↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅴ・宝と命と恋心

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/191

⑰蛇蝎の地

 早く、早く、とあたしはその砂地を二人で無事に抜け出せることを願ってた。ディオンに担がれたまま、恐る恐る後ろを振り返ってみると、海は随分と近く感じられた。潮風も肌に感じることができる。

 もう少し、だよね?


「ディオン、絶対死んじゃ駄目だからね!」


 あたしが涙声で言うと、ディオンは呆れた様子だった。


「だから、勝手に殺すな」


 その憎まれ口がいつまでも続けばいい。あたしがそう思った瞬間、ディオンの体が大きく揺れた。


「っ!!」


 ディオンはあたしを放り出すことはなかった。でも、明らかに様子がおかしかった。まさか、と思ってあたしは真下を見た。そこで、ディオンの足もとの砂を払い、ものすごい速さで砂に潜った『何か』を見た。月長石みたいな色合いをした、透き通るような殻。あんまりにも素早くて、見えたのは一瞬だったけど、あれは……サソリ? 少なくとも蛇じゃない。


「さ、刺されたの!?」


 靴はショートブーツを履いてる。でも、砂に埋もれてしまえば絶対に安全とは言えない。

 ディオンが顔をしかめたのがわかった。


「そうらしいな」


 淡々とそれだけ言った。

 あたしは心臓がつかまれたみたいな心境で、それでもしっかりしなきゃと自分を奮い立たせる。


「止まって。処置、するから……」


 サソリの場合の処置、ちゃんと覚えてる。

 あたしがしっかりしなきゃ。泣いてる場合じゃない……っ。

 なのに、ディオンは立ち止まらなかった。顔をしかめ、首筋に脂汗を浮かせながらゆっくりと歩む。


「ディオン!!」


 するとディオンはぽつりと言った。


「もう少しだけ先へ……」


 先? もう少し先へ抜けたら日陰が切れる。少しは安全だって言うの?


「無理しちゃ駄目!!」


 あたしの叫びも無視して、ディオンは歩く。痛くないはずないのに。


「そんな我慢強さ要らないの! 処置が遅れたらどうするの! ディオンの馬鹿!!」


 思い切り泣き叫ぶと、ディオンはすでに意識が朦朧としていたのか、あたしを抱える腕から力が抜けて行った。あたしを砂地に放り出すと、自分はそのまま崩れ落ちた。日陰はほとんど終わりだ。

 あたしは素早く起き上がると、倒れたディオンの体をわきの下を抱えるようにして引きずった。重たくないわけじゃないけど、滑りのいい砂地で引きずるくらいならできる。

 そうして、太陽の下へ逃れる。念のため、もう少しだけ海の方へ更に引きずった。


「ディオン! ディオン!!」


 頬を叩いても返答はない。ひどい脂汗と浅い呼吸。

 あたしはすぐにディオンの足もとへ移動した。患部を探さなきゃ。

 ショートブーツはくたびれてところどころが薄くなってるけど、傷口はそのブーツの中に押し込んだパンツの裾の辺りだった。小さくほつれた箇所がある。あたしはハッとして右足のパンツをたくし上げた。


 でも、上手くいかない。それくらい、あっという間にディオンの足は腫れ上がってた。あたしはディオンの腰にあった短剣を引き抜いてパンツの裾を裂いた。そして、ディオンの足を膝に乗せ、腫れた患部を水でそっと洗い流す。指先が尋常でなく震えて、貴重な水が上手くかけられない。あたしは右手を左手で更に押えながら慎重に行った。こんなことで毒は抜けないだろうけど、ディオンがそうしろって言ってたから。


 その後であたしはタオルの綺麗な部分を患部に軽く巻いた。

 ディオンの呼吸は相変わらず浅くて、腫れと一緒に痙攣も起こしてる。

 あたしは体から芯が抜け落ちたみたいに覚束ない足取りでそろりと立ち上がった。生まれ立ての仔鹿より下手だ。震えの取れない指先で苦労しながら拳銃シャルを抜こうとホルスターのボタンと格闘する。


 焦れば焦るほどに上手くいかない。

 涙が砂の上に落ちた。ひどい無力感だった。

 それでもあたしは拳銃をようやく抜き取り、あたしたちを苛む太陽を撃ち落とすような勢いで発砲した。


 ……ううん、違う。この銃声は祈りだ。

 どうか、気づいて。

 ディオンを助けて。

 誰だって、なんだっていい。

 助けて――。


 パァン、と甲高い音を立て続けに立てる。

 船は? シー・ガル号はまだ?

 敵の船でさえも見えない。

 このまま気づいてもらえなかったら……。


 あたしはちらりとディオンを見下ろす。患部は晴れて紫がかってる。その様子にゾッとした。

 あの毒が全身に回ったら――。

 ディオンを置いてでも助けを呼びに行く? でも、そばを離れているうちに何かあったら? そう思うと怖くて動けない。今のあたしの判断がディオンの命に関わるってわかってるのに、決断する勇気が持てなかった。あたしって、自分で思っていた以上に臆病なんだ。なんて情けないんだろ。


 ひく、としゃくり上げながらもう一度拳銃を連射した。

 ディオンが助からなかったらあたしのせいだ……。

 あたしはもう一度、存在を誇示するように拳銃を空に撃った。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング ありがとうございました! cont_access.php?citi_cont_id=901037377&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。