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41 立てこもり事件発生中




 そんなこんなで、聖女と聖女派は召喚に応じてセブンツリーから出ていった。


 元々セブンツリーにいた神官で聖女についていったやつもいるし、聖女派神官でセブンツリーに残ったやつもいる。

 オレは去るもの追わず、来るもの拒まずな人間なので別にどうでもいい。


 やっと落ち着いたっていう安心感の方が強い。

 三日間、すげー長かった。


「それじゃ、本格的にホストクラブづくりを始動させるか」


 執務室の机には、山ほどのサイン地獄を終えた書類の山がある。それを横にやって、適当に廃棄書類を裏返して計画を書いていく。


 一度キャバクラ《ミラージュ》を立ち上げてるから、流れはもう万全――。

 さて、まずは名前から決めるか――と思ったその時。


「――ユーリ様、大変です!」


 アマーリエが慌てながら駆け込んでくる。


「またぁ? 今度は何」

「クラブ《ミラージュ》に貴族が押しかけて立てこもっています! どうやら、『シエルを返せ』と訴えている模様です」

「……は?」


 いま、ホスト候補生たちはクラブ《ミラージュ》で働かせてるんだけど、王都からシエルの元旦那様のナントカ男爵がやってきて立てこもっているらしい。


 なんでもいきなり店に入ってきて、黒服で働くシエルを見つけて――


「シエル! ようやく見つけたぞ……! お前がいなければ私は……!」


 なんて言って、シエルを連れ出そうとしたが抵抗されて、立てこもって、いまは周囲を警備兵たちに囲まれているらしい。


 何人かお客様とスタッフが店内に残ってるらしいんだけど、相手が貴族なんでどうしたらいいか迷ってる――ってことだ。



◆◆◆



 ――はい、ネゴシエーターユーリです。ただいま現場到着しました。時刻は夕方。これからが稼ぎ時です。

 もちろんすぐ近くにクライヴが護衛で控えています。もう怖いものなしだよね。


 オレは店の外から書き損じ書類で作った即席メガホンを持って呼びかける。


「はいはーい、立てこもり中の犯人さん。そこまでにしてくださーい。いまなら大事にしないでおくので、人質を解放して回れ右してお帰りくださーい」


 声を張って呼びかけると、少しして入口のドアが開く。


 出てきたのは、目が据わっていまにも死にそうな顔をしたナントカ男爵と、シエル。


 ……うわ、かっこわる。

 シエルを拘束してナイフを突きつけて、人質にしてるつもりなんだろうけど、どう見てもすがりついてるだけ。捨てないでって全身で言ってるみたい。


 その時、シエルと目が合う。


「……ユーリ様!」

「おう」


 目に涙を浮かべて情感たっぷりに名前を呼ばれると、なんか変な気分になるな。

 そしてそれ、犯人をめっちゃ刺激してる。ナントカ男爵、オレを間男でも見るような目で睨んできやがる。


「貴様、シエルの何なのだ?!」

「ご主人様」


 堂々と言い切る、クライヴの威を借るオレ。


「奴隷になってたこいつをオレが買ったんだから、オレのものだろ? こいつが自分を買い戻してオレのもとから出ていくまでは、絶対に離さない。だから諦めて」

「ならば私が買い戻す!」


 即答か。執念がすごいなこの人。


「うーん、人身売買はちょっと……」

「貴様が買ったんだろぉ?!」


 それを言われるとちょっとつらいんだけどぉ。

 あの時は何つーか、流れと勢いで。


「そりゃ、正規ルートで売られていたから。でもオレ自身は人を売ったり買ったりとか反対なんだよねぇ」


 中身は現代日本人だからさぁ。


「あんただって、力と金で取り戻して嬉しい? お金で愛は買えるけど、真心は買えないぜ」


 愛はお金で買えないって言うやつもいるけど、オレの経験上、買える愛もある。

 けどそれでも、真心っつーか、真実の愛的なものは買えないんだよね。いやマジで。


「――シエル。大事なのはお前の気持ちだ。お前はどうしたい?」


 どうしてもこの男と王都に帰りたいって言うんなら、それに向けた返済プランも立てるけど。


 ……沈黙。

 シエルがこっちをじっと見て、そして、おずおずと口を開く。


「ユーリ様は、本当に僕を離さないでくれますか?」


 シエルがすがるように問いかけてきた。その目は、不安と希望とが混じっている。


「おう、契約期間中はな!」


 断言する。だって――買った責任ってやつが、オレにはあるから。


 これは夜職の心得でもあるんだけど、どんな相手ともある程度の線引きは必要だ。だから甘すぎる言葉や無責任なことは言わない。


 でないと共倒れになるからな。

 ちゃんと距離を保って、相手が倒れそうになったら手を差し伸べる。

 そういうくらいの関係が、ずぶずぶになるよりオレは好き。


 ……失敗することもあるけどなー。


「お前が働いて自分を買い戻して、自分の足で歩くまでは、ちゃーんと見届けるぜ。……って、泣くなよ?!」

「……僕を求めてくれた人はいっぱいいるけれど、僕を信じてくれた人は初めてです……」


 シエルの目元から涙が零れ落ちる。

 んー、美人って泣き顔もきれいだな。


 そしてその涙は、ナントカ男爵の心にまでしみわたったみたいだった。

 シエルを拘束していた腕が緩み、手に握っていたナイフが落ちる。


「……シエル、すまなかった。私は、お前のことを本当は……」


 めっちゃ後悔の滲んだ声で言って、シエルと向き合う。


「これからはお前の自由に生きてくれ……」


 お、物分かりいいな。案外いい男じゃん。


「――んじゃ、営業妨害と心的外傷の慰謝料と迷惑料の支払いお願いね」

「……は?」

「いやいや、こんだけ迷惑かけたんだからさ」


 なかったことにできると思わないでね?


「お、大事にはしないと……」

「だから、刑事事件じゃなくて示談にしてやるって言ってるんだけど?」


 この世界に刑事とか民事とか示談とかあるか知らないけど。

 オレは満面の笑みを浮かべる。


「安心して。誠意は金で示せるから」


 前を向いて生きてくためには、ちゃんと清算しないとね?



◆◆◆



 立てこもり事件解決後、オレは《ミラージュ》の支配人室でシエルとテーブルを挟んで向かい合って座った。


 ちなみに事件発生時、店にいたお客様には高級ワインを一本サービス。スタッフには特別ボーナス。こういうフォロー、超大事。


「今日は大変だったな。大丈夫だったか?」

「はい……ユーリ様のおかげで、助かりました」


 あいかわらず、魔性の美貌。ちょっと黙って座ってるだけで、空気が艶っぽくなる。


「シエル、お前の美貌は武器だけど、いまのままだと罠にしかならねえ」

「……罠、ですか」

「そうだ。武器は、自在に扱えるようにならなきゃな。自分のためにも、相手のためにも」


 オレは椅子の背もたれに身を預けて、ニッと笑った。


「つーことで、ホスト特訓しようか」


 オレは支配人室に置いてある魔道ワインクーラーの中から酒を一本取り出す。泡が出る高いやつ。

 栓を抜くと、部屋にぱっと華やかな香りが広がった。


「まずな、一番大事なのはお客様が主役だってことだ。お客様はみんな世界で一人だけのお姫様。そしてお前は王子様だ」

「王子様……?」

「そう。姫を輝かせる王子様だ。姫が笑ってないと、その席――世界は終わりなんだよ」


 シエルがきょとんとした顔をする。

 まあいきなりこんな大げさなこと言われてもピンと来ないよな。


「まずはちょっと体験してみるか。いまからお前は、オレのお姫様だ」

「僕が、姫……?」


 そう、男でも女でも。オレの前ではお姫様。


「本日はご来店いただきありがとうございます、お姫様。今日はどんな一日でした?」

「え……えっと……あんまり良い日じゃなかったです」

「へえ、どうして? つらいこと、あった?」


 オレはグラスに酒を注ぎ、優しく微笑む。


「いまここにいるのはキミとオレだけ。どんな秘密もこの泡みたいに溶けて消える」


 全部夢の中の出来事だ。何を聞いても、オレは現実には持って帰らない。

 けど、夢がまた始まれば、思い出すかもしれない。


 ここはそういう曖昧な空間だ。


「……僕は……」


 シエルの声が少しだけ震える。


「いままでの旦那様は、みんな、僕のことを大事にしてくれました……でもみんな、最後は僕のことを捨てるんです……家が没落したり、奥様が殺そうとしてきたり……」

「…………」


 ……めっちゃハードじゃん。でもまあ、そういうこともあるよな。


「僕はただ……ただ、安心できる場所で、眠りたいだけなのに……」

「…………」

「今日も……さっきみたいに、昔の旦那様がやってきて……僕を捨てた人のことなんて忘れたいのに、忘れられない……忘れさせてもらえない……」

「……そっか……」


 オレはしばし黙って、テーブル越しにグラスを掲げる。


「……いまここでは誰もキミを責めたりしない。今夜だけは、全部忘れて、オレの前で笑っていてよ」

「……そんなの、できるわけ……」

「大丈夫。無理に笑わなくていい。キミがここにいてくれてるだけで、オレはすごく嬉しいから」


 シエルがふいに、恥ずかしそうに、でもどこか救われたみたいに微笑む。


「……ユーリ様は、不思議な人ですね」

「そう?」

「たいていの人は、捨てられたくないって言ったら抱きしめてくれるのに」


 オレは思わず苦笑した。


「なかなか図太いな、お前。でも、そういうところ好きだよ」


 笑って言って、目を見て――また微笑む。


「そういう図太いやつほど、ホスト向きだ。繊細な奴は寄り添いすぎて、潰れる。距離感が大切なんだ。それに、人間は寄ってくるやつより寄ってこないやつの方に執着する。あえて距離を保って追わせるのもテクだ」

「……ふふっ、悪い人」

「それ、何百回も言われた」


 ごめんね。オレ、いまキミに恋しているから。

 悪いこともずるいことも言うよ。それがホストのお仕事だからさ。


「なあ、さっき、話を聞いてもらってどう思った?」

「……嬉しかったです」

「だろ? ただ聞いてもらえるのも嬉しいもんなんだ。だからお前も、姫たちの話を聞いてやれよ」

「別にうまいこと言わなくていい。気持ちに寄り添ってやるだけでいい」


 共感。これホント大事。問題に対してアドバイスしてやるやつの方が相手のこと考えてると思うんだけど、弱っている人はただ共感してほしいのよ。味方になってほしいの。


「――あとは、笑顔だ。お前の笑顔、ほんとに効くから」


 シエルが目を細めて、柔らかくうなずく。


「最後に、大事なこと。客とは寝るなよ」

「どうしてですか?」

「人間は手に入らないものに焦がれるんだ」


 手に入れた瞬間、夢が現実になる。

 夢はきれいだけど、現実はきれいごとじゃすまない。


「それと、自分の身体は大事にしろ。約束な」

「……はい」

「ん。じゃあ仕事に戻って。気持ちが落ち着いてからでいいから」


 部屋から出ていくシエルを見送り、オレはグラスの酒を飲み干した。


「さて、ホス看つくるか……」




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