結婚の「け」の字
それから約一週間の間で愛子は子供を堕ろした。お金の面で元彼に払って貰おうと連絡したらしいが、ヤツはまんまと逃げたようだ。
そして俺達は前と変わらない生活に戻った。唯一変わった事と言えば2週間、俺達はセックスができなくなったってことくらいかな。
俺にとってセックスは快楽でしかなく、やりたきゃやる。そんな動物的な男が、愛子のために一切セックスなしで過ごすなんて考えられないことだったが
愛子を傷つけたくない、それだけだった。
俺は愛子と居る時間が好きで、彼女が笑って俺に触れて数えきれないくらいのキスをして、彼女といる時はまるで天国にいるかのようだった。
彼女がハワイにいれる時間はあと3週間。時間は刻々と過ぎていくが、このときの俺は遠距離になることもそこまで深くは考えてなかった。
愛子は必ず帰ってくる。あとはこの3週間は楽しく過ごせばいいと思っていた。
そんなある日、いつものように愛子と二人で飲み踊り、今夜も俺の家に泊まりに来てと言った道中だった。
俺たちは道中のバス停に二人で腰を下ろしタバコを吸った。
バス停には数人の人たちとホームレスまでいる。愛子は俺の隣に座り二人で冗談を言い合っていた。愛子の笑顔を見ていると本当に時間が止まればいいのに
と心から思ってやまない。何度彼女に愛の言葉を送れば俺の心は満たされるのだろう。
「愛子、愛してるよ。君を離したくないよ。」
「ジェイソン。私も愛してるわ。私だって帰りたくて帰るんじゃないのよ。」
「じゃあ帰らないで。」
「ムリ言わないで。」
愛子は俺の頬にキスをし顔を覗き込んだ。なんて愛しいのだろう。こんな気持ちになったのは久しぶりだ。
俺は自分でもコントロールが利かなくなってしまったのか、何度も何度もキスをした。すると愛子は笑いながら
「しすぎよ。」と俺から顔を離した。
「お願い。帰らないで。」
俺はすがる様な顔で愛子を見つめると、愛子はまたニコっと笑い言った。
「じゃあ今からダウンタウンに行きましょう。」
「ダウンタウン?」
「結婚すれば私は帰らなくて済むわ。」
結婚?今確かに愛子は俺に結婚と言った。一瞬、愛子が言ったことが把握できなかったが俺は冗談だと思い同じくからかって返した。
「タクシー!さあダウンタウンに行くぞ!」
笑って愛子を見ると愛子も同じく笑っていた。なんだ本当に冗談か、と思うとなんだか寂しい気持ちがこみ上げてきた。
「結婚したいの?」
俺は素に戻り真剣に愛子に問いかけた。
「あなたがしたいなら考えるわ。」
愛子はニコっとまたほほ笑んだ。
この時に俺の中で愛子は俺の将来の妻になるのかもしれない、なんて考えがちらつき始めてしまったんだ。
それから2、3日後、俺はいつものように愛子と行きつけのバーに行って酒を飲んでいると、昔からの知り合いの中国人の女、サリーが俺達に近づいてきた。
愛子も彼女と面識があり俺達は会話を楽しんでた。するとサリーは突然話を断ち切るようにこう言いだした。
「ねぇあなた達、結婚するんでしょ?」
飲んでる酒を吐き出しそうになった。
愛子は隣で笑っている。サリーは俺の肩を叩き強くゆすって答えを聞き出そうとした。
俺は話を変え、じゃあダーツでもやろうと愛子の手を引きサリーの前から無理やり離れた。
そしてバーの隣にあるダーツとカラオケのできるこじんまりとした店の中で俺と愛子は得意のダーツで勝負をし、冗談を言い合ったり
キスをしたり、時にはダンスをしたりして時間を過ごした。
ダーツは1勝1敗といい勝負で終わり俺たちはカウンターに腰をかけ話していると、突然背後から布のようなもので俺と愛子の顔を覆われた。
すると聞き覚えのある声が隣で響いた。
「この二人結婚するのよ!」
サリー、ケイムバック。
俺はじろりとサリーを横目で見、一つの布で覆われた俺と愛子は目を合わせ笑った。
「結婚するんでしょ!ねぇ!」
「まだだよ!」
きっと俺は真っ赤な顔をしていたに違いない。俺は普段人前で彼女を紹介したり、ましてや結婚なんて言葉を吐いたりしない男なんだ。
なのに本気で最近は愛子との結婚を考えている矢先に酔っぱらいサリーが痛いところを突くから、思わずムスっと答えてしまった。
しかし愛子は全て悟っているように声を出して笑った。
実はこの会話の1時間程前に愛子に手紙を書いて、と頼まれカウンターでこっそりラブレターを書いて送ったところだったんだ。
内容は全く良いタイミングで、『残りの俺の人生をかけて君を知って行きたい』なんて書いてしまった後だったんだから。
愛子はけらけら笑っていたが、俺は心底恥ずかしかったし、正直不安で、実は嬉しかったりしたんだ。
皆も愛子もふざけてたかもしれないけど、俺は本気で何か弾ける音を心で聞いたんだ。