼女はおとなしく座った。
「案外お似合いかもな。お前ら二人」
男の声はやたらと女の心に篭った。
だが、鉋が結局女と付き合うことはなかった。昼休みに、パンをかじりながら世間話をする程度。それが唯一、鉋の話す場だった。にもかかわらず、そのせいか、長い前髪の間から見える左目が、日が経つにつれて小さくなってこの場で以外は口を開くことがないとは思えない表情。
それが鉋だった。