第48話:永瑠の独白・数百年の夜
◇◇◇
#1 帰宅、静かな夜
永瑠が玄関の扉を開ける。
永瑠
「ただいまー」
リリシア
「あ、おかえり永瑠。お風呂はいれるよ。」
キッチンから顔を出したのは、黒いタイトスーツを美しく着こなした女性。
リリシアだ。外見年齢は永瑠と同じくらいに見える。
同族であり、サキュバスなどと言われることもある。
夜の気配を纏う銀髪と、わずかに鋭い金の瞳。
永瑠にとって、親ではない。
けれど、たった一人の隣人であり、生存仲間だった。
互いが互いを繋ぎ止め、この長い夜を生き延びてきた。
それが二人の関係だ。
永瑠はカバンを扉の脇に置いた。
今の穏やかな日常が、本当に“自分のもの”だと信じていいのか、まだ怖い。
永瑠(心の声)
「……この温かい場所が、本当に……私のものなんだろうか」
そして意識は、自然と闇へと滑り落ちていく。
◇◇◇
#2 永瑠の独白
私は、ずっと夜だけを生きてきた。
人間たちは太陽の下で笑う。
その光を嫌う私は、常に影に隠れていた。
街が眠りにつく頃、私は目を覚ます。
屋根の上を歩く。
風の匂いを嗅ぎ、血の匂いを避ける。
誰とも会わず、誰とも話さず、誰にも触れない。
話せば、きっと牙が相手を傷つけてしまう。
その恐怖だけが、私を支配していた。
数百年以上、たぶんそんな日々が続いた。
季節は巡る。
桜が咲いて散って、また咲く。
人は生まれ、老いて、死ぬ。
私はただ、外側から眺めるだけ。
変わらない自分は、孤独の象徴だった。
友達もいない。
恋人もいない。
家族ももういない。
夜の屋上で、空を見上げるたびに思った。
(心の声)
「……私、このままずっと、ひとりでいいのかな」
星は綺麗だけど、冷たい。
月は優しいけど、遠い。
誰かの声が欲しかった。
誰かの温もりが欲しかった。
でも、触れたら壊してしまうから、触れなかった。
だから私はただ、時が過ぎていくのを眺め続けた。
笑う人間たちを、
恋人たちを、
家族の明かりを、
遠くから見ているだけだった。
羨ましいなんて、思っちゃいけない。
私は怪物だから。
ヴァンパイアだから。
永遠に孤独でいなきゃいけない存在だから。
……そう思ってた。
あの朝までは。
転校生として教室に入り、
ただの人間の少年が、警戒もせず真っ直ぐに私を見た。
蒼真(回想)
「転校生の冬崎さんだろ?席、こっち空いてるよ」
どうして、そんな普通の声で言えるの?
私は、怪物なのに。
それなのに、あいつは笑って、
私の隣に座って、
蒼真(回想)
「よろしくな、永瑠」
って。
名前を、ちゃんと呼んでくれた。
その瞬間、数百年分の夜の氷が、
少しだけ溶けた気がした。
まだ怖い。
まだ触れたら壊してしまいそう。
でも……
もう、ひとりじゃなくていいのかな。
少しだけ、温かい場所にいてもいいのかな。
あんたの隣に、いてもいいのかな。
……バカ。
泣きそうになるから、ツンと顔を作って、
永瑠(回想)
「……うるさいわね」
って言った。
でも、本当は。
心の底から、嬉しかった。
数百年分の夜が、初めて朝になった。
……ありがとう。
これからも、ずっと、
私の隣にいてくれる?
……約束だよ。
◇◇◇
#3 現実へ――静かな余韻
永瑠の指先が微かに震えた時、
リリシアが振り向いた。
リリシア
「永瑠?……顔色が」
永瑠
「……何でもない」
すぐに表情を戻す。
永瑠
「今日、ちょっと疲れただけよ」
追及しない。
それが、共存する者同士の優しさだ。
リリシア
「……そう。温かいお湯入れておいたわ」
永瑠は小さく頷いた。
そして、静かに思う。
永瑠(心の声)
「……私は、もう、夜だけを生きる存在じゃない」
玄関の灯りが、そっと永瑠の影を照らしていた。




