出向 地下資源開発機構
梶は機構への出向と聞いた時、なんて面倒なんだと思ったが、案外悪くないと実感していた。
まず、探索者相当の隊員がうろうろしているし、目線もそれほど気にならない。(気付かれていない?)
次に、職場はそもそも民間からの出向者ばかりだったのだ。
梶が配属されたのは地下資源開発機構研究局探索支援開発室に特設された、新規探索機器開発のプロジェクトチームだった。
配属初日のオリエンテーションで教えられたが、最長二年のプロジェクトとなっている。
梶がまず驚いたのは、開発しているのが二足歩行のロボットだったことだ。ダンジョンに持ち込むならキャタピラか多足歩行かドローンだろうと勝手に思い込んでいた。
これまた次に驚いたのは、責任者は野崎という、どちらかというとビジネスパーソン寄りな推定四十代の男性だったが、研究主任は女の子だったことだ。
鳥の巣のようなボサボサの短髪で、中学生くらいに見える。可愛らしい顔立ちだが、何でここにいるのか感がすごい。
聞けば、アメリカの有名大学を飛び級で卒業し、博士でもあるとのこと。
ルナリスダイナミクス社からの出向社員で、月島つむぎ十八歳とのこと。未成年なのでコミュニケーションには気をつけるようにと十回以上言われた。
ただでさえ女性職員と二人にならないように注意を受けている身としては、隠密スキルを基本発動しようと決めた瞬間だった。
月島つむぎとセットで活動しているのが、こちらは二十代の、にこやかな笑顔が印象的な月島ももこだ。つむぎとは従姉妹で、日本に戻ってきたつむぎを公私共に世話している。
ふんわりとした雰囲気だが、日本一の大学院を卒業している才女だ。
この二人を中心に十名近いメンバーで構成されており、素材、ロボティクスのハード、ソフト、AIなどの専門家が揃っている。
つむぎはAIとソフトを中心として担っている。
「梶さん、ダンジョンだと時速何キロで歩くんだ?」
「梶、ダンジョンの段差は平均何センチだ?」
「おい、はじめ、このロボットは何キロの物を持てればいいんだ?」
「はじめ、モンスターの攻撃は何ジュールだ?」
「おい、はじめん、この板殴れ」
「はーたん、わたしを持ち上げろ」
「はーたん、はーたん、これ見て!」
最初は他人行儀ながら偉そうだったのが、絡みがひどくなり、距離が縮まると呼び捨てから「はーたん」呼びにまで突き抜けてしまった。
「お茶です、どうぞ」
ももこがにっこりしながらお茶を淹れてくれた。
「気を遣わないでいいよ。昭和の風習はもうなくなったんだから」
「ふふ、わたしがお茶を好きなんです。おばあちゃんみたいって、いつもつむぎちゃんに言われちゃって」
「ももねぇは年寄りみたいだもんな」
PCを見つめ、手を動かしながらつむぎが言う。
「もう」
この従姉妹同士の掛け合いが、梶の肩の力を抜いてくれた。
開発室の雰囲気も、このムードを受けてか和やかだ。
「じーー」
開発室の入り口にもたれながら、金髪のとんでもない美女が梶を見つめていた。
ビジネスカジュアルにまとめ、まるでOLのようないでたちだが、ここが海外のオフィスなのではと思わせる違和感がある。
「あんた、無茶苦茶馴染んでるわね」
そう言いながら入室し、梶の横にドスンと座る。外見にそぐわぬ男らしい振る舞いだ。
金髪がそよぐ。
「のどかさん、いらっしゃい」
「のどか、はーたんは渡さんぞ」
つむぎは適当に発言しながらも、作業はやめない。
この美女は春風のどか、専業探索者で梶と並ぶ有名人だ。梶のパーティとしても活動している。雷の魔法を得意としており、閃光の聖女の二つ名を持っている。
基本的に外部の人間だが、この開発室にはご意見番として臨時に出入りすることを許されている。裏テーマとしては、梶のストッパー役を期待されている。
「つむもかわいいな。よしよししてやろう」
のどかは基本的にかわいいものに目がないので、つむぎももちろんターゲットだ。
梶以上に逃げにくい相手でもあるし、とんでもない美女のため、悪い気はされないようだ。
実際、のどかが開発室に入ってきてから空気が変わり、男性陣も現金なもので、一人を除き、不思議と活気が出ている。
「お前がいると、仕事感なくなるんだよな」
「あんたはそれでいいのよ。あたしに尽くせばいいの」
「いや、尽くしてねえし」
そんなドタバタを責任者の野崎は苦い物を食べたような顔で眺める。
理事長からの指示で二人を受け入れているが、あからさまにアンタッチャブルなため、一般人には扱いにくいためだ。
梶は出向して二週間が経ち、大まかな要件が整理されたため、開発室内でレビューをすることになり、のどかもレビュアーとして呼ばれたのだ。
ほぼ全員で大会議室に集まる。研究局理事の酒井もいる。
梶からの要件レビューと、開発状況の共有がある。どちらかというと開発状況の方がメインだ。
定刻となり、梶から報告を行う。
「ダンジョンに同行するロボットの必須要件は以下です」
▪️ハード面
・モンスターの攻撃を受けても凹まない装甲と内部構造
・衝撃を受けても倒れないバランス
・一メートル近い段差を自力で乗り越える能力
・雑魚モンスターの攻撃の回避能力(初撃)
・足場の悪い、柔らかかったりゴツゴツしていたりする地面の踏破能力
・探索者の運搬もあり得るので、百キロ程度の搬送力
・雑魚を殺傷できる攻撃力
・動力が魔石であること
▪️ソフト面
・状況判断
・モンスターの近接探知
・マッピング
・武器管制
・バックアップ機構
・通信機構(ダンジョン内)
各項目の詳細を整理し、説明する。
「資料にはありませんが、個人的には、かわいいキャラクター性や気軽に会話できる能力があると、探索中の気晴らしになりますね」
そう言って梶は説明を締めた。
まず野崎が質問する。
「まずは、梶さん、要件整理ありがとう。仕様の方向性もこのまま進めてください。
一点質問ですが、モンスターの攻撃に凹まない装甲は、現時点だと相当に分厚く重くなりかねないです。何か探索者としてアドバイスはありますか?」
「その点だと、この間の練馬の主もどきの装甲がいいと思います。何でできているか聞いていませんが、今までに触れたことのない硬さでした」
「! そ、その素材はこの開発室では厳しそうですね」
「はーたんのパンチに耐えられる物質は厳しいが、理論上、既存金属でも構造化することでいくらか狙えるのと、魔石合金、極東高分子研究所というベンチャーの素材を使うといいと思っている。内部骨格はそれで仮の素体を用意しようとしている」
理事の酒井も尋ねる。
「月島さんの素体の件は後ほど伺うとして、モンスターの近接探知は難しそうですね」
「俺は開発者じゃないのであまり偉そうに言えませんが、純粋に現在のセンサーやレーダーで流用可能ではないかと思うんですが。つむぎ、どうだ?」
「うん。むしろ人間よりは探知できると思う。ただ、はーたんたち探索者のレベル感次第かもだけど」
「なるほど。度合いの話なんだね。ありがとうございます」
その後、研究者たちとの質疑の後、ダンジョンロボット(仮)の開発状況が野崎から共有される。
「先程、月島さんからも話がありましたが、ロボットの骨格は仮の素材で素体を用意しようとしています。来週には骨格は仮組み予定です。
ソフト面では、先程梶さんからありました要件のうち、兵器などの管制は用意していませんが、基本的な設計には組み込めます。月島さん、補足はありますか?」
「うん。もうベースのAI、ベースとなっているプログラムはできている。ある意味、汎用のロボットプログラムも流用できるものがある。ただ、かわいいキャラがムズい。青い猫みたいなのか?」
「いや、『なんとかなりー』とか言ってほしいかな」
「そこはメイド属性だろ」
のどかもカットインする。
「と、まあこんな感じなんだ。人による感覚はよくわからない」
「いや、月島さん、パーソナリティ以外が大事なんだが」
野崎が議論をまとめにかかる。
「公募にしたらどうかな」
酒井が茶々を入れる。
「うーん、全部混ぜるかな。よくわからないし」
つむぎは可愛らしい外見とは裏腹に人の機微には疎いため、雑に処理しようと考えたようだ。
「おい、つむぎ、ダメだろ。混ざったら黒くなるだろ。尖らせてこその個性だ。投票制だな」
「り、理事! 以上です!」
野崎のコールで、なんとか打ち合わせは終了となった。
パーソナリティはここで棚上げとなったことで、開発者に委ねられるという一番まずい結果となった。




