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第一話 女神様、スキルの名前が全部ダサいです

 異世界転生では鑑定が最強スキルだなんて、誰が言ったのだろう。


 雷も、嵐も、瞬間移動も、不老不死もあったのに。


 なぜ俺は、千三十二個の中から鑑定と意思疎通を選んだんだ。


 ――知らない世界で最初に必要なのは、火力より情報だと思うので。


 あのとき得意げにそう言った自分を、今すぐ殴りに行きたい。


 話は、少しだけ遡る。


 ◇


 目が覚めると、見覚えのない場所にいた。


 足元には、磨き上げられた白い大理石。壁のない神殿の踊り場のような場所で、白い柱の向こうには、夕暮れに染まった世界がどこまでも続いている。


 美しく、穏やかで、少し怖いほど静かな世界だった。


「……天国か?」


 そういえば、俺はなぜここにいる?


 思い出そうとしても、そこだけ綺麗に切り取られたように何も出てこない。


「よく来ましたね」


 不意に、女の声がした。


 振り向くと、白い服を着た小柄な女性が立っていた。夕日を受けた長い髪が、金色に輝いている。


 ただ、正面から顔を見ようとすると、なぜか視線が横へそれてしまう。顔だけがぼんやりとして認識できない。


「あなたは若くして、その生涯を終えました。ここは、死を迎えた魂が一時的に立ち寄る場所。私は、あなたの次なる行き先を導く者です」


 小説で、何度も読んだことがある。


「ああ、異世界転生ってやつですね」


 女性が、わずかに首を傾げた。


「……理解が早いですね」


「こういう話、めちゃめちゃ流行ってたんで。あなたは女神様?」


「自ら女神と名乗るのは、少々気恥ずかしいのですが……そのように呼ぶ者もいます」


 否定はしないらしい。


「あなたがこれから向かう世界は、大いなる脅威にさらされています」


「分かりました。じゃあ、チートスキルを紹介してもらえます?」


 しばらく沈黙が流れた。


「……もう少し、使命の重さに悩んだりは……」


「スキルを見てから考えます」


 女神は少し不満そうだった。


◇


 俺の目の前に、半透明の板が出現した。


《選択可能恩寵一覧》


 表示総数――千三十二。


「多くないですか?」


「長い時間をかけて、一つひとつ考えました。もちろん、名前も」


 女神の声には、わずかな誇らしさがあった。


 俺は一覧の一番上に触れた。


《天壌を喰らう終焉暴嵐――テンペスト・オブ・カタストロフィ》


 世界を覆う滅びの嵐を呼び、万物を吹き飛ばす。


「…………」


 次を見る。


《刹那を超越せし虚空渡航――ゼロ・ディメンション》


 空間の理を超越し、既知の地点へ瞬時に転移する。


 さらに次。


《死界を拒絶せし悠久不滅体――エターナル・イモータル》


 死の運命を拒み、永久に存在し続ける。


「……全部、こんな名前なんですか?」


「はい。格好いいでしょう?」


 女神は自信満々だった。


 地球の文化を中途半端に履修した人が、一生懸命考えた感じがする。


「あの、これって発動するとき、能力名を叫ぶ必要あります?」


「必須ではありません」


 よかった。


「ただし、叫んだ方が威力は上昇します」


「上昇するんだ……」


「気持ちが乗りますから」


 精神論だった。


 異世界で怪物と戦いながら、


 ――喰らえ! 天壌を喰らう終焉暴嵐! テンペスト・オブ・カタストロフィ!


 とか叫ばなければならないらしい。


 死ぬより恥ずかしい。


 いや、死ぬ方が嫌だけど。


「この千三十二個から、好きなものを選べるんですか?」


「二つまでです」


 何でもありに見えて、選択を間違えると詰むタイプだ。


 俺は《エターナル・イモータル》の詳細を開いた。名前は死ぬほどダサいが、不老不死は強い。


「致命傷を負った場合、傷は治りますか?」


「いいえ。死なないだけです」


「……首を切られたら?」


「そのまま存在し続けます」


「地中に埋められたら?」


「発見されるまで存在し続けます」


 怖すぎる。


 あと少しで、不老不死ではなく永遠に苦しむ能力を選ぶところだった。


「説明文に書いてないですよね?」


「……必要でしたか?」


 説明書のない危険物を渡されている気分になってきた。


「現地に人はいます?」


「あなたの力になってくれる存在は、きっと見つかるでしょう」


 微妙に答えをずらされた気がする。


「その仲間とは会話できますか?」


「そのままでは難しいですね。現地の言語を学ぶか、それに適した恩寵を選択してください」


 危ない。また一つ、初見殺しを回避した。


 それから思いつく限りの質問を投げかけたが、返ってくるのは曖昧な回答ばかりだった。


 異世界で本当に恐ろしいのは、弱いことではない。


 何も知らないことだ。


 長い検討の末、俺は二つの能力を選んだ。


 《万象を見通す深淵の叡眼――アカシック・アナライザー》


 自分自身、他者、周囲の環境を情報として可視化する能力。要するに《鑑定》だ。


 《魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ》


 対象の神経回路と接続し、感覚、感情、思考を相互に伝達する能力。こちらは《意思疎通》と考えればいい。


「戦闘系の恩寵を選ばなくてよろしいのですか?」


「知らない世界で最初に必要なのは、火力より情報だと思うので」


「なるほど」


 感心しているようにも、少し残念がっているようにも聞こえた。


「では、《万象を見通す深淵の叡眼》と《魂魄を束ねし神経共鳴》を――」


「正式名称で読み上げなくていいです」


「まだ後半があります」


「もっと長いの?」


「正式名称を最後まで宣言した方が、魂への定着率が上がります」


 そこから先は、恥ずかしさで記憶が曖昧だ。


「――以上をもって、二つの恩寵をあなたの魂に刻みました。ずいぶん時間がかかりましたね。私、少し眠くなってしまいました」


「待ってください。せめて、俺がどうやって死んだのかだけでも!」


「……もう、無理。ねむい」


「え?」


「……すみません。もう限界です」


 世界が白く染まっていく。


 最後に見えた女神は、夕日の中で静かに微笑んでいた。


 その表情は、世界を救う英雄を送り出すにしては――なぜか、とても安堵しているように見えた。


 ◇


 暑い。


 焼けつくような熱に咳き込みながら、俺はゆっくり目を開けた。


 空が、赤かった。


 煤を混ぜたような赤黒い雲が空を覆い、その奥で絶え間なく稲妻が明滅している。ひび割れた真っ赤な大地の亀裂からは、轟音とともに白い蒸気が噴き出していた。


 周囲には、岩とも植物ともつかない巨大な柱が立ち並び、表面にまとわりついた赤い菌糸が肉のように脈打っている。


 遠くでは、山ほどの大きさがありそうな影が、赤い霧の向こうをゆっくりと横切っていた。その足音が響くたび、大地が揺れる。


 楽園はどこへ行った。


 どう見ても、人間が最初に立っていい場所ではない。


 カチッ。


 すぐ近くで、硬いものが噛み合う音がした。


 十メートルほど先に、巨大な生物がいた。


 ヤドカリに似ている。ただし、大きさは人間とほぼ同じ。岩のような甲殻の左右には、俺の胴体を簡単に切断できそうな大鋏を備えている。


 一匹ではない。


 二匹。三匹。五匹。


 俺が選んだのは、鑑定と意思疎通。攻撃能力も、瞬間移動も、不死身もない。


 あるのは、危険な相手と話し合う能力と、絶望的な状況を詳しく教えてくれる能力だけ。


 能力を使うには、名前を念じればいい。叫ぶ必要はない。


 それなのに、女神の言葉が頭をよぎった。


 ――叫んだ方が、威力は上昇します。


 巨大なヤドカリが地面を蹴った。


「くそっ……!」


 俺は覚悟を決め、大きく息を吸った。


「魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ!」


 赤い荒野に、死ぬほどダサい技名が響き渡った。


 巨大な鋏が、目の前で大きく開いている。


「おい、女神様……転生場所、絶対に間違えてるだろ……」


 ――終わった。

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