表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
臆病兎の錬金経営譚  作者: 桜月華
50/148

50話 謁見する錬金術師

幻神歴2960年1月15日


シャマーユ本国 皇城

賢者会議の場


有史以来初めての偉業と奇跡を成した功績者への恩賞と待遇が話し合う場が開かれた


薄い暗幕で姿を仄めかしているが皇帝陛下を筆頭に全ての賢者と従者達が勢揃いしている

この場での発言は陛下と待遇の話し合いを直接行う薬学最高位にして賢者ジルと功績者カレン・アシュリーと付添の専属? の受付嬢リールー・エイシャの4名だけとなっている


それでも皆言葉は発せずともこれまでにない程緊張していた

様々な素晴らしい効果の品々に加え到達点への解明、そして更にその到達点の上という未知にまで至った歴史上初の場なのだ

そしてその功績者の返答次第ではその功績者が賢者になるのかもしれない、と皆開場を緊張を張り巡らせて待ち望んでいた


・・・・・のだが


今現在その緊張とは違う意味で場の皆が困惑しどよめいていた・・・


中央で2人が膝を付いており受付嬢は淡々としているのだが件の功績者がそれはもう目に見えて泣いて震えて怯えている

知らない者がこの光景を見たら誰が見てもこう思うだろう


死刑判決待ちの罪人の様相だと・・・

頭上のうさ耳は見てて哀れな程に委縮してしゅんとして震えており、すすり泣いている

かつて此処に乗り込んだ姉兎とまるで何もかも逆ではないかと・・・・・


それと同時にカレンを見て幾名かの賢者に別の驚愕を襲った

件の功績者カレン・アシュリーの身に纏っている装飾品が伝承で見知った神器や聖遺物と見抜いたのだ


蓬莱の玉の枝 権力者が所有すると権力を増す聖遺物

ソロモンの指輪 悪霊や悪魔を使役するという遥か昔に世界を統治した強大な覇者がこれを用いて世界を蹂躙した神器

スヤマンタカの腕輪 持ち主が善人だとよく守護し、悪人だと滅ぼす力があるとされる審判の神器

ハスターの指輪 魔道具の発明と成功率が大幅に上昇する神器

ケリュケイオンの杖 かつて錬金術の神ヘルメスが愛用した杖で錬金術に関する閃きが極限上昇する


幻の神器や聖遺物を拝められて感動と同時に疑念も浮かんだ

そのどれもが疑似奇跡や奇跡の効果なのだが発動されていないのだ

そのどれもが行使されず、しかも一部は用途の異なる装着方法から本人がその効果とおそらく価値に気付いて無いと悟って後に陛下に進言した、何せその1つでも国が買える程の途方も無い価値と効果を本人が無自覚に身に着けているのだ。効果と危険性を必死に訴えた所陛下は「あ~それかと」と呆れたように続きを語った


「カレンの装備してるのは確かに神器や聖遺物だが本人はそれが何で名前もどんな効果か価値も、何より使用法も知らん。というかあいつの工房にそれこそ山の様に神器と聖遺物が埃被ってるぞ。本人は用途不明で姉の贈り物だから置いてるが錬金素材じゃないとか興味も無く言ってほったらかしだ。コボルトなんか俺のグラムと同じ神剣を部屋に飾ってるんだぞ? しかも酒器にあのいかれた宗教国が国是と掲げて血眼で探してる聖遺物の聖杯使ってると来たもんだ。笑えるだろう。ははっ 何? 強奪の心配? あのアリスとシャイタンにアマネ様のいる家に? それこそ竜でもないと無理だろ」


・・・・・



戻って再び賢者会議の場


眼前で委縮しきって震えるカレンにジルが慌てて駆け寄り、両膝を付いてカレンの手を取り優しく声を掛ける


「カレン様。この場でカレン様に害成す者は誰も居りません。当然御身を食べる等有り得ませんのでまずは落ち着いてくだされ」


先の問答から御身の緊張が判るので先ずは落ち着て頂こうとジルは無心での行為だった

ジルからしたら己が崇拝する神が目の前で困ってるのだ、当然と言える行いだ


「・・・・ひゃ・・は、はい・・あ、あの・・こ、このような、こ、光栄な場に私の様なし、し、しがにゃい一商人を・・・」


その台詞で漸くカレンは状況を薄々理解し始め、先ずは領主との初対面の時同様に前口上を述べようとたどたどしくもどもりまくながらも発する


カレンはリールーに嵌められ、領主による受勲の更に格式の高い場だと思って自分の判る限り頑張って接しようと試みるのだがそれを眼前の老人が吹き飛ばした


「ははははっ! カレン様が一商人なら儂は商人見習い補佐ですな! どうぞ御自由に御言葉を崩してくだされ。儂のことは客か平民とでも思ってくだされ。申し遅れましたが儂はジルと申します。気軽にジルとでも御呼びくだされ」


比喩ではなく己が追求し続けた到達点へ至り、その先の未知を切り開いたカレンと自分ではそれぐらいの差があると誰よりもこの場で理解してるジルの本意からの言葉だ。


そしてこの先の話し合いに格式など必要ない、率直な、カレンの本心からの言葉を望むジルは事前の打合せの段取りを崩して会話をする


事前の予定では先に賢者を告げ、話の手順など綿密に決めていたのだが全て吹き飛ばした


「よ、宜しいのですか?」


手探りの様に恐る恐る伺うカレン

ここで漸くうさ耳の震えが収まる

目の前の老人の親しみ易い気軽な声と台詞にカレンは眼前の人が誰かも不明だが取り敢えず以前の受勲の様に段取りを意識しないで丁寧に話せば良いと理解した。老人の表情は穏やかなのもあったが瞳がカザネみたいにオッドアイ・・・と気になったのだがどうやら左目に難があるのか眼球が動かず瞳の色も右の金色より言葉は悪いがくすんで色褪せているようだ。


「勿論ですじゃ。この場で如何なる言動も発言もカレン様も隣の者も許されておりますし一切の罪を問いません。気楽にしてくだされ」


「はぁ・・えっと、解り・・承りました」


「この場にはカレン様の実績提供された品々への功績を称えて恩賞と待遇を決める為に来て頂いたのですが、恩賞は最後としてまずは待遇についてカレン様の御意見を伺いたいのです」


「待遇・・ですか?」


眼前の老人が優し気に視線を向けて述べる(カレン以外の誰もがその眼は狂信者が己が崇拝する神に向けてる眼と察してる)

そしてカレンはてっきりお金や勲章をもらう場と思っていたのに待遇と聞いて意図が掴めずに間の抜けた顔で疑問をぶつける

うさ耳も左右にピコピコ動いてこの場の陛下とリールー以外の全ての者が玉兎、もしくはアシュリー姉妹の頭上のうさ耳の特徴を知った


「ええっ! 今回実績公表された品々はどれも素晴らしい品々ですがその中でも到達点たるフルポーションとその先の未知とも言えるノーブルポーションに至っては余りにも功績が素晴らしいので恩賞だけではとても対価に釣り合いませんからな!」


到達点へ至ったとなれば恩賞金や勲章をどれだけ積もうとそれで済ます訳にはいかない

まずは自覚の無いカレンの功績の素晴らしさから順に説明を、とジルは思ったのだが・・・

この場の皆が予想外の台詞をカレンは落とす


「―――えっと、ノーブルポーションは提供しましたけど・・フルポーションってなんです?」


今回提供した品の名前は付けた

ノーブルポーションもその1つで明らかに異常な効果と自覚していた内の品の1つだ。だがフルポーション等の名前は付けて無いし聞いたことも無い。

カレンからしたらなにそれ? 状態だ

うさ耳は器用に上下にゆっくり揺れている



「――へ?」


この場の全員の言葉をジルが代弁して発した

これには流石にジルも一瞬混迷した


そんな中、あっ! と状況を理解したリールーが隣で膝を付いてるカレンに教える


「っ! あ~、カレンさん、貴方の提供した品の最上級を超える最最上級ポーション。あれがフルポーションなんですよ」


カレンが今回実績提供した際にフルポーションだけ最最上級という馬鹿な名前が付けられていたのでその到達点の品を知っていたリールーがフルポーションだと正しく訂正したのだ


「そうなの? フルポーションっていう名前なの?」


どうやら隣の阿呆の子でもある友人は組合加入時の薬学の到達点であるフルポーションの名を忘れているようで品も到達点だと自覚してないと察してリールーが呆れながらも分かりやすく説明する


当然この間カレンとリールー以外はジル含め全ての者が間の抜けた顔になっていた、それは暗幕の向こう側の陛下もだった


「・・・薬学組合員の目標であり到達点でもあるフルポーションです。ちなみに錬金術でいう不老不死の妙薬や生命の錬成といった到達点と同義です」


友人の馬鹿っぷりはこの場の誰よりも理解していたので薬学の到達点と説明してもはぁ・・・ぐらいしか感想が無いと察して錬金術も交えて例える

この場の誰もがリールーの機転の良さと謁見前の珍問答でカレンにとっても最重要な人物だと理解した瞬間でもある


「不老不死と同じ!? 凄い!!」


それは凄いと目をキラつかせて称賛する。

かつて己が数々の一品物を崖から飛び降りる勢いで錬成しても失敗して挙句自慢の胸が慎ましくなるという悲惨な結果となったのにそれに到達してるも同様と知って思わずうさ耳もピンッと立ち上がる


・・・・・それが自分の事だと知らずに


「・・・その凄い事に無自覚で到達したのが貴女ですよ」


リールーは思わず場の格式も忘れてジト眼で隣の阿呆の子に知らしめる

そしてカレンより先にジルが事情を理解した


「は、ははははっ!!!! カレン様にとってはフルポーションですら他愛無いようですなっ!!! 正にヒュギエイア様のような御方じゃっ!!!」


まさか無自覚で己が眼前におわす神は到達点たるフルポーションへ至り、その先の未開へと切り開いたと知ってジルは思わず己が心境を声を大にして打ち明ける


ヒュギエイア様の化身とすら思っていたのに最早ジルにとってカレンはそれを上回る新たな薬学の神として益々狂信が増した


「は、はぁ・・・えっと、有難う御座います」


眼前のジルの狂喜振りに思わず引いたカレンは半周して冷静になってしまった程だった

とりあえず褒められてるのは判るからお礼を、と呟く


ジルとリールー以外の皆がカレンの異質振りを改めて認識してその凄さを思い知る

某賢者は(カレン嬢は凄いのう! 魔道具だけでなく薬学は最早賢者を超えとるのう!!)と1人一早く思い至った


「何を仰います! 御礼を申し上げるのは此方のほうですぞ! その素晴らしい叡智を見せて頂けたのですから! ――――そしてその叡智による対価についての待遇なのですが、先ずカレン様は賢者について何処までご存知ですかな?」


数千年掛けて追及してきた結晶とその先の予想だにしなかった新たな結晶を魅せたカレンにジルは手順は狂ったしそれはどうでもいいが先ずは現状を己が神に知ってもらおうと判りやすく伺い、説明しようと試みる


「・・・えっと、すみません、偉い人・・と、しか」


リールーから陛下の次に偉いとは聞いたが貴族ではないとも聞かされカレンとしてはその地位がどういうものか不明だった。

なので素直に偉い人としか言えなかった。

幾ら眼前のジルが気さく(狂信者)でもこの場は理解してるのであまりにも不躾な事は言えないとはカレンも判るがそれでもそれしか浮かばなかった

うさ耳はピンッと立ち上がってたのが徐々に折れていた


「成程成程、カレン様を前に賢者を名乗るのは烏滸がましいですが、現在儂がその賢者を務めてましてな、カレン様の待遇はその賢者に正に相応しい、否、当然とも言える地位ですな!」


「は、はぁ、えっと、それは私がその賢者になるってことですか?」


ジルは当然と言ったが本来なら到達点へ至ったとなれば国の威信に掛けて賢者の地位に就けなければ他国へ冒涜と受け取られる程だ、ましてその到達点を上回るとなれば殊更だ。


「勿論カレン様が望めば直ぐにでも賢者に就けますぞ! ただ、賢者の地位に付くという事は本国に住みこの場に定期的に出席し薬学組合を統括せねばなりません。国内国外含めて当然公の場に顔が知れ渡ります。カレン様の種族は承知ですがその身に降り掛かるあらゆる脅威からは国が威信を掛けてお守り致します。当然それに見合う権力と地位、高給が与えられます」


これはジルの独断での発言だ、本来賢者の正確な高給は伏せられている

だが目の前のカレンはその賢者に相応しい、否、当然の人物なので包み隠さず賢者の職務を詳細に述べる

ジルはカレンの言葉で決めると陛下に進言したがそれは賢者の詳細を包み隠さず伝えてその結果からカレンに決めてほしいのだ


「・・・」


カレンはその台詞を聞いても黙したままだった

構わずジルは続ける


「まず権力と地位ですが貴族の爵位は有りませんが国内で陛下に次いでの権力があるので殆どの事は許されるし出来ると思ってくだされ。高給についてですがこれは実務で差がありますが毎月星金貨600~800枚以上は入りますな。勿論功績に応じてそれ以上の時も有れば恩賞もその都度御座います。如何ですかな?」


その莫大な高給は陛下と賢者と一部の従者しか知らないのでそれを知らなかった他の従者はその余りの高給に驚いた

リールーに至っては賢者様のその高給振りに開いた口が塞がらずに現実味が沸かない程だった

だがそれよりも恐らく隣の阿呆の子にはそれを詳しく伝わってないと思い口を挟む


「すみません。ジル様、カレンさんには詳細が伝わってないと思うので補足説明を宜しいでしょうか?」


「勿論じゃ」


ジルはにべも無く頷く、視線は己が神へ向けたままに・・・


「カレンさん。ざっくり言うと賢者様の地位に就くと陛下の次に偉いのでそれこそ貴女の好きな事が国内でほぼできると思ってください。望めばルルアの領主様と変わってルルアを好きに統治できます。それこそ貴女のいう貴族様に陛下以外の全ての方に頭ごなしに命令を出して従えさせられる事も出来ます。ですが、当然先程ジル様が仰っられた様にそれ程の強権と特権があるだけに政務が科せられます。よく考えてください」


一介の受付嬢であるリールーですら知ってるだけでももっと細かな賢者の特権があるのだがそれをカレンに説いても無駄と判ってカレンにも伝わりやすく、無礼にも当たる内容だがそれを告げる


その甲斐あってカレンは漸く賢者の地位と特権、政務が朧気ながらも伝わる

カレン以外の皆が益々リールーの有能振りとカレンへの接し方が適してると伝わった


ここで漸くカレンが重い口を恐る恐る開く


「・・・・・えっと、断ったら何か罰とか有るのでしょうか?」


カレンからしたらジルの最初の説明の本国に住むと言う時点で答えは決まっていた

言うまでも無く有り得ない、論外だった。唯でさえ人が多いのは怖いのにルルアを離れるなど選択の余地すらない

途中の賢者の高給を聞いて内心なにそれ! 毎月ドラゴンの素材買えるじゃん! と馬鹿な事に考えが及ぶぐらい選択外で放棄していた


辞退するのは確定だがそれを蹴って罰があるのか確認したい、と

その台詞でジルはカレンの答えを悟った


「いえいえ、賢者に就くも就かないもカレン様の御自由に決めてくださって構いません。当然断ってもなんら罰は有りませんしこれまでと変わらず御過ごしくだされ。どちらを選ぼうと莫大な恩賞はカレン様には与えられますぞ」


「その・・・私はルルアで家族と過ごして、アシュリー工房で魔道具を作りたいのでお断りしたいのですが・・・」


自分はとうに欲に飽いている

だが他の者からしたら賢者の地位は是が非でも欲したい地位だ、それこそ賢者を亡き者にして席を空けようと企てる愚か者がごまんといる程に


その賢者の詳細をジルは包み隠さずカレンに伝えた


にべもなく己が神はそれを蹴った

ジルもこの結果は予想していたし、賢者の地位に就いて危険と隣り合わせの代価に莫大な富と特権を己が神が望まないと判っていた。


そしてカレンの言葉は自分には余りにも無欲な、温かい内容だった

己が神の情の深さを知った


ジルは満足気な顔をしてそれを受け入れる。そして次なる本題に移る


「――――そうですか。判りました。ではこれまでと同様に健やかにお過ごし下され。――――――そしてこれは賢者と関係無く、カレン様の提供された品々のフルポーションとノーブルポーションについてですが」


「は、はい」


「これらは隣の者が先に言った様に錬金術でいう不老不死という到達点とその更に上という未知としか言い表せない有史以来初の快挙にして偉業なので当然世界に公表せねばなりません」


「判ります」


到達点の隠匿など論外だ、カレンも此処に至って自覚した


「ええ、当然この偉業を成したカレン様の名で公表するのが正統でしょう。ですがそうなりますとカレン様の御名が賢者や陛下より知れ渡りましょう。勿論歴史に御身の名が残るのは言うまでも有りますまい。しかし当然御身の素性もすぐに知れ渡りますがそれによる御身に降り掛かる害意からも国が威信を掛けてお守り致しします。どう思われますかな?」


「・・ぇ、それは・・・えっと・・・」


そしてその結果を語られカレンはああ・・・と漸く完全に理解した


「カレン様を悩ませるようで心苦しいのですが先ずは聞いてくだされ。当然、陛下含め我々賢者はその様な事はカレン様が困るという事は理解しているので代案としてフルポーションとノーブルポーションを現在の賢者、つまり儂ですな、儂の名で公表しようという案もあるのです。そうなりますと到達者としての名や後の名誉が儂に、という事になります。当然到達者として儂が仮に名乗るだけなのでその功績による恩賞はカレン様に与えられますぞ。勿論カレン様がそれに御了承頂ければ、という話ですが」


己が神は名誉を望まない、公表を辞退しようと選択するのはジルも判る


「あ、じゃ、じゃあ・・・」


成程! と思い了承しようとしたが次に聞かされた台詞はカレンにとってあらゆる意味で痛かった


「―――同盟国のフルーラが到達した黄金錬成。これを到達者のスーピー様本人が納得してるからカレン様の手柄として名乗ってもよいか? という事です。御分かりですかな? この場の皆カレン様を案じてそれを考えておりますが儂としてはそのような事は例え陛下の命でも首を縦に降れませぬ。その場合他の者が賢者となって其の者次第ですが恐らくはその者が到達者としてカレン様に代わって名を刻む事になりましょう・・・」


この場の重大性にカレンは完全に理解した。そして目の前の賢者ジルがどれ程清廉かも伝わった


つまり不老不死の妙薬を姉が作ったとしてそれを姉の了承があるからと言って自分の名で公表できるか?


出来る訳がない


職は違う。ポーションは専門としていない。だがそれでも、富も名誉も関係ない、己が尊厳に関わるのだ

到達点の横貫きとは最早そういう話だと、カレンは此処で漸く実感して賢者ジルの悔しさと自分への労わりが伝わった・・・


「・・・・ぁ、そ、それは・・・」


当然、是も非も言葉が浮かばず二の句が継げなくなった

体が当初の緊張とは違う意味で震える

カレンは決断を迫られてると判るがその結果次第で目の前の賢者ジルに最大の侮辱を与える事になるのだ

うさ耳は垂れたままで言葉が続かなかった。。。

賢者ジルも、隣のリールーも、この場の皆カレンの苦悩振りを見て取れる


「無論今すぐ決められる事ではありますまい。カレン様の選択が決まるまでフルポーションとノーブルポーションは一旦隠匿して置くので十分考えて頂きたいのです。その間ルルアへ戻り今まで同様お過ごしして何ヵ月、何年だろうと待ちますので御心が決まりましたら仰って下され」


この判断は陛下も預かり知らぬジルの独断だった

最悪首を跳ねられようとカレンの判断が決まるまで自分は首を縦にも横にも振れない

ジルも決死の覚悟だった・・・


そしてそれすらも伝わったカレンは此処にきて、本心から言葉を告げる






「・・・・・ジル様の苦渋は職は違えど判ります。それでも・・・ごめんなさい。それでも私の我儘でジル様にお願いしていいでしょうか?」





カレンは涙を流し、頭を伏して賢者ジルに最大の侮辱を押し付けた





「――――――――本当にそれで宜しいので? 今すぐ決めて頂かなくても・・・」


「――――――私は姉様やアマネ、シャイタンさん、コボルトとアシュリー工房で過ごしたいです。身勝手でも、それが不名誉を押し付けると判っても、とても私や姉様はその責任が負えませんし・・その、正直怖いです・・だから・・・お願いしたいです。ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・」


目の前の賢者ジルは決死の覚悟で清廉に自分に決断を任せてくれた

だから自分も、我儘でも、目の前の賢者に不名誉だろうと、伏したまま本音を吐露した、申し訳ないと思うが・・・


怖いのだ。自分は臆病なのだ。自分や大好きな姉が世界に素性が知れ渡るのが何より怖い。

隣のリールーは黙って見守りつつ(カレンさんはやっぱり臆病だなぁ)と当初出会った時と同じ思いを浮かべ無意識に笑みが浮かんでいた。





そしてジルは己が神の本音と本心を受け取った





「――――成程、カレン様の御心が判りました。――――――不肖ながら儂の名で公表させて頂きたく存じます」



頭を伏す己が神を優しく肩を支え正す

もう満足だ。己が神の覚悟と、事情を理解して、涙を流して自分にお願いしてくれた


己が神がだ。

ならば喜んで受け入れよう。

そして己が神に細やかながら我儘を言わせてもらおう

ジルは狂信の眼は変わらないが緊張が解れ満面の笑みで語る



「ただこれは儂の我儘ですが、それでもカレン様の功績が残らないのは余りにも心苦しいので、せめてカレン様の二つ名、智癒を頂いても宜しいでしょうか? せめて御名で無くともその二つ名だけでも残したいのです。儂のせめてもの思いを汲んで下さると有難いのですが・・・」


隣の者が言った。智癒国にしてはどうか? と、成程、こういう意味だったか・・・

ジルは隣の者、リールーの真の意を此処で汲んだ

そして己が神の欠片でも残したいと我儘をぶつけた。



涙も収まりカレンは此処に来てまたも疑問符が浮かんだ

そしてかつてのトラウマと同時に納得の行かない二つ名を思い出す


「・・・・二つ名?・・治癒? あ、ぁ・・・ああああぁああ~!!!」


なにが治癒だ!

魔道具専門なのにこれではポーションの先駆者ではないかと、当時の受勲式での納得いかない二つ名を思い出し

思わず場違いにも頭を抱えて可愛い叫び声をあげる


「っ!? い、如何されました!?」


己が神の悲鳴に思わず不敬かと逼迫して詰め寄るジルだが・・・


「思い出したっ! 是非! 是非お願いします! 私魔道具専門なのに治癒は納得できないです!!」


これも紛れも無い本音だ・・・・・そしてカレンは賜った二つ名、智癒と治癒の違いを終始気付かず喜んで手放す

うさ耳も納得いかないとばかりにばたばた揺れ動いて抗議していた


その場違いなカレンの様と空気に皆再び呆れ・・・


「・・・ふ、ふはははっ!!! 成程成程、判りました! ではその二つ名、智癒は有難く儂が引き継がせて頂きますぞ!」


「はいっ!」


勢い良く頷くカレンだった


「まっことカレン様は素晴らしい御方ですなっ! 成程、とても賢者には収まりますまい。先程申されたようにルルアにて家族の皆と健やかにお過ごしくだされ」


己が神の叡智、性格、人柄、純粋振り、そして可愛いとぼけ振り。

ジルは己が神の人となりを垣間見て幸福に満ち溢れていた。


「有難うございますっ!」


賢者ジルの言葉にカレンも満面の笑みで返礼する

そしてこの場の皆この結果に言葉も無く満足だった

リールーは(賢者様の地位を蹴ってあの珍品を作りたいなんて阿呆の子ですね・・・まぁ精々あの詐欺師バージルを困らせてください)と苦笑いで見届けた


「うむうむ。陛下。儂の覚悟は聞いての通り。決まりましたぞっ!」


満面の笑みで立ち上がって陛下に一礼して席に戻るジル

己が神の本心からの選択でこれから先の国の行方を思い浮かべ恍惚としていた


そしてカレンとリールーがこの場に入室して初めて陛下が厳かな言を発する


「うむ。カレン・アシュリー。本来なら余の名を名乗るべきだが、今回この場に置いては全てを賢者ジルに任せてあるので恩賞だけ告げる」


本来ならまずは真っ先に名を告げるのは皇として、相手にも当然の礼儀であり当初予定していた手順だったのだがこの流れを汲んでそれは無粋だと思い言葉通り恩賞だけ告げる事にした


「っ!? は、はいっ! 有難う御座います」


陛下の厳かな言葉を始めて? 耳にして慌てて陛下に向かってカレンは姿勢を正し膝を付く

リールーも並んで姿勢を陛下に向け正す


その2人を目にして陛下が予定通りの恩賞を告げるがその一部をカレンの選択次第で変更する

之も事前に話し合って決めていた。そしてそのまま隠さず告げる


「してその恩賞なのだが、恩賞金・勲章・様々な既得権益や特権が相応しいのだが、先の話し合いで其方にとって既得権益と特権は不都合と判断してその分も含めて恩賞金に加えるとして、余のほうで恩賞金の額を決めてあるのだが、ノーブルポーションの恩賞額はそれこそ未知。故にカレン・アシュリー、まずは其方の望む額を提示するが良い」


カレンの選択次第で賢者に就くか? 到達点を自分の名で公表するか? その選択次第で既得権益と特権を用意していたがカレンの選択はどちらも否でその結果の判断でそれらを除いてその分も恩賞金に含める案だった


そして希望の額を与える。前代未聞だが功績がそもそも前代未聞なので一応様々な選択次第での恩賞金は決めていたが満場一致で先ずはカレンの希望額と決まった。その額が予定していた恩賞金の額をどれだけ超えようとも応じるというのも満場一致だった。



そんな意も汲めずカレンは又も陛下の言葉で混迷する

王様に凄いことしたから報酬上げるよ。幾ら欲しい? と聞かれてこれだけ欲しいです。なんてカレンが決められる訳が無い


「・・・・ぇ? えっと・・・それはお金、あ、恩賞金を私が決める・・・という事でしょうか・・?」


目に見えて狼狽しながらカレンはおっかなびっくりお伺いを立てる

うさ耳は器用に左右に揺れ動く


「うむ。未知の功績だけにまずは其方の希望額を優先したい。遠慮はいらぬ、望む額を言うが良い」


思わぬ結果となったが到達点の凄さは職は違えど判る

ではその恩賞がどれぐらいが相応しいのか? 世間からかけ離れたカレンが判る筈も無く・・・

希望額と言われてもさっぱり思い浮かばずしどろもどろになりお金と聞いてあるものが浮かびそれを望む


「え・・えっと・・・で、では恐れながら、その・・・星金貨300枚を頂ければと・・・」


相応しい額なのかどうかも判らない。高いのか安いのかも不明だが、今唯一浮かぶ額と言えば抑々の目的でもあったドラゴンの素材を購入する為なのだからぼそぼそとその予定額を希望するカレン


言葉は発しないが場の空気が一変する


「それは無理だ」


その希望を陛下が即答で却下する


「ひっ!? も、申し訳ありません!! えと、えとえと・・・じゃ、じゃあ星金貨100枚を・・・」


陛下の不快を買った

カレンは慌てて土下座してさらに額を下げて提示するのだが・・・


「ああ、無理というのはその額が少なすぎて見合わないという意味だ。ふむ、困らせるのは本意ではないので余が決めた提示額を告げる」


余りにもかけ離れた額だったのでこれは言葉を重ねるのもカレンの心労になると思い当初の予定額を陛下は告げるべきだと決めた


「? は、はいっ!」


カレンとしてはもう陛下の不快を買いたくないので額は幾らでもいいから早く終わらせて帰りたいと心中思っていた。


そして陛下の告げた額はそんなカレンの心中を吹き飛ばしリールーは遂に放心して現実逃避した


「恩賞金は星金貨200万枚。そして其方のコボルトからの要望通り9割を各々指定された部へ寄付扱いとするので星金貨20万枚を与える」


異例の額だがこれは前例を考慮しての額だった


まず同盟国である黄金国フルーラの当時最上位錬金術師だったスーピーが黄金錬成という到達点へ至り公表した時の恩賞は恩賞金が星金貨50万枚・当然最高位の位にして賢者の地位・様々な既得権益・特権・勲章3種・本人は辞退したが永代貴族の位と領土


これが到達点への恩賞だった


そして職は違えどカレンも薬学の到達点のフルポーションに至ったので前例を兼ねてこの時点で星金貨50万枚

そして未知のノーブルポーションに至ってはシャルマーユが始祖として星金貨100万枚と決めた

そして他の品々と特権と既得権益の分を合わせて計星金貨200万枚と決まった。

最もカレンが星金貨1000万枚と希望しても応じるつもりだった。



そんな重鎮が頭を悩ませ決めた恩賞金の額を伝えられて


「ぇ?・・・・金貨でなくて・・・星金貨を20万・・・ですか?」


自分の自慢の聴覚を疑った


「うむ」


陛下の力強い同意を耳にしてカレンは耽った


(――――――――――――――――星金貨20万? ドラゴンの素材買えるじゃん!!!! ドラゴンの素材 ドラゴンの素材 ドラゴンの素材 ドラゴンの素材 ドラゴンの素材 ドラゴンの素材 ドラゴンの素材 ドラゴンの素材)


莫大過ぎて最早現実離れしたその額に最早カレンは何かも吹き飛んだ

寄付なんて此処に来て初めて聞いたがそれもどうでもいい

額が額なので実感が沸かないが最低で星金貨300枚はいるドラゴンの素材が確実に競り落とせるのは判った

うさ耳は垂れ下がるがぷるぷる震えている


後はもう語るまでも無い・・・・・





「――――――――――――――という内訳だが・・・カレン・アシュリー良いな?」


陛下が公表した品の各種扱いと価格を口頭で延べ後に書類に残して渡して最後にジルから勲章の授与・・・と説明してるのだが明らかに当のカレンは聞いてない・・・というか訳判らない事を呟いている


「ドラゴンの素材 ドラゴンの素材 ドラゴンの素材」


「・・・聞こえておるか?」


反応が無い


「ドラゴンの素材 ドラゴンの素材」


「カレン・アシュリーよ」


反応が無い


「ドラゴンの素材 ドラゴンの素材 ドラゴンの素材 ドラゴンの素材」


「・・・・・余は業突く張りで見栄っ張りで市民を虐げてるのだが?」


反応が無い


「ドラゴンの素材 ドラゴンの素材 ドラゴンの素材うふぇへへぇ♪」


明らかに場の空気が変わった・・・これは流石に拙い。隣の馬鹿がどうなろうとどうでもいいがこれは私まで被害が及ぶと理解したリールー


あまりに不敬なので思わずリールーが場も弁えず癖で隣の阿呆の子を引っ叩いた

これが後に更なる悲劇となった・・・


「この馬鹿っ!」


バシッ!


「痛いっ」


最早慣れた痛みで漸く現実に戻ったカレンの耳に聞こえて来たのは陛下のお茶目によるカレンへの阿鼻叫喚となった


「玉兎を食すと珍味で幸福になるらしいな」


陛下の厳かながらその台詞の意味がこれでもかと伝わる


「・・・へ? ぇ」


珍味・幸福

つまり食べられる


自分が美味しく? 料理される様が浮かんでしまったカレン


うげえええぇえ


カレンは怖さの余りその場で盛大に吐瀉物を吐いた・・・


「え!? ちょっ! すまん!!」


余りの有様に陛下が素に戻って思わずロックンとして謝るも当の本人は聞こえていない


なにせカレンは気絶していた、痙攣して・・・

うさ耳もぴくぴく震えて涙も漏れていた・・・

小水も盛大に漏らしていた・・・・・


「「「「「・・・・・・」」」」」


カレンの醜態に目を向けられず、その場の全員が陛下に視線を向けていた

言葉は発してない。だがどう見ても視線で責められてるのは判る


陛下はとりあえず場を整えようと促す


「り・リールー・エイシャ、その・・・一旦カレン・アシュリーを連れて下がれ」


「・・・はい」


リールーは敢えて口は出さまいと隣で延びてる兎を半分引きずって賢者会議の場を退出する


「「「「「・・・・・・」」」」」


リールーが悲惨で哀れな兎を連れ出した後も場の皆は視線で陛下を責める


「・・・・・余は悪くないよな?」


この後はもう功績も威厳も有ったものでは無かった


数名の賢者がぶち切れ陛下を責め陛下はすまないと謝罪し続け・・・


気が付いたカレンが一目散に逃げ出そうとした所を衛視に捕縛され強制的に賢者会議の場に連れ戻され・・・


もう形振りも場も構わず、陛下やリールーの説得も通じずにギャン泣きでごめんなさい! 食べないでください! おいしくないです! と居た堪れない悲鳴を上げ続けるカレンにリールーが無理やりカレンの自ら錬成したエナジーポーションで精神を安定させるも・・・再び恐怖心から狂乱して逃げ惑う事、又もエナジーポーションで正常に戻すという・・・悲惨な事を繰り返しながら最早拷問のような形でカレンの大綬に勲章が新たに5つ授与された


その際のジルの悲痛な顔はもうその場の全員が申し訳無さで居た堪れなかった・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ