五話 領域、それは静寂に包まれし知識の神殿
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、春斗は鞄から文庫本を取り出す。
今日こそ続きを読む。そう決めていた。
「春斗!どこへ行く!」
廊下に出た瞬間、後ろから声が飛んでくる。
振り向くと、人差し指を真っ直ぐに突き出したゆいがいた。
「図書室だよ。ゆいは来るな」
「我を拒むことなどできない。それが貴様の領域だったとしても」
(……嫌な予感しかしない)
春斗は小さくため息をつきながら歩き出す。足音が一つ増えたのを感じつつ、振り返ることはしなかった。
◆◇◆
図書室の前に立つと、ゆいがぴたりと足を止めた。
「……ここが、噂に聞く知の神殿か」
「静かにしろよ」
即座に釘を刺す。
扉を開けると、紙の匂いと静寂が広がる。ページをめくる音だけが微かに響く、春斗にとっては落ち着く場所だ。
ゆいも部屋の雰囲気を感じ取ったのか、小さく息を呑み、こそこそと後ろをついてくる。
「ふむ……この空気……ただならぬ気配が漂っている……」
「……小声でもうるさいからな」
席に着き、本を開く。ようやく静かな時間が訪れる——はずだった。
「春斗」
「……なんだよ」
「この本から邪悪な気配がする」
春斗は顔も上げずに視線だけ表紙に持っていく。黒を基調にし、黄色で人物が描かれている。
「……推理小説だよ、それ」
「なるほど……禁書ではないのか」
納得したように頷くゆい。まじまじと表紙を見たあと、ゆっくりと本を開く。
数分後。
「春斗」
「……今度はなんだ」
「あそこの棚に結界が張られておる」
「分類シール貼ってあるだけだ」
ちらりと周囲を見ると、近くの生徒がこちらを見ている。カウンターからは図書委員の視線。
春斗は本を閉じ、少しため息を吐いた後ゆいを見る。
「……ここは本を読む場所なんだ。……静かにしないと追い出されるぞ」
「む……つまり、沈黙こそが最強の防御……」
ゆいは真剣な顔で頷き、口を両手で押さえた。
(わかってくれたか……)
再び本を開く。
一分後。
「……んん……!」
「……静かにな」
「……!(こくこく)」
必死に何かを伝えようとしてくるが、声は出さない。代わりにジェスチャーがどんどん大げさになっていく。
(余計目立ってるだろ……)
周囲の視線がじわじわ集まる。
そのときだった。
「……見つけた」
少し目を離しているうちにゆいが一冊の本を見つける。
黒い装丁の、少し古びた本。いかにもゆいが好きそうな本、だがゆいが取るには少し高い位置にある。
ゆいの目が輝く。
「これは——黙示録では!?」
声は抑えている。抑えているが、十分に大きい。
ゆいはその本を取ろうとしているがぎゅうぎゅうに入っているのか中々取り出せない。
ぎゅうぎゅうの本棚、力いっぱい引き出そうとするゆい、それが意味する事は——。
「きゃぁ!!」
ゆいはズッコケて倒れ、その上からガラガラと本の雪崩が起きる。
本が落ちきると、静寂が図書室を包む。
ゆっくりと、図書委員がこちらを見た。
「……二人とも」
静かな声。その声の持ち主の視線は頭から本を被っているゆいとただ普通に本を読んでた春斗に向けられる。
「図書室では、お静かに」
にこやかな笑顔。人差し指を口に当て『静かに』のポーズをしていたが目には確かな怒りを感じた。
「……はい」
数分後。
二人は図書室の外に立っていた。
◆◇◆
廊下の隅に座り込む。
さっきまでの静寂が嘘のように、遠くから生徒の声が聞こえてくる。
「ご……ごめん」
ゆいがぽつりと呟く。
「別に。慣れてるよ」
短く返す。
少しの沈黙。
ゆいが、ふと春斗を見る。
「春斗は、なんでいつも図書室に来るんだ?」
無邪気な声。
でも、どこかまっすぐだった。
春斗は少しだけ視線を落とす。
「なんでだろうな」
少し間が開く。
それだけ言う。
「そっか」
ゆいは小さく頷いた。
そして、ぱっと顔を上げる。
「では我も、毎日来るぞ!」
「いや。来るなよ」
即答だった。
「ふふん!静寂の中にこそ、我がシンフォニー映えるのだ!」
「映えなくていい」
春斗はため息をつく。
でも——さっきより、少しだけ軽かった。
◆◇◆
翌日。
昼休み。
図書室の前に、見慣れた姿があった。
「遅いぞ春斗!」
腕を組んで待っているゆい。そして隣には茜。
「……なんで二人も居るんだよ」
「言っただろう。我も来ると!」
「ゆいちゃんが図書室行く〜って言い出したからついてきちゃった」
二人の少女の満面の笑み。
春斗は小さく息を吐く。
そして——
「……静かにな」
顔に笑みをこぼしながら、扉を開ける。するとゆいと茜が我先にと春斗の後ろから図書室の扉をくぐって行った。




