特別な人
愛子が帰国まであと9日。
既に俺の母親にも紹介をし、愛子も母と話した。愛子は英語が伝わるか不安だったみたいだが、全然問題はない。だって俺自身が日本語が全く話せないんだから俺たちは一体毎日何語で話してるんだ、ってことさ。
母さんも喜んでいたし、あとは父さんとも直接話してもらいたい。
できる限り昼間もデートもしたいのだが、俺達の帰りはいつも朝方のため昼間はほとんど寝て過ごし、夜はまたCLUBで遊んで過ごしていた。
この日の夜、愛子と俺はまた行きつけのバーに行くとある一人の女に出くわした。
彼女は何でもないただの俺のお客さんで、普通に愛子の前で挨拶をし会話をした。その後で愛子のことも紹介した。
しかし彼女に愛子を紹介した時愛子が突然
「何あの子の態度?」
と怒り出したのだ。
「え?どうしたの?」
「今あなたが私を紹介したときの態度見た?無視よ。無視。
しかもあなたにベタベタして私を見下してるの?」
「ちょっと待ってよ。何でそんなに怒ってるの?!」
すると愛子は席をはずしトイレへと向かった。俺は慌てて外に行く愛子について行ったが愛子は俺を振り切りトイレへと行ってしまった。
一体何が起こったのか分からず愛子を待っているとトイレから戻ってきて早々タバコに火をつけ外にあるベンチに座った。
「どうしたの?何があったの?」
「ジェイソン。あなたがアメリカ人なのは分かってるけど、その前にあなたは私の彼氏なんでしょ?」
「そうだよ!」
「じゃあ女がベタベタ私に構わずあなたに触られると気分がよくないの。分かるでしょ。」
「俺は触ってないよ!ちゃんといつも君を彼女だって紹介してるし。」
「でもあなたが女の子の扱いが良すぎだから相手が勘違いしちゃうと思うの。
私は特別なんだって感じないわ。」
「特別だよ!」
愛子はご立腹のようだ。
確かに女友達が多いのは認めるが、俺はだれ一人として「彼女」だって紹介したことはない。愛子が初めてなんだ。
アメリカ人がボディータッチが多いのは文化の違いで愛子が怒るのも分かるが俺から触ってる訳じゃないし、何より他の女になんか興味すらない。
それでも愛子の機嫌が戻らず今までもこういうときもあった、ああいうときもあった、と今まで溜めていたものがとうとう爆発してしまったようだ。
「私の彼氏は皆のものなの?」
「違うよ!君だけのものだよ!」
「私は何人の女と喧嘩すればいいの?」
「ゼロだよ!俺には君以外必要ないよ!!」
「私は特別だって感じたいの!」
「君は特別だよ!!誰も俺の心はもう奪えないんだよ!」
と一生懸命に愛子を説得しているよ横から一人の女の声が響いた。
「ジェイソーン!あなた髪が伸びたのね。可愛い。あ、どうも彼女さん。」
とベンチに座り真剣に話している俺の頭を撫ぜて通り過ぎた。
ありがとう、神様。最悪のグッドタイミング。
愛子の怒りはさらに上がる。
「皆のジェイソンね。」
「違うよ!女だけじゃなくて男だって俺に同じことするんだよ!」
とまたも運悪く他の女が現れ通りすがりに俺に挨拶をし、またも頭をぐしゃぐしゃと触っていった。
はい、時すでに遅し。
愛子の怒りは頂点に行きとうとう席を立った。
「愛子!待って!本当に俺は他の子に興味なんかないよ!」
「あなたの態度が全ての女の子に特別だって思わせるのよ。」
「だったら俺はもう誰とも話さない!」
「そんなことできる訳ないでしょ。私はこんな扱いを受けたくないの。」
「君は特別だよ!」
「信用できないわ。」
愛子がスタスタと歩き出した。愛子は本気で俺を置いて帰る気だ。彼女はいつも俺を置いていく事を選ぶ。どんなことがあっても俺は愛子を置いて行ったりしないのに俺こそ特別なのか分からないよ。
「ちょっと待って!」
愛子は振り向いたが、またすぐ前を向き歩き出した。
俺は愛子に近づき愛子の手を引っ張った。
「もう帰るわ。話したくない。」
俺はそのまま愛子をトイレへと連れて行った。
「ちょっと!何してるの!?」
「君は特別が誰か分からないって言ったよね。俺が見せてやるよ。」
愛子を男トイレの入り口の前まで連れていくと愛子は俺の手を振り放そうとした。俺は力づくで愛子の両肩を掴み入口から見える大きな鏡に愛子を映した。
「今から君がトイレに入って鏡を見て。一番はじめに映った子が俺の特別な子だよ。」
愛子は入口から見える自分を見て、俺を見返した。
俺はそのままトイレに入り愛子は入口で待っていた。
「どう見てくれた?君がちゃんと映ってただろ?」
「えぇ。信じていいのね。」
「もちろんだよ。他の女なんて興味すらないよ。」
そして俺は愛子をギュっと抱きしめキスをした。ここは男子トイレの前の汚い非常階段の近く。
だけど愛子といればどこにいても俺にとっては天国なんだ。俺達はまた何度も何度もお互いの愛を確かめあうようにキスをし、そして周りからヤジを飛ばされるんだ。