⑦王都ケファラス
ルースター王国王都ケファラス――。
それは青い海と青い空によく映える美しい水の都だった。
ディオンのヴァイス・メーヴェ号が入港し、そうして都の運河を進む。高く建設された大橋の下を船は潜り抜ける。しばらくの間陰になった甲板で、ディオンは不意に潜んでいるあたしとマルロに言った。
「ミリザ、マルロ、わかっているとは思うが、船から降りることは許可しないからな。俺が戻るまで船で待て」
あたしのそばでもちろん、と素直にうなずいたマルロに反し、あたしはえ゛、と声を上げた。ディオンはそれを耳聡く拾う。
「お前のことはパルウゥスたちが望むから連れて来ただけだ。なんで王都見物させてやると思うんだ?」
ぐ。
しまった、ヴェガスに頼んだけど、この先は無理だ。ヴェガスたちも王都を歩くことはないって言ってたから、もうあの手は通用しない。
どうしよ……。あたしは考えがまとまらないうちに口を開いた。
「す、少しくらいなら――」
「一歩でも駄目だ。決まりを破ったら許さん」
ひどい。バーカバーカ……って心の中で罵っても何の解決にもならないんだけど、つい。
大橋の影の切れ間はすぐそこ。明るい光が差し込む中、ディオンは光を背負ってあたしにイヤミな顔を向けた。
「心配するな。お前が退屈しないようにエピストレ語の宿題を山ほど出してやる」
うわぁ。
いいもん。絶対終わらせて脱出してやる。
あたしはそう心に決めた。
「ミリザ、王都は人で溢れ返っていて、不慣れな人間には危ないからね。少しだけ辛抱していてくれないか?」
ゼノンにそう優しく言われるとちょっと弱いんだけど。
しょんぼりしたあたしに、エセルはウキウキとした様子で言った。
「いやぁ、ひっさしぶりだなぁ。みんな元気かな?」
その『みんな』って、絶対女の人だよね?
☠
……絶対終わらせてやるとは思ったけど、終わるわけないじゃない。何この量。
あたしは出かけにディオンに渡された紙束の重みに両手を震わせた。そんなあたしに、ファーガスさんはにこりと言う。
「ミリザ、先に掃除と洗濯を済ませるよ。ああ、食事だけはみんな外で摂るだろうからパルウゥスとワタシたちの分だけでいいからね、それくらいならワタシとマルロで用意するから、食事の支度をしていた時間は勉強に当てるといい」
笑顔で容赦ない。そんな時間で終わると思う? これ?
マルロはそんなあたしを鼻で笑った。
「あ、あんまりだ……」
思わずぼやくと、ファーガスさんは更に笑ったけどなんかどす黒い。
「ん? 何か言ったかね?」
「いいえ、なんでも」
拗ねた心境であたしは船内へと戻る。
で、掃除と洗濯を済ませて、それであたしはやっと勉強に取りかかった。
ディオンたちについて行ったわけでもない他の船員たちは王都を自由に歩き回ってる。みんなは自由行動なのに、ひどくない? あたしがエピストレ語を習ってるから、これも仕方ないの?
なんか釈然としないまま、あたしは珍しくくつろぐヴェガスたちのそばで勉強した。わからないところはヴェガスに訊こうと思ったら、ひたすらの書き取りだった。
……ディオン、ちょっとこれ問題作るの嫌だったんでしょ!?
きっと今頃豪華絢爛な王宮で女王陛下にお会いして、上流階級のお楽しみの真っ最中なんだ。あーもう、イライラすると字が歪む!
「ミリザ?」
心配そうにヴェガスがクリクリの瞳であたしの顔を覗き込む。少し外が薄暗くなって来たみたいで、ヴェガスは木箱を逆さにして勉強するあたしの手もとに灯りを置いてくれた。
「あんまり根を詰めてはいけないよ?」
ヴェガスってばなんて優しいんだろ。すさんだ心に染みる。
あたしは筆圧に痛みそうになってたペンから力を抜いた。そうして、にこりと笑う。
「うん、ありがとう」
でも、確かにちょっと疲れちゃった。息抜きに外の空気でも吸って来ようかな?
船から出るわけじゃないんだから、それくらいいいでしょ?
「……じゃあ、少しだけ休憩しようかな?」
と、あたしがペンを置くと、ヴェガスは穏やかにうなずいた。
「そうするといい。でも薄暗いから転ばないように気をつけるんだよ?」
「はーい」
ヴェガス以外のパルウゥスたちもあたしの心配をしてくれてたみたい。ほっとして軽く手を振ってあたしを見送ってくれた。
階段を上がって、ガレー船の広い船内を歩く。そうして、夜気が滲む甲板への階段をあたしは昇った。




