⑱大丈夫
弾薬を使い切ってしまえばそれまでだ。何発くらい撃ったかな?
腰のポシェットの中に弾薬はもう残されていない。あたしはリロードできない拳銃をホルスターに戻した。
あたしの視界にシー・ガル号の船影が見える。ハッとして目をこするけど、幻なんかじゃない。来て、くれたんだ……。
そうして、あたしはポシェットの中のある品を思い出した。それを慌てて手に取る。
緑色の石のついたコンパクト。
それはゼノンがいつかくれた手鏡だ。あたしはそれを開くと、太陽にかざしてみた。小さな鏡だけど、燦々と輝く太陽の光をいっぱいに受けて鋭く反射する。その反射光は、あたしたちの居場所をみんなに伝えてくれた。
ほどなくして――。
「ミリザ!!」
シー・ガル号から続々とみんなが駆けつけてくる。あたしを呼ぶゼノンの声に、あたしは足もとから崩れ落ちた。その場にへたり込んだあたしを、真っ先に到達したエセルが力強く抱き締めた。
「いい加減にしてほしいな」
少し怒ったような声と強い力が心配を物語ってる。
でも、あたしは悪かったって思う気持ちがすぐには湧いて来なかった。エセルの腕の中でもがくと、思いきり叫んだ。
「ディオンがサソリに刺されたの! 早く助けて!!」
みんな、あたしの叫びにギクリとして倒れているディオンを見遣った。エセルとゼノンは顔を見合わせると、船員の一人にファーガスさんを連れて来るように告げた。
大慌てで、年齢に似合わない機敏さでやって来たファーガスさんは、ディオンの傷口に巻いてあるタオルを外し、それからディオンのまぶたの裏をひっくり返して見る。そうして、ファーガスさんはあたしに向き直る。
「ミリザ、サソリに刺されたんだって? どんなサソリだった?」
「砂みたいなクリーム色で、透き通るような殻をしてました。すごく素早くて、全部は見えなかったけど……」
のどの奥からそれだけを絞り出すと、ファーガスさんはそっと嘆息した。
「そうか」
そして、持って来たカバンから薬品のビンを取り出すと、それを綿布につけてディオンの傷口に当てた。それを軽く包帯で止めると、素早く指示を出す。
「ここにいても衰弱するだけだ。なるべく振動を与えないようにそっと船内に運ぶんだ。呼吸が弱いから気道には十分に注意してくれ」
「わ、わかった」
ゼノンが青ざめた顔でうなずく。エセルもゼノンもあたしを気にしてくれていたけど、ディオンのことも放っておけないから二人も手を貸してディオンを運び出した。
あたしはやっとの思いで立ち上がると、歩き始めたファーガスさんにすがりつく。
「ファーガスさん、ディオンは助かりますよね!?」
涙でぐしゃぐしゃの顔をしたあたしの頭に、ファーガスさんは優しく手を添えて笑ってくれた。
「ああ、もちろんだ。よくがんばったな」
……ずっと、その言葉が聞きたかった。
助かるって、誰かに言ってほしかった。
それが他の誰でもないファーガスさんから聞けたから、あたしは気が遠くなるほどに安堵した。実際、少し意識が飛びかけた。でも、ファーガスさんがあたしの腕をとっさにつかんでくれたから、あたしは気を持ち直した。
「ディオンには私たちがついているから、ミリザも船に戻って休みなさい」
「はい……」
もう、大丈夫。戻ろう――。
あたしがフラフラと船に近づくと、船からは担架が下ろされてそれを上からロープでつり上げてディオンを甲板まで運んでた。船の上は大騒ぎだ。
ファーガスさんが昇降梯子を登ってから、あたしもひどい疲労感を覚えながら体に鞭打って梯子を昇りきった。ディオンは素早く運び出されたみたいで甲板の上にはいない。みんなの事情を聞きたそうな顔があたしに向いたけど、疲労困憊のあたしの肩をいつの間にかそばにいたエセルが支えてくれた。手には水の入ったグラスを持ってて、それをあたしに押しつけた。あたしは無言でそれを貪るようにして飲み干す。
そんなあたしに、エセルはポツリと言った。
「ミリザ、早く休みなよ。見てられない」
「うん、ありがと」
でも、あたしにはもうひとつ気になることがある。
「ねえ、ヴェガスは戻った?」
「え?」
「あたしたちと一緒に行ったパルウゥスの……」
そこでエセルはああ、とつぶやいた。
「いや、まだだ。でも、戻るまで船を出したりしないから安心して」
「うん、絶対だよ」
ヴェガスならすぐに戻って来てくれると思うけど……。
あたしはそのままやっとの思いで船内の階段を下りた。そうして、パルウゥスたちのところに向かった。たどたどしいエピストレ語で簡単な説明をみんなにする。すると、スタヒスは薄い眉毛を大きく動かして笑った。
「Το Βέγας εάν είναι εντάξει.Σύντομα θα επιστρέψει」(ヴェガスなら大丈夫。すぐ戻るよ)
「Μπορείτε,και ήταν ευτυχής σώοι και αβλαβείς」(君も無事でよかったよ)
アダリスもそう言ってくれた。みんなの優しさが、何かつらい。
「Σας ευχαριστώ.Πήγα στο το λουτρό」(ありがとう。お風呂、行って来るね)
体中、汗や砂や埃でドロドロだ。あたしは着替えを持って風呂場へ向かった。
そうして、冷たい水で全身を洗った。髪ももつれてなかなか解けなかった。打ち身だらけで、日焼けした肌がヒリリとする。
お風呂の中で、あたしは嗚咽を漏らしながら泣いた。
もう大丈夫だって思うのに、感情が抑えられなかった。




