何故そこで照れるのかと聞けない雰囲気ですか
私の魔女の力が、何にどう作用するかという実験を、どこで区切るかとは決めていなかったのだけれど、本を一冊読み終わろうかというところで、その機会が訪れた。
時間は昼食にはまだ早く、一服したらもう一仕事、もう一読書、といった頃合いだった。
「ルカ様、クラウス様が何か飲み物を用意して欲しい、とお呼びですよ」
クラウス様もちょうど一服、というところだろうか。
部屋を訪れたエレオノーラさんがそう声をかけてきたので、私は本を置いて立ち上がった。
こういう時、クラウス様はすぐ隣の部屋まで戻っていることもあれば、執務室で何やら仕事をしているところで私を呼んでいるということもある。
私を呼ぶ分、エレオノーラさんやコンラートさんに手間がかかったり、クラウス様がタイミングよく喉をうるおせないこともある気はするのだが、それでいいのだそうだ。
もっとも、時間がない場合は、わざわざ私の用意を待たないこともある。
つまり、今回はそれなりに時間の余裕があるのだろう。
私が部屋から出て居間でもある隣室に入ると、ちょうどクラウス様も廊下から部屋に入って来るところだった。
こちらの部屋に来る場合は、それなりに、よりさらに結構余裕があるのだろう。
「おや、ちょうどよかったようだ」
私を目にとめたクラウス様がふ、と笑う。
ここでいつもなら、どんなものが飲みたいか聞いて、それに合わせて飲み物を用意するのだけれど。
「……ルカ、どこかに出かけるのかな?」
クラウス様は私の下げた水筒に気付いたようで、不思議そうな顔をしている。
それでいて、ちょっと顔がにやついているようにも見えるのは、萌えと笑いのツボのどちらをついたからなのだろうか。
それがどちらでもいいのだけれど、これはちょうどいいチャンスだ。
「いいえ。ちょっと、実験をしていて。すみません、こんな格好で」
ちょこんと頭を下げると、クラウス様はやっぱりにやけた口元のまま、いやいや、と首を振った。
「いいや。そういう格好も趣があっていいと思うぞ。で、実験というのは?」
言葉の合間に、エレオノーラさんと視線を交わしていたところを見ると、萌えのツボだったようだ。
ともかく、質問に答えることにする。
「ええ、いわゆる魔女の力というのが、どういうものなのかと思ったので、触らずに身に付けておいてみたらどうなるかという実験です」
我ながら何を言っているというようなことなのだけれど、考えてみればお茶を淹れるにしたって直接茶葉やらハーブやらに触るわけでもないので、水筒を下げておくというのは案外実験としてはいい線をいっていると思うんだけどね。
クラウス様は、その辺りまでよく分かって聞いているという感じではなかったけれど、私の言ったことに何か思いついたのか、顎に手を当てて数度視線を動かしていた。
「もしかして」
と口にした表情は、不思議そうにしながらもやはりにやついている。
いや、嬉しそうと表現してもいいのだけれど、もう少し浮ついた感じがするから、どうしてもにやついていると言いたくなるのだ。
「エレオノーラに話した入浴の件を聞いたのか?」
「ええ、まあ」
はっきりと、そもそものきっかけが何だったのか言い当てられてしまって、何故だか照れ臭いというか恥ずかしいというか、そんな気持ちになってしまった。
目を逸らしかけたところで、クラウス様の笑い声に、視線を上げた。
「はは、それは、なるほど。いや、うん」
口元を押さえて、さらにこみ上げてくる笑いをどうにか抑え込んでいるようだ。
それでいて、言葉の歯切れは悪い。
いったい何なのかと不愉快になりかけたのだけれど、クラウス様の表情に、そんな気配は微塵に吹き飛んだ。
何故なら、はっきりと照れと恥ずかしさを見せる表情をしているからだ。
中年、と呼ばれる年齢の、けれど素敵な髭のおじさまである、それもいわゆる支配者階級のクラウス様が、本来人形として扱っても構わない相手である私にそんな表情を見せている。
なんだかみぞおちのあたりが熱い気がした。




