⑥到着間近
実は、今回のガレー船であたしの部屋はディオンの船室の隣になる予定だった。また倉庫ってこと。
でも、あたしはヴェガスたちと同じところがいいって希望した。
ほら、前の船旅の時みたいに情緒不安定になるかも知れないから。ここ最近は落ち着いてるんだけど、船の上とかゆらゆら揺れてる場所だと駄目なのかも。夜になって泣きながら寝るのは嫌。
ディオンにそれを覚られたくないから、隣なんて絶対駄目。
ここならヴェガスたちがいるから、もしかすると安心感で大丈夫かも知れない。そう思ったんだ。
さすがにヴェガスたちと一緒ならエセルも来ないだろうし、二重に安心。
交代交代で休むパルウゥスたちの部屋の隅っこであたしは休ませてもらってる。漕ぎ手をそろえるためのテンポよく響く太鼓の音がする。最初はちょっと気になったけど、今では平気だ。うるさいくらいが丁度いい。
髪を下ろしてマットレスの上に横になると、そばにヴェガスがやって来て隣のマットレスに腰を下ろした。
「お疲れ様」
「ありがと。でも、ヴェガスの方が疲れてるんじゃない?」
あたしが首をそっちに向けると、ヴェガスはかぶりを振った。
「いや、いい風が吹いて後押ししてくれているからね。私たちの負担はそれほどでもないよ」
そっか。よかった。
ほっとしたあたしに、ヴェガスは言った。
「ミリザもあまり無理をしないようにね」
「大丈夫、おやすみヴェガス」
「ああ、おやすみ」
やっぱりあたし、疲れてたのかな。すぐに眠りに落ちた。そんなあたしの頭をパルウゥス特有の分厚い手が優しく撫でてくれたような気がした。
☠
順調な船旅で、ヴァイス・メーヴェ号は王都ケファラス近海へ到着することができた。
さすがに、その辺りに来ると他の船ともたくさんすれ違う。ディオンは甲板からそれぞれの船へ軽く挨拶を交わしていたけど、他の船たちはディオンになるべく近寄りたくない様子だった。
表向きはどちらかというとおべっか使ってすり寄ってるみたいに見えるんだけど、それは本心じゃないみたい。なんとなくそう思ってしまった。
ディオンが貴族だからかな?
でも、中には貴族っぽい人たちもいたから、きっとそれだけが理由じゃない。
あたしはそんなディオンをちらりと見た。
海軍の籍も持っているらしくて、今は群青と白の軍服姿だ。風に肩飾りのフリンジが揺れる。そうした格好をしてると、いつも以上に凛々しく見えた。
見栄えはいいんだよね。見栄えは。
ゼノンとエセルもディオンの部下ってことで海兵の格好だ。二人ともやっぱり様になる。
これからみんな女王陛下に謁見に行くんだよね?
うーん、すごいな。別次元の話になって来た。
港が徐々に近づいて来る。失礼な話なんだけど、あたしはややこしいから表に出るなと言われ、物陰から様子を窺うことしかできない。マルロも同じようにあたしと物陰で目を輝かせていた。王都が初めてかどうかはわからないけど、マルロも物珍しそう。
あたしはそこから見えた光景にハッと息を飲んだ。
王都の港はあたしの故郷の港町ヴァローナとは比べ物にならなかった。
とにかく船、船、船! それも立派なのがたくさん。ガレー船どころか更に大きなガレオン船、帆と独特のフォルムが綺麗なキャラックなんかも豊富にそろってる。まるで船の展覧会みたい。ヴァイス・メーヴェ号は大きさではガレオン船に劣ってるかもしれないけど、白い帆と艶やかな船体の美しさは負けてないってひいき目なしで思うよ。
入港にあたって、海軍の船が接近して来る。ディオンの姿を認識すると、指揮官らしいおじさんは敬礼して挨拶を交わした。
「フォーマルハウト君、久しいね。父君のパハバロス卿のお加減はいかがだろうか?」
「お気遣い痛み入ります。このところは落ち着いております。ペラルゴス卿もご壮健で何よりです」
「ああ、ありがとう。では、陛下がお待ちかねだ。急いで向かってくれ」
「はい。では、失礼致します」
あら? 階級ってどうやって見分けるのかあたしにはわからないんだけど、向こうの海兵さんは年齢的に見ても壮年で偉そうなのに、ディオンには結構な敬意を払ってる。なんだろ、どこか神経を使って警戒してるとも言えるような?
少しだけその様子に胸がざわついた。
なんだろ、ゼノンもエセルもやれやれといった感じだった。
そういえば、ファーガスさんも意味深なこと言ってたな……。