10-5
タクミとアンジェリカが言い合う様子を、傍からカルケリルは黙って眺めていた。
ここまで、いろいろと画策して動いてきたカルケリルにここでの出番はない。
部隊は整った。自分は役者ではなく、あくまで部隊を設定する側の存在であることを、カルケリルは十二分に理解していた。
だからこそ、傍観を貫くと決めていた。
元々は人間であったと、アンジェリカは秘密を暴露した。
それでもなお、ヴァーテクスとしての権限は存続している。
アンジェリカがここで別れを切り出せば、この世界で育った人間は何も反論できない。
未だ状況を処理しきれていない、ルイーズも。
処理しきれていなくとも、直感でアンジェリカがいなくなることを感じている、アルドニスやローズも。
そして、全てを処理し呑み込んでいる、ドミニクも。
アンジェリカに反論は出来ない。
そして、カルケリル自身はアンジェリカに対する信頼を積み上げてこなかった。
――――――――だからこそ、君だった。
カルケリルはそっとタクミに視線を送る。
別の世界からこの世界に来て、アンジェリカと出会い、信頼を積み上げたのが、
君で良かった、と。
カルケリルは小さな微笑みをこぼした。
♦♦♦
アンジェリカを引き留め、見つめ合う。
頭の整理なんて終わってない。
それでも、ここで何もしなければアンジェリカは去ってしまう。
彼女は初めからひとりで戦い、ひとりで死ぬつもりだったのだ。
「……………………私の、なにを叩き潰すっていうの?」
困惑するように、アンジェリカが口を開いた。
「ここで俺たちを突き放すことが、正しいって思ってる君の考え方をだ」
「タクミはこの世界の人間じゃないから、知らないでしょうけど。
私が人間だったっていう事実はこの世界に生きる人間にとってはとても大きなことなの!」
「分かってるよ。そんなこと」
「だったら、もう私に人間が付いてくるはずないでしょ!!」
「……………………アンジェリカは、俺たちを馬鹿にしてる。そうやって言い訳して、逃げてるに過ぎない。そんなんで、本当にバジレウスに勝つつもりかよ!?」
「……………………別に、皆を馬鹿にしてるつもりはないわ。私はただ、事実を述べてるだけよ」
「だったら、君は、俺たちの事も、自分自身の事もちゃんと理解してないんだよ」
「……………………なにを……………………」
距離を詰める。
すると、それに呼応するようにアンジェリカは一歩退く。
「……………………そうやって、分かりやすく距離を取ろうとするのは、一体何のためだ?
俺たちを守るためか? それとも、自分自身を守るためか?」
冥界に来る前、ひとりの男と話をした。
そのことを、思い出す。
「…………………………………………」
アンジェリカの瞳が揺れているのが分かった。
だから、ここが踏み込むべき瞬間だと判断した。
「俺も、ドミニクさんたちも、君がヴァーテクスだから今まで付いてきたんじゃない。
君が、アンジェリカだから、一緒に戦ってきたんだ」
その俺の言葉に、アンジェリカが大きく息を呑んだのが、分かった。
「……………………嘘よ。そんなの、私を引き留める……………………」
また一歩、距離を詰める。
「嘘なんてつかないよ。だって、理由がない」
「信じられない。だって、利益が、ないじゃない」
「利益とか、損をするとか、そんな感情で君と一緒にいたんじゃない」
アンジェリカが後ろに下がる。
「――――――みんなは、私がどんなにひどい人間か、知らないから」
「アンジェリカは、ひどい人間なんかじゃない」
また一歩、距離を詰める。
「違うよ。だって、私はずっと独りだった。みんなに能力を与えたのだって、特別な力で釣って私が独りにならないようにするためだった」
突如明かされる彼女の心の内側に、少しだけ困惑する。
それでも、迷わない。
「それでも、君はひどい奴じゃない。それを、俺たちは知っている」
「……………………違う」
「違わない!
だって、これまでの君との思い出が、それを証明している!」
「――――――――――!!」
「だから、もっと。自分に自信を持てよ。アンジェリカ!」
「――――――――――っ!」
アンジェリカは膝を震わせながら、後ろに下がり続ける。
そして、俺はそれを追い続けた。
「…………………………………………だって、この先も私と一緒にいるってことは、本当に、危ないんだよ?」
そして、アンジェリカの背中が壁にぶつかった。
そこで、ハッと驚くアンジェリカ。
後ろを振り返らず、流されるまま後ろに下がり続けた代償だ。
「……………………それが本音だろ、アンジェリカ?」
そして、俺は壁際までアンジェリカを追い詰め、そして更に距離を詰めた。
アンジェリカが優しいことを、俺は知っている。
バジレウスを倒すと意気込んでいて、計画性のない計画を立てて、
大事なところは抜けていて、寂しがり屋で、
笑顔はまるで天使のようで、それでも、どこにでもいるまだ幼い少女のような心を持っていて……………………。
そんな可愛いところをずっと見てきた。
だからこそ、アンジェリカは俺たちに嘘をついた。
「このまま最後の戦いに突入すれば、全員が無事ではいられない。だから、突き放そうとした。そうだろ?」
そう訊ねると、アンジェリカは小さく頷いた。
――――――彼女はずっと独りだった。
俺たちという仲間を得ても、それは変わらなかったのだ。
だから、俺はアンジェリカを逃がさないように右手を壁に着き、更に距離を縮めた。
その距離感に気付いたアンジェリカは一気に顔を赤く染めた。
目をぐるぐると回し、あたふたとしだす。
まるで小動物のような愛らしさだ。
お互いの吐息が掛かるくらい、近い距離。
眩しく光る冥界の輝きの中で、ここだけは少しだけ薄暗かった。
そこで、俺は静かに息を吸い込んだ。
「――――――もう、アンジェリカを独りにはしない」
「――――――な、んで」
アンジェリカの瞳に涙が滲む。それをそっと拭うように、俺は胸の中にアンジェリカを引き込んだ。
「たとえ、君が俺を冷たく突き放したとしても、それが強がりであるのなら、俺は君の味方であり続ける。
だって、俺は、君が好きだから」
心臓が、張り裂けそうなほど高鳴っている。
真っ直ぐに想いを告げる。
そして、ゆっくりと抱擁を解き、アンジェリカを見詰める。
「…………だから、考えを改めて。
俺たちと一緒に戦ってほしい」
その言葉に、アンジェリカは2、3回小刻みに頷く。
そこへ、ドミニクさんたちがやってくる。
「まぁ、私も同意見です。私は、この身が尽き果てるその瞬間まで、貴方の剣です」
「俺もです。俺も貴女を守ります!」
「私も、アンジェリカさまに付いていきます」
「も、勿論、オレも」
その光景に、アンジェリカの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「……………………みんな、ごめんなさい。………………ありがとう」
そうして、ひとりの少女の廃れた根性はここに叩き折られた。
そして、かけがえのない存在を見つける。
独りから、ひとりじゃなくなった少女は、新しい大切なものを得たのだった。




