第三話:龍ケ江冴姫、入部までの一幕
桜もすっかり散った頃の、ある日のお昼休み。学校敷地内の人気のあまりない木陰のベンチで、冴姫・茉佑・崇子の三人はお弁当箱を広げている。
冴姫が転校してきて二十日ほど。我が強くアイドル以外に興味を示さない性格は校内中に知れ渡り、付き合う(付き合える)相手は自然と、茉佑と崇子に固定された。一見して三人組の様相であるものの、冴姫から茉佑への認識は相変わらず『崇子のオマケ』である。
味気のない淡泊で蛋白なオカズへと箸を動かしながら、冴姫が尋ねた。
「崇子はアイドルにとってどっちが大事だと思う? パフォーマンスとキャラ萌え」
「なにその、究極の二択みたいな」
「いいから答えて。どっちもってのはナシ」
「えー」
崇子はやや面倒がって質問に答える。
「私はどちらかと言えばパフォーマンスかなー。ママがそっち路線だったし、パパのアイドル観もそっち寄りだから」
「わかってるじゃない! やっぱりそうよね!」
同意見だと上機嫌になる冴姫に、崇子は考え顔のまま続けた。
「私を材料に考えたらそうなるってだけだよ。例えば私が茉佑ちゃんだったら、キャラ萌え重視で活動すると思う」
「そりゃあ、この子ならそうなるでしょうけど……」
二人の視線が向き、茉佑はやっと疑問を口にすることができた。
「あの……、キャラ萌えって、なに……?」
説明は崇子がした。
「その人のキャラクターを愛してもらうってこと。見た目や性格、言動、愛嬌なんかの『らしさ』を、見ている人に好きになってもらうの。逆にパフォーマンスは、スタイルや歌、ダンス、世界観の作り込み……その他諸々。技術やセンスを磨いて、見ている人を圧倒する感じ」
「へぇ?」
「皆に愛される人か、皆から凄いって思われる人か。茉佑ちゃんはどっちがいい?」
尋ねられた茉佑は、呑気な調子で返した。
「どっちがじゃないとダメ?」
崇子は笑う。
「いいね茉佑ちゃん! その通り、どっちかじゃなくて良いと私も思うよ。伝説的なアイドルは色々な魅力を併せ持っている場合が多いし、流行り廃りもある。それに本人がどんなつもりであれ、最後は見ている人が決めるんだから」
横で聞いていた冴姫は、やや不服そうな目つきで。
「身の程を知らなすぎない? ちょっとアンタ、そこに立ちなさい」
食べ終わった弁当箱を片付け、同じく食べ終わっている茉佑をベンチから立たせた。
「な、なにを……」
「髪をコレでポニテに、片手片足は斜めに出して、もう片手は腰。表情はキリリと」
冴姫は茉佑に髪ゴムを渡し髪型を変更。モデルめいたポーズをさせた。さらに携帯電話を取り出し、カメラ機能で写真にまで撮る。
「龍ケ江さん……?」
首を傾げた茉佑に向けられる、携帯電話の画面。
「ほら、見てみなさい。なんていうか……そうね。お座りするデカ犬に眉毛貼り付けたみたいで気が抜ける。これ見て焦がれる人がいるとは思えないわ」
「た、たしかに……」
画面に映る自身を見て(ついでに同じ髪型とポーズをするカッコイイ冴姫を見せつけられ)、茉佑はしょんぼり。
様子を眺める崇子は頬を緩ませた。
「いいんじゃない? 大型犬系アイドル。可愛いよ」
「そ、そうかな……?」
「甘やかしちゃダメ、崇子。ワタシよりちょい大きいだけで、売りになるほどデカくもないし。いい? 魅力が多いに越したことはないけど、安易なキャラ付けの消費は一瞬。自分の実力とちゃんと向き合って、長く使えるパフォーマンス力を磨くべき」
嗜めて冴姫が言い、崇子もいったん頷く。
「考え方には同意かな。だけど茉佑ちゃんは実力と向き合ってるし、身の程も知ってるよ?」
「ふーん。聞かせてみなさい」
「茉佑ちゃん教えたげて。困難極める挑戦の歴史を」
雑な振りに、茉佑は困惑気味に話した。
「う、うん……。えっと、この前の三月に受けたオーディションで、七連敗目になっちゃった」
オーディションとは、隣県の地方都市で活動するご当地アイドルの練習生募集オーディションのこと。系列グループが都市ごとあり、拠点は地方でも、系列グループ全体の知名度は全国でもそれなり以上。
茉佑は通算七回受験し、書類審査で三回、残りは実技で落ちている。
冴姫はなんとなく状況を想像、簡単には納得しなかった。
「漫然と、思い出作りで受けてるんじゃないでしょうね」
茉佑は目線を逸らさず答える。
「そうじゃない、つもり。言われたことでも、言われてないことでも、何かができるようになってから受けるようにしてる。じゃなきゃ失礼だから……」
「そう。ならいいわ。諦めたくないなら頑張るしかないわね」
真っすぐな返答を、冴姫は素直に受け止めた。ここまでの数週間で、茉佑が努力を重ねていること自体は理解していたからだ。
部活が隔日練習のところ、茉佑と崇子だけは毎日何かしら練習している上、毎朝決まって同じ時間と場所で茉佑を見かける。崇子が教えてきたランニングコースのちょうど中間で。
意気込みと努力に対し、残念な実力。才能ばかりは仕方ない。などと考えている冴姫に、茉佑が尋ねた。
「龍ケ江さんって、普段は何してるの?」
「普段?」
「その……、ダンス室にわたしと崇子ちゃんを見に来ない日とか」
「あぁ、そういうこと」
単純な興味と、アイドルの時間の使い方が気になっての質問。
冴姫は当たり前の調子で答える。
「下調べとシミュレーション。あと練習」
「下調べ? シミュレーション?? なんの???」
「夏コンのに決まってるじゃない」
「???」
意味がわからないでいる茉佑を見て、冴姫は溜息をついた。
「はぁ……。もっと頭を使いなさいったら。夏コンの予選は課題曲&自由曲。全国行ったら自由曲&自由曲。組み合わせる曲のジャンル、ダンス、フォーメーション、演出……。考えなきゃいけないことはたくさんあるでしょ?」
「……! たしかに……!! あ、だから最初に会った時に歌えてたんだ」
「そ。他にも、直近の大会でどんな曲が使われたのか、どんな演技がされたのか、評価はどうだったのか、来年の流行はどうなりそうか。頭に入れてないと勝負にすらならないわ」
顎を上げて言う冴姫に、茉佑は拍手する。
「す、すごいっ……! さすがっ! 崇子ちゃんみたい!」
「そうでしょうそうでしょう。……崇子? なんで?」
誉め言葉に崇子の名前を聞き、引っかかる冴姫。
茉佑は自慢げに言った。
「崇子ちゃん、そういう調べ物得意なんだっ。来年どうしようねってよく話してたんだよ」
「本当なの? 崇子」
冴姫に尋ねられ、崇子は涼しい顔。
「そうねー。冴姫ちゃんがやったくらいは全部やってるかな。県内にどんなユニットがいて、どんなストーリーを持っているのかも含めて、データに纏めてるよ」
「やってるなら教えなさいよ! 無駄な時間使っちゃったでしょ?!」
不満そうに冴姫が言う。
崇子は白々しく返した。
「だって、冴姫ちゃんが調べてるって聞いてなかったもん」
「そうだけど! 近いことは聞いてたじゃない! ライバルになりそうな学校とか! 情報収集してるんだろうなって思わなかったの?!」
「思ったけど?」
「だったら!」
上から目線で話す冴姫の前で、崇子はゆっくり立ち上がり微笑み。静かに答えた。
「時間を無駄にされたら、私だってちょっと仕返ししたくもなるよ」
「え?」
「茉佑ちゃんと私で出るつもりで考えてた曲も、ダンスも、演出も、全部白紙になったんだから。私が椅子に座って茉佑ちゃんが踊る、みたいな案も、二人でガーリーにお花畑で遊ぶ、みたいな案も、ぜーんぶね」
準備のあった関係・場所に後から入ってきたのは冴姫の方。
自らのした仕打ちを理解し、冴姫は小さく頭を下げた。
「……ゴメン。ワタシが悪かった。互いに無駄な時間にしないよう、一緒に考えない?」
崇子は作り笑顔をやめ、普段の穏やかな表情に変わる。
「いいよ。時間があるならさっそく今日の放課後からでも。部は休みだし」
「いいわね、それ!」
争いムードから一転、協力ムードに。
目まぐるしい二人を、茉佑は羨ましそうにした。
「わたしもいっしょに……」
と控えめに言った瞬間、崇子と冴姫が声を揃える。
「「茉佑ちゃん(アンタ)は練習(!)」」
「は、はい……」
そんなこんなで、お昼休みも終わり頃。三人は慌ただしく教室へと戻り、放課後、部室に再集合するのであった。
~~
「ワタシと崇子はここで作業するから、アンタはそこで練習してなさい」
「はいっ」
「あー、茉佑ちゃん。もうちょい扉側が良いかな。ロッカー映りこんじゃうから」
「こんな感じ?」
「良いね。じゃ、カメラ回すよー」
教室の半分もない広さの部室内。茉佑はジャージに着替え、扉の前でストレッチ。崇子は三脚カメラで練習撮影の用意をした後、一組ある机と椅子を使い、部のノートパソコンを起動。冴姫は机の横に立った。
茉佑を部室で練習させるのは、除け者にしないためと状態のチェック。それと、思いついた振り付け変更を実演させるため。
最初のストレッチは時間をかけ、怪我の防止と柔軟性向上を目指したメニューを。次に動きのブレを無くし力強さを生むための筋力トレーニングを。それから、リズムに合わせて体を動かすリズムトレーニングを。
練習が進むにつれ、冴姫の声が飛んだ。
「~~今のとこやり直して。リズムとズレてる」
「へっ?! わ、わかった……!」
ほとんど視線を向けずとも、冴姫は問題点を正確に指摘。甘えを見逃さない。茉佑は体の動きに気を取られるばかりに、リズムが意識から抜ける悪癖があった。
「~~漫然とやらない。リズムに合わせて終わりじゃないの。そこを外さず、強弱や動きを加えて味付けしてくんだから」
「ありがとっ、がんばるね……!」
指導を言葉だけで終えず、冴姫は必要に応じ手本も示した。リズムに動きの強を当てたり、アレンジで動きを足したり。冴姫の動きこそダンスだとすれば、茉佑の動きは健康体操みたいなもの。
ある程度練習メニューをこなしたあたりで、冴姫はトレーニングメニューとは違う、具体的な振付を実践。茉佑に動きをマネさせる。
「~~はぁ、全然キマらないわね。次はこの振りにして」
「はひ……」
しばらく茉佑に練習させ、折を見てチェック。その際の冴姫の反応はすべて溜息混じり。それでいて茉佑にめげる暇を与えず、絶え間なく次の振付を覚えさせた。
「~~今度はコレね」
「わ、わけがわからなくなってきちゃった……」
「弱音吐く暇があったら体を動かして。プロが一ステージで何曲やると思ってんの?」
「……っ! そ、そうだよね……!」
上半身の動きであったり、脚の動きであったり。茉佑は大混乱しながらも、精一杯取り組んだ。出来はかなりボロボロだったが、冴姫はその点には何も言わなかった(冴姫の目的はあくまで、茉佑が踊った場合のイメージ作りと、覚えの悪さの確認である)。
「~~はい、休憩。さっきまでの振り、全部忘れて良いから」
「ええー」
「覚えててくれてもいいけど? いつか使うかもだし」
「わ、忘れます……!」
時計をチラ見、冴姫が練習に区切りをつける。茉佑には休憩させつつ、引き続き崇子とPCに向かった。
様子が気になり、茉佑がタオル片手に覗く。
「あっ、北高の……!」
画面に映っていたのは、同県で今期・次期大会の優勝候補と目される高校。全員清楚な黒髪でロングヘア多めの、六人演技。そのうちの四人を崇子がマウスで示した。
「二人卒業するから、来年はこの四人ユニットだよ」
冴姫が言う。
「後輩入れずに? よくわかるわね」
「この四人、幼馴染で仲良しだって、地方局で特集されてて。『幼馴染ユニット最後の夏』ってのは、なかなかに強いストーリーだからね」
「ストーリーねぇ……。後輩が出たがったらどうすんの」
「ないと思うなー。全国常連校でもない限り、コンクールじゃなくてフェスに出たがる子ばっかりだもん」
「……。……フェス?」
首を傾げる冴姫。
崇子と茉佑の、視線と声が重なった。
「「冴姫ちゃん(龍ケ江さん)、もしかして知らない(の)??」」
まるでとんでもない常識知らずを見るかのような驚きっぷり。
さすがの冴姫も気圧された。
「し、知らないって、なんのこと……!」
崇子が人差し指を立て説明する。
「あのね、冴姫ちゃん。夏コンってコンクールじゃない?」
「ええ、そうね」
「それとは別にフェス、フェスティバルっていう別モノのイベントがあるんだよ」
「……は?」
冴姫の口がぽっかり空いた。
「ポップソング&ダンス『コンクール』の夏季大会と、ポップソング&ダンス『フェス』の夏季大会、二種類の大会が存在するの。フェスの方は都道府県規模の、順位も評価もつかない、楽しいお遊びの大会。そうやってすみ分けてる分、ガチじゃない子はコンクールに出たがらないってわけ」
「なにそれ?! じゃあなんで──」
「──ビビってフェスだけ出るのはちょっとダサいし、部活動の助成金にも影響するから」
「ぐ……」
今になって知った事実に、またしても冴姫は怯んだ。
高校生の部活動アイドルが出場する公的な大型大会は二種類存在する。パフォーマンス・人気等を競う【ポップソング&ダンスコンクール】の夏季大会。もう一つは競技を楽しむことを目的に開催される【ポップソング&ダンスフェス】。
コンクールは、審査員・観客・WEB投票の三種で採点・評価され、夏季には全国規模の大会も行われるが、フェスには採点・評価が存在せず、規模も都道府県単位に止まる。
昨今、『競技そのものの楽しさ』に目を向けようと、あらゆる部活動で類似のお楽しみ大会が存在するが、アイドルの文化的特性(完全な能力至上主義ではない点)から、コンクールに埋もれないほどフェスも人気がある。強豪ではない部では特に、楽しみ重視のフェスの方が部員に喜ばれる(コンクールが避けられる)傾向にあった。
気を取り直して冴姫は言う。
「大会の違いはわかったわ。つまりその学校の四人はやる気があるってことね」
崇子が付け加えた。
「実力もね。県内で一番の強敵になると思うよ。特にリーダー格のロングヘアの子は、プロにスカウトされたこともあるくらい」
冴姫は顎を下げなかった。
「清楚物量系のとこかしらね。ま。頑張ってるみたいだけどワタシの敵じゃない。プロの舞台で会う前に、世の中の厳しさを教えてやるわ」
「この子はプロにならないよ。お医者さんを目指すそうだから」
崇子の話を聞いて、冴姫はつまらなさそうにした。
「だったらなおさら、ワタシの敵じゃないわね」
「私は警戒すべきだと思うなー」
「どこが? 人生かけてやってないのに?」
「だからこそだよ」
「ふーん」
興味を無くし、冴姫がPCの画面から視線を外す。
それを崇子は横目に見て、茉佑に声をかけた。
「茉佑ちゃん、ちょっと早いけど今日はこの辺にしとこっか」
「え? あ、うん。わかった……!」
まだギリギリ陽が落ちていない時間。普段より早めに練習を切り上げると言われ、茉佑は少し困惑。しかし崇子から何か言いたげな雰囲気を感じ、了承した。
冴姫は崇子の内心には気づかず、帰りたいらしいことのみ理解する。
「アンタらが帰るならワタシも帰るわ。崇子、このデータもらえる?」
「いいよー。コピーしたUSBがあるから、そのままあげる」
「ありがと」
崇子はスクールバッグから白色のUSBメモリを取り出し、冴姫に手渡し。
受け取ったメモリをバッグにしまい、冴姫は部室のドアを開けた。
「じゃ、また明後日」
茉佑と崇子が声を揃えて見送る。
「「ばいばーい」」
パタリと、部室の扉が閉じた。残った二人は、三脚カメラやダンス練習のため移動させていた小物を元の位置に戻すなど、部室の後片付け。
なお、冴姫と一緒に下校しないのは、茉佑・崇子と冴姫の家が逆方向なためだ(冴姫が求めていないためでもある)。
「……茉佑ちゃん、ちょっといい?」
片付けが済み、崇子がポツリ。
「どうしたの?」
茉佑が様子を心配する。
「言っておかなくちゃいけないことがあって」
崇子は視線を落とし、言いづらそうに話を切り出した。
「……冴姫ちゃんとの夏コンね、茉佑ちゃんは辛い目に合うと思うの」
~~
校門を出て歩道を右方向へ。帰路を進む冴姫の前に、進路上で待ち構えていた、くたびれたスーツ姿の中年男が話しかけてくる。
「Misakiさーん、部活動でアイドルやるってのは本当ですかぁー?」
「……」
ねっとりと鬱陶しい口調を無視し、冴姫は歩いた。
ゴシップ誌の記者である男は、慣れ慣れしい態度で横並びに追いかける。
「あのねぇ、取材もタダじゃないんですよ。記事にも鮮度がありますから。持ちつ持たれつで、ねぇ?」
「……通報します」
冴姫が携帯電話をちらつかせると、記者は露骨に苛立った。
「ッ! 芸能人扱いしてやってるってのにっ!」
「もう一般人です。しつこく取材しないでください。迷惑です」
「このっ……! あー、やめやめ。終わりだ。頼まれたって来てやるか。アンタなんかもう消費期限切れだよ!」
口汚く罵り、記者は近場の店舗に無断駐車していた車に乗り去っていく。転入以来、徹底して愛想のない対応を続けたことで、冴姫はついに最後の記者を追い払った。
自然と深い溜息が出る。
「はぁ、何が取材よ。好き勝手書く癖に……」
思い浮かぶのは、事務所を辞めて以降いくつも書かれた、不快な記事の数々。『報酬への不満で~~』とか『異性関係のトラブルが~~』とか『性格が悪く業界を干された~~』とか。根も葉もない妄言記事ばかり並べられた。
持ちつ持たれつどころか訴訟してやりたいくらいだが、個人対企業では分が悪く、労力も惜しい。『悪名は無名に勝る』であると我慢するも、『消費期限切れ』と言われたことにはかなり腹が立った。
イライラ募る踏み込みで歩いていると、今度は地味な服装の太った丸い男と、痩せた細長い男の二人組を進路に見つけた。
二人組は冴姫に気がついた途端、周囲の歩行者の目も気にせずに、音量調節機能の付いてないデカ声で話しかけ(?)た。
「「ボ、ボク達親衛隊はっ、Misakiちゃんを応援しつづけますのでっっ!!!」」
「……」
冴姫はこちらも無視。男達はアイドル時代からの強烈な追っかけで、無視して歩く冴姫の三メートル後ろを付きまとった。
振り返らずにいくらか進み、適度に人通りのある歩道沿いの飲食店前で停止。冴姫は携帯電話を耳に当てる。
「~~ご相談していました件です。男の人に付きまとわれています。場所は~~」
聞こえる場所にいた男達は動揺。
「つ、通報?!」「馬鹿、ハッタリだって!」
発言が嘘でないことは、あっという間に明らかになった。
「警察??!!」「違うよな?! ボク達ファンだし!!」
サイレンまでは鳴らされていないが、誰もが知るカラーリングの警察車両が冴姫の近くで停止。素早く降りた二人の警察官のうち、一人が冴姫の横に、もう一人が男達の前に立つ。
優しげな顔立ちで体格の良い警察官が男達に言った。
「アナタ達ね、自分のやっていることがわかっていますか?」
「応援です!」「警備です!!」
「違います。ストーカー規制法で禁止された『つきまとい・待ち伏せ・押し掛け・うろつき』です」
自覚のない男達に、警察官はきっぱりした口調で法律に基づき警告。文書も渡す。
「これは警告です。ただちにストーカー行為を止めなさい。従わなければ逮捕もありえます」
「アイドルの応援して逮捕されるなんておかしいよ!」
「誰であっても、相手の求めのない接近は許されません」
「今まで良かったのに」
「もう違います」
「違う……。芸能人じゃないなら、個人の自由じゃないの?!」
「相手が求めていない、とさっき言いましたよね」
「アイドルの時はあんな優しかったのにっ! 結局はお金のためだったんだ!!」
「お金を払うからサービスを受けられるんでしょう? いいですか、これ以上は~~」
なかなか引き下がらない男達に、警察官は根気強く対応。犯罪になり得ること、次に同様の行為に及べば逮捕することをなんとか理解させた。その間に冴姫は、男達に見られないよう帰宅している。
事務所退所時、付きまとい等迷惑行為を固く禁ずる声明を、事務所やMisaki名義のSNSアカウントを通じて発表している。男達は当然知っていたが、自分達の行動は迷惑行為ではないと勝手な思い込みをし付きまとったのだった。
~~
「ただいまー。おばあちゃん、変な人来て困らなかったー?」
帰宅して開口一番、冴姫は尋ねる。同時に扉を再施錠し、古いが確かな作りの木造廊下に上がり居間へ。
壁のインターホンと、そばの台に置かれたノートパソコンを操作。呼び鈴と家の周囲の防犯カメラ映像履歴をチェックし、ウンザリ口調になった。
「うわ、またなんかウロウロしてる。おばあちゃん、この人達はー? 知り合いー?」
冴姫のおばあさんは、居間で見ていたテレビの音量を下げ、木製椅子から時間をかけて立ち上がった。
「お帰り、冴姫。ファンだそうだけど、言う通りに断ったよ」
皺を集めた温かい微笑み。
冴姫も一度、外では見せない穏やかな笑顔を返した。
「ありがとう、おばあちゃん。だけど家まで来るヤツは、ファンじゃなくてつきまとい。ちゃんとルールを守ってくれてる人こそがファンなの」
「そうだねぇ。しかしこんなに来るなら、幸恵たちにこっちへ──」
「──お母さん達に無理は言えないよ。ワタシのために二度も三度も仕事変えろだなんて。付きまといはそのうち飽きるだろうし、卒業したら東京に戻るつもりだからいいの。……おばあちゃん、迷惑かけてごめんね」
謝る冴姫の頬を、おばあさんは優しく撫でた。
「ぜーんぜん、困ってないよぉ。町内会のみんなも気にしてくれているし、お向かいの山川さんなんか、『散歩ついでに毎日パトロールする』って言ってくれて~~」
それからおばあさんは、夕飯の配膳をしながら、近所の住人がとても協力的だという話をした。冴姫はありがたい話だと思いつつ、おばあさんの噂通りのモテっぷりを内心で少し面白がった。
冴姫のおばあさんはしっかりと年齢を重ねた女性だが、言動や行動がなんとも可愛らしく、町内会でも恋多き(おばあさんにその気はなく一方的に好かれる)人として知られている。ゲートボール大会など町内の集まりではいつも、シニア男性陣が張り切ってアピール争いをし、白熱し過ぎてしまうこともあるほど(おばあさんは数年前に先立った夫一筋なので実らない恋である)。
孫娘の冴姫がアイドルになった際には、『おばあさんの方が可愛い』『おばあさん(の若い頃)ならもっと人気になれた』とまでシニア男性陣は言っていた。おばあさんは謙遜したが、昔の写真を見た冴姫は『良い勝負かも』と思ったらしい。
配膳が済み、テーブルで夕食を取るおばあさんと冴姫。和やかな会話の流れで、おばあさんが尋ねた。
「学校には慣れたかい?」
「まぁまぁかな」
「良かった良かった。早く部活動できるようになればいいねぇ」
「うん」
「そう言えばね。おばあちゃん天川女子のアイドル部の子、知っとったんよぉ。ライブ(?)のチラシをもらったことがあってねぇ」
「え? そうなんだ」
サラダを食べる冴姫の手元に、おばあさんは一枚のチラシを出した。間の抜けたイラストと応援を呼びかける文言、去年の夏フェス・夏コンの日時が記載してある。
冴姫は聞いた。
「町内会に持ってきたの?」
「ウチに持ってきてくれたのよぉ。和菓子屋の店主の娘さんが。脚が悪くてお店までいけないから、お供えを配達してもらった時にねぇ。お手伝いをがんばってる可愛いお嬢さんで、たしか名前は~~」
この和菓子屋というのは、茉佑の実家。茉佑は休日に配達の手伝いをしており、機会を活かして部活動の宣伝チラシを配り回っていた。
「~~ライブ見たかったのに、脚の調子が悪くて行けなかったから残念だわぁ」
「! それならね、おばあちゃん!!」
茉佑に奇妙な縁を感じながら、冴姫は慌ただしく自室に走り、自分用のノートパソコンを持ってきて起動。去年の夏コンの県内大会動画を再生した。
「パソコンでも見られるんだよ! これは録画だけど大会当日は生配信もあって!」
「わぁ、便利ねぇ。あの子は……いたいた。一生懸命で可愛いわぁ」
動画を熱心に見つめるおばあさん。パフスリーブ衣装の部員集団端で歌う茉佑に、ずいぶんと夢中になっている。
おばあちゃんくらいの年齢は茉佑を気に入りそう、そんなことを考え、横で一緒に動画を見る冴姫。その時ふと、不思議な感覚がした。
初めて動画を見た時は存在すら認識していなかった茉佑のことを、ほんのちょっとだけ評価していたのだ。




