52話 変なメールって?
夕食を終えた後、僕は美柑の部屋にいた。部屋の主である美柑の顔は、再び真っ赤になっていた。今日だけで、美柑の顔は真っ赤になっては戻ってを繰り返していた。僕もだけど。
「い、いやぁ、ごめんね……まさか、雨漏りするとは思わなくて……」
美柑は申し訳なさげに苦笑いし、顔を気まずそうに俯かせる。本来なら、僕はこの家で使っていない部屋を借りさせてもらう予定だったのだけど、何とその部屋がこの雨で雨漏りしてしまったのだ。雨漏りしている箇所は一部だけど、他にも危険な場所はあるかもしれないとのことで、急遽美柑の部屋で寝ることとなったわけだ。
「し、仕方ないよ。というより、僕の方こそごめん……」
美柑と同じ部屋で寝ることは、前回の温泉旅行の時にもあったけど、その時は疲れていたこともあって(迷惑メールの件もあるし)、そこまで意識することもなかった。けど、今回は違う。お互いにまだ目が覚めてるし、何よりここは美柑の部屋なのだ。自然と意識だってしてしまう。
「そ、そういえば、あの部屋って何なのかな? もしかして美柑の父親の書斎とか?」
何とか気まずい雰囲気を和らげようと、僕はさっきの部屋について話題を変えた。
「あ、あれはただの空き部屋だよ。その、うち、お父さんはもういないんだ」
……地雷を踏んでしまった。聞いてはいけないことを聞いてしまい、雰囲気がより気まずくなってしまう。
「ご、ごめん……」
「う、ううん! そこまで重く捉えないで大丈夫だよ!? もう何年も前のことだし、私ももう大丈夫だから!」
本当に大丈夫なのか、美柑は明るく振る舞う。それに幾分か救われる気持ちだけど、次にどんな話題を上げればいいかわからない。結局、気まずい雰囲気が残ったままになってしまった。
沈黙が数分続いてしまう中、突如スマホの着信音が鳴った。
「「……っ!?」」
お互いにビクッとした後、スマホを見る。音が鳴ったのは僕のスマホの方で、ましろからメールが一件届いていた。
「な、何だ、ましろか」
胸をなでおろしつつ、僕はメールを見る。そこには、『雨すごいけど、二人とも大丈夫だった?』と僕と美柑を心配する内容が書かれていた。
「ましろんから何てきたの?」
美柑がソワソワした様子で聞いてくる。僕はスマホを見せて美柑に言った。
「僕たちのこと心配してくれたみたいだ」
美柑もましろの気遣いを知ると、嬉しそうに顔の表情を和らげる。ましろのおかげで、気まずかった雰囲気がだいぶマシになった。感謝の念を込めつつ、こっちは大丈夫という旨の返信をした。
「そうだ! メールで思い出したよ! 私ね、この前変なメールが送られてきたんだ」
「変なメール?」
何気なくそう返すと美柑は頷き、スマホを取り出してその変なメールというものを見せてきた。
「これだよ! 何か、あんのうん? っていうよくわかんない名前なんだけど」
美柑からこぼれたその単語に安堵したのも束の間、僕の体は冷水をかけられたかのように強張ってしまった。
「な、なんだって!?」
僕はすぐに詰め寄り、美柑が見せてきたメールを見る。差出人欄には『unknown』とあり、文面には、『あなたの秘密を知っています。ばらされたくなかったら、水城蓮には近づかないでください』と書かれていた。
「ど、どうしたの? 顔が怖いけど……」
美柑の少し怯えた声と顔に我に返る。一旦深呼吸をし落ち着きを試みる。けど、心臓はバクバクと鳴り響いたままだ。
「ご、ごめん……いや、でもこれは……」
僕は焦りつつ、メールを改めて見る。メールの受信日及び時間は、僕が『unknown』からメールが送られてきたのとほぼ同じタイミングだ。
「レンレン、本当にどうしたの? このメールに何かあるの?」
美柑の疑問を浮かべている顔に、僕は困惑してしまう。
「えっと、美柑はこのメールを受け取って何も感じなかったの?」
何かしら危機感を覚えるのではないだろうかと思い尋ねてみたけど、すぐにそうではないことに思い当たってしまう。
「え? 感じるって言われても……あの時は、ただ変な迷惑メールだなと思ったくらいかな」
やっぱりと思いつつ、内心で少しガクッとしてしまう。
「いや、でも秘密とか書かれてるんだから 不安になったりしなかったの?」
「それは少しあったけど、でも、秘密って言われてもどのことを指してるのかわかんないし。それに、メールが来てからもレンレンと一緒にいたけど、何かをされたわけじゃないから、やっぱりただのいたずらかなって」
美柑は「うーん」と唸ってみせた後、ニコッと笑みを浮かべた。
確かに、僕も最初のメールが送られてきて以降、しばらく何も起きなかったからすっかり油断していたものだ。けど、今回この事実を知ってしまった以上、もう無視はできないし、美柑に秘密にしたままにもいなかなくなった。
「美柑、その秘密のことだけど、おそらくそれは、ゾンビのことを指してるはずだよ」
僕はそう言って、自分のスマホに送られてきた『unknown』からのメールを美柑に見せた。
「あれ? レンレンにも届いてたの!?」
美柑が目を見開いて驚いている。僕は頷き、その先を話す。
「僕に送られてきたメールの内容にも秘密ってある。それに、最後には美柑と近づかないでと書かれている。美柑に送られてきたメールも合わせて考えると、僕と美柑の秘密を指しているのは、僕と美柑に共通しているゾンビの体のことを言っているんだと思う」
わざわざ僕と美柑に似たようなメールを送ったということは、たぶんそういうことだろう。
「な、なるほど……!? でも、何でこんなメールを送ってきたんだろう?」
美柑はますます疑問符を頭に浮かべるかのように顔をしかめる。
「それはたぶん、この送り主が美柑のことを好きだからだと思う」
「え!? 私のことが? レンレンじゃなくて?」
美柑が心底驚いた顔をする。まさか自分が送り主から好意を持たれてるとは思わなかったのだろう。まあ、美柑に送られてきたメールの内容だけ見ると、そう捉えても変ではないけど。
「うん。これも見てほしいんだけど」
僕は続いて、『ヒマワリ』からのメールを見せる。
「あなただけを見つめる? ……この人はレンレンのことが好きってこと?」
美柑がわずかに悲しげな表情を滲ませた顔で僕を見る。え? もしかして美柑、この『ヒマワリ』に妬いてる?
「そ、そうじゃなくてっ……次、これも見てほしいんだ」
僕は慌てて二通目のメールを見せる。けど、美柑の顔はますます悲しげなものになっていく。
「やっぱり~、この人、絶対レンレンのこと好きだよ~!?」
美柑がこの世の終わりでも見ているかのような顔で嘆き始める。だから、何でそうなっちゃうの!?
「ち、違うんだ!? 一通目のメールをよく見てほしいんだけど、これが送られてきたのは、『unknown』から送られてきたメールのすぐ後なんだ。つまり、『unknown』と『ヒマワリ』は同一人物の可能性が高いんだ!」
僕は美柑を安心(?)させるため、その予想を伝える。
「……同じ人?」
美柑はまだ疑い深い顔だ。僕はすぐにその証拠を話していく。
「この『ヒマワリ』からのメール、一通目単体で見るとわかりにくいけど、二通目と合わせてみると意味が予想できてくるんだ。二通目は、『ヒマワリ』が美柑のことを好きだから、僕を牽制するような言葉を投げかけてきた。そう考えて一通目を見ると、『あなただけを見つめる』は、『あなたを監視している』とも読み取れるんだ」
あくまで予想でしかないけど、可能性は高いはずだ。何より、美柑に送られてきた『unknown』からのメールも考えれば、可能性はより高くなる。
「『unknown』からのメールも、僕と美柑のを合わせると、僕が美柑に近づくことを牽制させるものと読み取れる。この2種類のメールはともに、美柑と仲良くする僕を脅すためのメールと考えることができるんだ」
それに、今話した以外にも、美柑に送られてきたメールからも予想を裏付けるようなことがある。それは、美柑に送られてきたメールは、僕のものに対して、どこか口調が柔らかった。これは、美柑に好意があるからこそのことだと思う。
「で、でも! 何でそれぞれ名前が違うの? アドレスも違うし」
美柑が当然の疑問を覚える。それは僕も気になっているけど、それもたぶんこの予想で合ってるはず。
「それは僕を混乱させるためだと思うよ。実際、僕はそれでだいぶ頭を悩ませたからね」
僕がそう言うと、美柑はやっと少しばかり安心した様子を見せてくれた。
「そうだったんだ。レンレンも、この人が誰かはまだわかっていない感じ?」
僕は苦しい顔で頷く。ここまで予想はついたけど、肝心な送り主の正体は依然として何もわかっていないんだ。
「そっか、だからレンレン、最近悩んでたんだね」
美柑の口から出た言葉に、僕は思わず聞き返す。
「え? 悩んでたって」
「だってここ最近のレンレン、難しい顔する時あるんだもん。私、気づいてたよ?」
僕は呆気に取られてしまう。まさか、美柑に気づかれてるとは思わなかった。
「レンレンの悩み事はわかったよ。そのメールの送り主を探しているんだね? なら、これからは私も協力するよ!」
美柑は任せてと言わんばかりに自分の胸を叩く。
「なっ!? き、危険だよ!? 向こうは美柑を狙ってるんだよ!?」
「でも、今一番危険なのは脅しを受けてるレンレンだよね? なら私は無視できないよ! 友人が困っているなら、私は助ける! これもさっきのお風呂のことと同じだよ。レンレンだって、逆の立場だったら助けるよね?」
美柑の言葉に、僕は押し黙ってしまう。それはそうだ。もし逆で、美柑が僕のような状況だったら、僕も迷わず助ける。結局のところ、美柑にこの話をしてしまった時点で、美柑がどうするかなんてわかりきっていたことだ。
「……わかった。けど、危険なことだけはしないでね」
「うん!」
力強く頷く美柑に、とりあえず僕は美柑を信じることにする。送り主は美柑に好意を持っているから、被害が及ぶようなことはないと信じたいけど、こんな方法で脅しをかけてくる相手だ。油断だけはしないようにしないと。
「そうだ! レンレン、ちょっと待ってて!」
言うが早いか、美柑は部屋を飛び出してしまった。何事かと思っていると、美柑はその手に何かを持って戻ってきた。
「はい、これ! 本当なら明日渡すつもりだったんだけど、忘れないうちにと思って」
「え、これって?」
差し出されたのは、クッキーが入った包みだった。
「この前勉強を教えてくれた時のお礼だよ!」
言われて思い出す。そういえば、お礼をしたいと美柑は言っていたっけ。まさか、こんな形でお礼をしてくれるなんて。正直、嬉しい。
「ありがとう! これ、美柑が作ったの?」
「うん! その、お菓子を作ったの初めてだから、上手にできたか自信ないけど」
美柑は頬を掻きながら、照れているのかチラチラと僕を見てくる。僕はさっそく包みを解き、クッキーを食べさせてもらった。
「うん! すごい美味しいよ!」
「ほ、本当!?」
僕は頷き、もう一つ口に頬張る。バターの香りがほのかにし、甘すぎることもないためいくらでも食べられそうだ。紅茶かコーヒーでも欲しくなるところだね。
「にゃはは、良かったよ、喜んでくれて」
美柑が安堵と喜びが混じった顔をする。僕は残りのクッキーも食べつつ、美柑にもう一度感謝した。お礼をしてくれたこともだけど、このおかげでさっきまでの深刻な雰囲気はすっかり消えてくれた。
不安や心配事があっても、ずっと辛気臭い顔をしててもしょうがないよね。




