プロローグ(1):傷ついた翼
アリーナ公演に成功して以来、廊下ですれ違うTV局員の視線がずいぶんと心地良くなった。当たり前に向こうから挨拶されるし、目を合わせただけで感激されることすらある。デビューしたての頃は、『ガキ』『ままごと』『【任意の先輩グループ】のバーター』やら思っているのがにじみ出た目つきだったのにね。笑っちゃう。
ふさわしい評価に気分を良くしていたら、見知ったディレクターが小走りで寄ってきた。
「MiSaKiちゃん達の冠、決まりそうですよ」
「本当ですか?! やった……!」
思わず拳を握る。これはこれは嬉しい報せ。ついに私達【TeSseRa】が主役のテレビ番組が決まる。放送は関東圏だけだけど、大きな一歩。そろそろ一人前のアイドルを名乗れそう。チグハグユニットながらにがんばってきたかいがあった。ララも照葉も、そう思うでしょ? ……照葉?
ほんの一瞬、照葉がワタシを見て笑ったように感じた。今はいつも通り黒髪の短いポニテを振って、ディレクター相手に可愛いこぶりで自分を売り込んでいる。
……気のせいだよね。うん。
~~
「ワタシが移籍を企んでるって、どういうことですか?!?!?!」
掌が痺れる。思わず机を叩いてしまった。
社長がフサフサの白眉をハの字にしてなだめてくるけど、怒りが抑えられない。
「まぁまぁ落ち着いて。噂だよ、噂。調査すればわかることだから」
「疑われて落ち着けません! どこからそんな噂出たんですか! アリーナ成功させて、冠番組も決まりそうなこれからって時に、移籍だなんて……!」
「それは……。いやぁね、見たって人がいるんだよ。Misaki君があの事務所の人と親し気に話してるとこを……」
ぐにゃぐにゃ言って、携帯電話をチラチラ。きっと写真だ。
「写真あるんですよね? 見せてください!!」
「えっ、あぁ……、ちょっとぉ……」
奪い取った携帯の画面には確かに、タレント略奪で有名な某事務所の幹部とワタシが会話してる写真があった。だけどこれはいつだかの現場で偶然会って、社交辞令を話しただけ。
「コレ違います! 普通の挨拶をしただけで、移籍の話なんかしてません!」
「そうだよねぇ……」
「だいたい誰がこんな……。……っ、まさか!」
写真があるのは、撮った人がいるから。けれど撮影場所や角度に違和感があった。関係者以外入れないエリアで、付近に居てもワタシが気にしない相手となると……。
悪い予感がした瞬間、ドアノブが動いた。
「照葉ッ!」
「MiSaKiが言ってるのは嘘ですよ、社長。連絡先もらってましたから」
応接室に照葉が入って──染めてる? なんで?? 白々しい態度よりも髪色と髪型が気になった。黒髪ポニーテールが、ピンク髪ボブカットになってる。こんなのユニットコンセプトに合わない。
「なんで勝手に髪染めてんの?! そんな派手なピンク色、TeSseRaのイメージじゃないでしょ?!」
照葉はニヤニヤして言った。
「この期に及んでリーダー面? メンバーが変わるってのに、イメージも何もないじゃん」
「変わる? 誰が──」
「──アンタよ、MiSaKi。……社長、MiSaKiのスマホ、ケース外してみてください」
照葉のするワケの分からない話を聞いて、社長がワタシの顔色を伺ってくる。
「そうは言ってもなぁ……」
「構いませんよ社長。何も出やしませんから」
やましいことはないのでポケットからスマホを出し、その場でケースを外して見せた。ヒラリと一枚の名刺が落ちる。某事務所幹部の。……ここまでするのね。
テーブルに落ちた名刺を照葉が指差し、社長が目を細める。
「ほら社長! もらった名刺を隠してたんですよ!」
「うーん。確かに本物ではあるみたいだが……。楽屋や事務所に手荷物を預けた際に、イタズラされた可能性も……」
態度の決まらない社長に、照葉はもう一押し。部屋には入らず不安げに様子見していたララを、室内にぐいと引っ張った。大きな体を小さく丸め、ララはウェーブ髪を手混ぜ。
照葉がララへと脚をぐっと踏み出し、威圧して聞く。
「ララも見たわよね?! MiSaKiが名刺もらってたのを!」
「えっと……」
「見たよね?!」
「うん……」
ララがコクリと頷いた。……もったいない。自信をもって背筋を伸ばせばトップモデルのスタイルなのよ? そんなことでどうするの、これから大変になってくのに──と、終わった気持ちで考えてしまった。
社長が聞いてくる。
「MiSaKi君。二人が言っているのは本当かね?」
「いいえ。違います」
「そうか。だったら──」
「──でも、もういいです。ワタシ、事務所を出て行きます」
「……へ? ……えぇ?! 早まっちゃいけない! 違うなら堂々と調査を待てばいいじゃないかっ!!」
「いいんです」
「そんな……」
目を真ん丸にしてびっくりする社長。言ってることはわかる。だけど真実がわかったとしても意味はない。ユニットの信頼も信用も、もう壊れてしまった。こんな壊れた関係じゃ上は目指せない。力が入らないし、見てる人にも透けてしまう。
だから少しでもダメージを減らす方向に進むべき。ワタシが離れる方が、TeSseRaもワタシも浅い傷で済む。
「照葉。ささらを入れるつもりなんでしょ?」
「え……? なんで知って……」
名前を出しただけで驚かれた。騙し討ちで追い出されることより、この程度で動揺する半端な覚悟にちょっと腹が立つ。
「ずっと気にしてたの知ってるから。良かったね、思い通りになって」
「良かったねって……! ささらの気持ちも知らないで!!」
怒り心頭で返されたけど、それは照葉だってきっと同じだ。
「知ってるつもり。けどワタシには手を抜くなんて考えられなかったし、ささらが無理だって言うならかける言葉もなかった」
「ッ……!」
これ以上の話は時間の無駄。アイドルとしての命は待ってくれない。
元に戻せないなら、別のカタチを探さなきゃ。
「社長。プロデューサーやトレーナーの皆さんに、よろしく御礼をお伝えください」
部屋を出ようとして、社長に肩を掴まれた。
「待ちなさいっ! 決まっている仕事はどうする?!」
「穴は開きません。ささらが加入しますから。幸い、MiSaKi一人の仕事は番組に向けて空けていましたし、あってもキャンセルできる範囲です。一身上の都合で退所と発表してください」
「ファンはいいのか?!」
「……。……良くないです。良くないですけど、たった今、TeSseRaのMiSaKiは終わりました。波風を極力立てないコメントを考えます。週刊誌やメディアには何も話しません」
「これからどうするつもりだ?! ウチでアイドルやるのが夢だったんだろう?!」
「……わかりません。ですが、どうにかしてみせます。今までお世話になりました」
肩の手をどけてもらい、応接室を出る。その足で更衣室に行き、一人でロッカーの私物を整理。荷物を片すのは大したことなかったけど、マグネットで内側に留めていた初ライブやアリーナ公演の写真を外すと、悔しい気持ちが溢れた。
~~
片づけの終わり際に照葉が来た。壁にもたれかかって、目を合わせず聞いてくる。
「ホントに辞めんの?」
「そう言った」
「抵抗すればいいじゃん。気に入らないことには、いつもギャンギャン吠えてたのに」
「二人残って後釜がささらなら、TeSseRaは残る」
「なにそれ。譲るんなら事務所辞めずに、ソロなり別グループなりでやれば?」
「四人目になるのも怖がったささらが、ワタシの存在に耐えられるんならね。小心者のララも、文句ばっかのアンタも」
「っ……! わかったようなこと言って! ムカつくのよ! リーダーだからっていっつも上から目線で!!」
胸倉を掴まれ、キレられた。
「上だから。ダンスも、歌も、ユニットの方向性を決めるのも。二人の方が良いなら言ってなかった」
「上?! ワガママ放題したかっただけでしょ?! アンタだけ好きな色に髪染めて、アンタの憧れたユニットの真似にして! 今はパフォーマンスアイドルなんか飽和してる! キャラ萌えとネタの鮮度を使ってく時代なの! わかりやすさと早さが大事なのに、SNSもほとんど使わないで──」
「──髪色はビジュアルのバランスを考えた結果。方向性も、業界内の立ち位置を考えたつもり。……ワタシはパフォーマンスを大切にしたい。じゃなきゃ焼きつかないし、焦がれない。追われる背中でありたいの。だから安売りしたくなかった」
照葉が手を離した。
「自分は間違ってないって言うのね……! アンタなんかいなくても良いことを教えてあげる! テレビで見て悔しがってればいいわ!!」
捨て台詞を言って、照葉は去った。
「……一緒に走れると思ったのに」
落ち込む前にハーフツイン髪を解いて、荷物をバッグに詰め込み部屋を出た。大荷物を想定してないバッグだから、中身が多いと紐が肩に沈んで痛い。
事務所では皆がワタシを見ていて、扉のそばで社長が待ってもいた。
「保留にしておくという選択肢も──」
「──お気持ちは嬉しいですが、結構です」
断りを入れ、事務所を出る前に皆へ頭を下げた。
「今までお世話になりました。本当に、ありがとうございました」
振り返らずに歩いた。追いすがってララが、『ごめんなさい、こんなことになるとは~~』と、親しい先輩や後輩が『考え直して~~』と言っていたけど、決して。なぜだか事務所の外に待ち構えていた、某事務所の幹部の勧誘も無視した。
その日のうちに、染めていた金髪を黒髪に戻した。
──
冴姫は県立天川女子高等学校へと転校するおよそ十ヵ月に、所属していた芸能事務所を退所した。原因はユニットメンバーとの不和。メンバーの照葉は、リーダーの冴姫を数年に渡りよく思っていなかった。
恨まれた理由の半分は、ユニット内であらゆる実力が一番高かった冴姫が、活動の多くを決定していたから。もう半分は、ユニット【TeSseRa】が当初、四人で発足予定だったから。照葉、冴姫、ララ、ささら。この四人で始まるはずだったユニットは、ささらが不幸な交通事故に巻き込まれたことで、結成前に路線変更となっていた。
ささらは怪我の療養とリハビリにより活動休止。復帰未定(かつ正式なユニット結成発表前)だったために、TeSseRaは三人制ユニットとして、残りのメンバーで始動した。予期せぬ欠員で人数は奇数。成り行き的に必要となったセンターのポジションには、最も立ち直りが早く責任感の強かった冴姫が収まった。
冴姫としては、貴重なチャンスを無駄にできない思いと、やるからには全力を尽くす思いがあった。裏側の事情をファンに気にしてほしくない意識もあった。ささらが復帰した時の、居場所を残しておきたい気持ちもちゃんとあった。だから一生懸命に上を目指し、仲間を引っ張った(つもりだった)。
照葉は、ささらと一番仲が良かった。冴姫が合格する前年のオーディションからの同期で、事故後は頻繁に病室を訪ねていた。冴姫のことは嫌い(方向性の違いや、ささらの遅れを考えずパフォーマンスを追求する点などが)でも、TeSseRaを守るためと耐えていた。そして、ささらがレッスンに復帰してしばらく経った頃、『暴君』冴姫を『脅かしてやろう』と思った。
気の弱いララには、冴姫の『圧制を止め』『意見を通りやすくし』『ささら加入に繋げる』のだと説明し協力させた。ユニットや事務所を追い出すつもりはなく、軽いいたずらのつもりだった。
しかし結果は、冴姫と照葉の折り合いの悪さにより大変重いものとなった。照葉はいたずらで済まなくなっても後に引けず、冴姫は上を目指せない関係と判断し退所を結論。背景に、ささらが冴姫と照葉に異なる態度を取っていたことも影響していた。
ささらはレッスンに復帰した際、照葉には『追いつけるようがんばる』と加入意欲を見せ、冴姫には『ついていけるとは思えない』と難色を示していた。照葉に対しては彼女がユニット活動を投げ出さないよう応援の気持ちから、冴姫に対しては現実的な目線からの言葉。嘘をついたのではなく、揺れ動く本心の一面をそれぞれに見せてしまったに過ぎない。
そんなささらの言葉を聞き、照葉は『ささらのペースに合わせたい』と、冴姫は『ささらの負担になっているかもしれない』と考えた。
冴姫には、ユニットだけを抜ける選択肢もあったが、それは選ばなかった。経緯が公にならずとも、突然のメンバー交代は事務所の印象を悪化させる上、同事務所に冴姫がいれば常に、ささらや残りの二人は比較に晒される。いなくなれば一時の混乱は起きても、身勝手な冴姫への批判で終わらせられると思った。冴姫は事務所もTeSseRaも好きだった。
黒髪に戻り、暴風の如き批判や意見に晒される中、冴姫は探した。
新生TeSseRaも事務所も邪魔せず、アイドルを続けられる方法を。




