この世界について
神は七日間で世界を作った。
一日目に天と地を創造した。
二日目に空をつくられた。
三日目に大地を作り、海が生まれた。
四日目に神は太陽と月と星をつくられた。
五日目にベヒモスとレヴィアタンをつくられた。それを見て、良しとされた。
六日目に鳥と魚を作り、神は自らに似せて人間を作り、生き物を支配させた。
七日目に神は休んだ。
■
「ここまでは分かった?」
「ん? 聞いてなかった」
メイラはわざとらしく肩を大きく落としため息をした。
「だから、主はあなた達の世界――失楽園での人間の過ちを体験してもう一度世界を創造することにした。女神や天使全員を巻き込んで大忙しだったわよ、そして作られたのがこの世界ってわけ」
「それでRPGみたいな世界になったって? クリエイターの遊び心が効きすぎじゃないか、魔物なんて作っちゃってさ」
「あいつらは突然現れたの、各地で、山のようにね。原因は私たち女神も分からなかったわ――」
メイラは自慢げに口角を上げて言った。
「だからね……力を与えることにしたの」
女神から与えられた力――魔法と呼ばれるこの世界にしか存在しない力。
「それが加護と魔力か」
「そう、人間は魔物と対峙する力を持ち合わせていないもの、選ばれた聖人のみが力を有し、揮えるの」
女神が与えた力はごく一部の人間しか持たない。
「さて、話を元に戻すわね、この世界を作った主は失楽園での過ちは人ではないと考えられた。人ではなく犯した罪なのだと。だから先んじて命の木にケルビム、知恵の木にこの私を置いて果実を守った」
「おいまて、お前が守っているということは知恵の木はここにあるのか!」
「いちいち反応しないでよ。ここにはないわ、厳重な結界で守られている――それに場所も秘匿されて、安全よ」
実はメイラって大物なのかもしれない。
「人類最初の過ちを修正した主は女神と天使に先のことを任せ、またお休みになられた――さっき話した魔物の出現はそれからのことよ」
「突然現れたって話しか……それって予兆もなく?」
「予兆も兆候も痕跡すら無かった。女神たちも首をかしげたわ、天使は興味なさげで協力してくれなかったし。だからね、魔物がなぜ存在しているかは分からない、ただ創造主のいない間に我が物顔で世界を荒らしたやつがいるわ」
不在ということはミステリーでいえばアリバイがないということだ。
聞けば聞くほど思考が結論に繋がっていく――神は一体なにが目的だ。
メイラも考えないのだろうか? ここはカマをかけてみることにした。
「一つ思ったがいいか? 魔物は死ねば土となる、まるで土から作られた始まりの人類『アダムとイブ』みたいじゃないか?」
「神が……したと……言いたいの?」
「そうだ」
無信教の日本人とは違ってメイラは女神だ。どんなにふざけていたとしても神の教徒であることは変わりない。
今の発言は明らかな冒涜に当たる。
暗に神のせいだと言っているようなものだ。
「――――――……ないとは言い切れない。でもベヒモスやレヴィアタンのように意味のある化け物かもしれない……」
神の傑作であるベヒモス――最強の生物であるレヴィアタン――共に果てしない強さを持つ化け物であるが存在理由は食料である。
同じ強さをもつ両者が戦い、残った肉が珍味としてふるまわれる。
なれば土となる魔物はどのような役割を持つのか?
皮を服として使うことも出来なければ、食べることもできない、ただ人に害をなす存在。
「魔物に意味を持たせるなら今の世界――RPGのように個人が武装でき、魔法という人智を超えた力を持つ世界を作ることか?」
「確かに魔物の出現によって人間の生活は変わっていったわ、農業と牧畜をする生活から武器を取り自らの家族を守る生活へと、より魔物を意識して、冒険者が現れギルドが作られた。でもそれに何の目的が……」
全ての起点は魔物なのだ、知恵の実が侵されないことで起こった変化は魔物が生まれたというだけでその他の変化は魔物がいるから起こったことばかりだ。
だが肝心の知恵の実と魔物の因果関係がない、なぜ知恵の実が食べられず人間に原罪が課せられなかった楽園で罰みたいに魔物が存在する?
二つを繋げる何かを見逃しているのか――?
結局、話を聞く中で神の疑いは晴れなかった。
だが魔物を作ったのが神ではないかという問いかけに、メイラは苦く答えた。自分を納得させるように――。
完全なる憶測だがメイラ自身もまた抱いていたということ、神と魔物を結びつける疑問を――そして自らの主を信じる答えを出していた。
だからこそこの子と魔物は関係ないとやっと確信できた。
敵ではないと自信をもって言える。
本当の本当にただ心のままに生きる純粋な女神だと、人を騙せば罪悪感ですぐに本当のことを話す、怒ることには怒り、悪いと思えば謝る、行動原理はいつだって単純。
疑ってかかる必要なんて最初からなかった。
――これからは少しだけ優しくしよう。
「じゃあメイ、そろそろ帰ろうか。いつまでもゴブリン城の中にいるわけにもいかないからな」
そういってスタスタと出口に向かおうとすると後ろから待ってと引き留められた。
「これだけは言わせて。……助けてくれてありがとカザムキ。そろそろあなたって呼び方が飽きてきたからカザムキでいいわよね。――もちろん二人きりの時しか呼ばないけどね」
こちらに顔を見せず腕組をしながらいった。感謝の言葉なら正面切って言えばいいのに恥ずかしいのだろう。
「じゃあ、俺も呼び方変える!」
「なんでそうなるの!!」
「もっと簡単に呼ぶ!」
「もうすでにメイって呼んでいるじゃないこれ以上簡略すると『メ』しか残らないわよ!」
「よろしく、メ」
「人名と認識できないわ、却下――」
頭を捻らせて考えたがメイ以上のしっくりくる呼び方は思いつかなかった。
メイメイ、メイクイーン、メ~イ、イ、イメ、メイライメ、メラ、メラゾーマ、メメ、\(メ∀メ)/、など思いついたがどれも却下されそうだ。
メイのままでいいか。
「――呼び方を変えたいなら妥協案としていつでもメイって気安く呼んでいいわよ。本当は様付して敬われる存在なのにカザムキは一向に敬う気がないし、もう気軽な関係でいいわ」
「よろしく、メイ」
「りょ」
あれ? なんかむかつくな。
敬われる存在か……確かに知恵の木を守護する女神とか位が高そうだ、ただの女の子が勇者になるほどの加護も渡している。あれ、俺ってば怖いもの知らずの行動をしていたのか?
飛び蹴りしたり怒らせたり振り落として地面に激突させたり、最近だったら脇に抱えて振り回したよな……。
誰かに怒られないことを願おう。
帰り道でメイラはまるで一休さんみたいにこめかみを押して考え事をしている。
なんだこいつ。
「どうした? そんな私は考えていますって感じのポーズをとって」
「だって考えているもの当然でしょ。ずっとなぜ故に歩くのかを考えていたわ」
「そりゃあ、帰るためだ。歩かなきゃ街に帰れない」
もしかしてネムソウの効果でさらに頭が悪くなってしまったのかっ!
「いや、その剣使えばわざわざ歩かなくてもすぐに帰れるじゃない。使わないのはなぜかなって」
メイラは『バウン・ダリ』を指差して言った。
剣で? 歩かずに? 帰れる? とんちか?
メイに倣ってこめかみを押す。
そういえば依頼に出かけてすぐこの剣で何もない空間を切るなんていう変なことをさせられたな、あれは結局のところなにを意味していたのだろう。
そうかっ! 空を切ることで空を飛べるのか! テラスの身体能力をもってすれば斬撃の風圧でそんな芸当が可能なのだ!
「いやいや、失念していた。待っていろ、メイ、鳥の気持ちを味合わせてやるっ!うおおおおおおおおおおおおお」ブンブンブンブン
「へ!? なになに? 頭おかしくなったの?」
「まだだ、もっと早くなれるはずだ。光になりきるのだ、アイ アム ヒカリ!」
「ユア ネーム カザムキ!」
「このスピードじゃあ3G回線だ! 時代は5G! 最先端へとべよおおおおおおおおおおおおおおお」
「は! プラズマが発生している!! 何かをなせるかもしれない」
「うおおおおお……ぉぉぉ……ぉ…………はあ~、はあ~、疲れた」
「落ち着いた? 頭大丈夫?」
「くっ! ご期待通りにしたが空は飛べなかった」
要望があれば全力で応える。それができないなんて、胸が張り裂けそうだ。……いや、心臓の痛みは運動したからだったわ
「落ち着いて聞いてね。人間はそんな方法で空を飛べないわ」
「なんだって! テラスなら、テラスなら空も飛べるはず」
「テラスを理由に使ったら何でもできると思わないでぇ!?」
そんな、テラスは何でもできる完璧超人だと思っていたのに……まさか今までの超人的行動はプラシーボ効果だったのか?
「じゃあ、『バウン・ダリ』で歩かずに街に帰るってどうすればいいんだ」
「あれ? まだ教えてなかったっけ?」
ほう、『教えてなかったっけ』とな、さてはこいつゴブリンとのごたごたで忘れていたな。
「まだ何も教えてもらっていない。一ミリたりとも」
「ごめん、忘れてた、実はその剣――ワープゲートを作れるのよっ!」
「そうなの!!!!」
「ただし剣を振った場所同士しか繋がらないわ」
街の近くで振らせたのは帰り道を楽にするためか! 便利な能力だ。これさえ使えば好きな時に帰れる。
ん? まてよ……例えば、追い詰められて脱出するような状況でもこれさえあれば楽勝で切り抜けられるよな。
少し前にそんな状況に出会った気がする。
「なあメイもっと早く教えてくれていたら、わざわざ苦労して足手まといを抱えながら逃げ回る必要なかったよな。ゴブリンから!」
メイは無言でベロを出して頭をこつんと叩いた。さながら『いっけねー』とでも言いたげだ。
舌噛みちぎってやろうかっ!
それから小一時間その態度は舐めているだろと叱咤し、最終的にこれからは大切なことはすぐに話すということを約束させ怒りを静めることになった。
「もうあたりも暗くなってきたし帰るか!」
「はい、さーせん。そうっすね、させーん」
この上体起こしのように上半身をへこへこさせているのがメイだ。こいつ……本当に女神か……?
「もう怒ってないからさっさと帰るぞ」
「さっす、いえっす、おっつ」
あれ? なんかむかつくな。
まあいいや、もう夜だしとにかく帰ろう。
メイラが言っていた通りワープゲートを開こうと空を切れば道ができた。
空間にできた亀裂のような穴の先には町の近くの風景がしっかりと映っていた。
「本当に安全なのか? 入った瞬間に閉じて身体真っ二つとか勘弁だぞ」
「それは大丈夫よ。触れたら向こう側に引っ張られるから、それに壁に埋まる心配もないわ、塞がってたら開かないから、それ」
言葉を信じて手を伸ばす。ちょっぴり怖かったので目はつぶっていた。
目を開くと今までとは違う光景が目に入り、近くに明るい街が見える。
安心を感じさせる町の光はとても心を落ち着かせてくれた。
「おやおや、おやおや、ふっふっふっ」
ゲートで移動したからかいつの間にか近くに人が居た。
男の声であるがキーが高くいじわるそうな声。
声の主を確認すると夜だというのに黒いフードで顔を隠した細身の男が大きなカバンを背負って、何をしているわけでもなくただ立っていた。
とても気持ちが悪く感じた、それは男の風貌ではなく服を着ていたから。さらけ出さず隠された中身はいったいどのようなモノだろうと思ったからだ。
「テラス、こいつにはかかわらないほうがいいわ。早く行きましょ」
「おっと、冷たいなー女神メイラ様は。僕は敬虔な信者ですよ、一度たりとも非道徳な行為はしておりませんとも」
「私の見ている所ではそうでしょうね」
「くっくっくっ、そうかもしれません」
メイは見たことがないほど冷たい態度で当たっているのに、この男はそれを楽しんでいるようににやけ顔をやめない。
俺だけ蚊帳の外というのは頂けない、この男が危険か安全か、判断しかねる。
「あんた、何者だ」
「初対面ではないはずですがもうお忘れに?」
「テラスとは初対面よ。テラスにずっとくっついているこの私がいながらカマをかけられると思っているの」
男は口を隠し愉快そうに肩を震わせ笑っている。
「失敬失敬、別人と勘違いしておりました。自分はしがないただの蛇でございます。一つよろしいですか、先ほどから面白くて面白くて仕方がないのですが、
器と魂が不釣り合いではありませんか」
もしかしてテラスではないと見破られた!
「爬虫類には関係ないことよ、さっさと消えなさい。テラスちゃんはこれから私と用があるの。お呼びでないわ」
「これは手厳しい、ではまた」
立ち去るときにちらりと見えたフードからは蛇の黄色い瞳が見えていた。




