第107話 こちらから仕掛ける
豚王との会談を終え、イザヴェリアの領主屋敷に帰ってきたオレ達は、アカシャからのウトガルドについての報告により、緊急会議を行っていた。
「まさか、このタイミングですでに勘付くヤツがいるとはね…」
ひと通り情報の共有を行った後、オレは素直な感想を漏らす。
いくらなんでも、まだ会談をしている最中に気付かれるとは思っていなかった。
「ステファノス・ワウリンカ。やはり油断ならない相手です」
ジョアンさんもさすがに驚いたのか、顎髭を撫でながら呟いていた。
「どうするの? イザヴェリアで揉めるつもりはないんでしょう?」
「それはもちろん。もしイザヴェリアで『拳聖』と戦えば、ワウリンカの言うとおり、イザヴェリアは消滅することになるだろうからな」
「かと言って、全く対応しないわけにもいかないよね」
念の為といった様子で聞いてきたネリーにオレが答えると、アレクが確認を取るように補足する。
「ええ。もし『拳聖』が言葉とは裏腹に、ダンジョンの解放を狙っていた場合のことを考えなければなりません」
ジョアンさんがアレクの言葉に頷き、具体的な問題点を指摘した。
「それなら簡単なの! "真偽判定"を使えばいいの!」
「そうだね。真偽判定官のスケジュールは私が何とか都合をつけよう」
ベイラが問題の答えが分かった子どものように得意げに声を上げると、ミロシュ様がすぐにその実行を請け負った。
「接触したときに、向こうから問答無用で襲いかかってきたときはどうする?」
「接触するのをダンジョン内にすれば、その可能性は激減するでしょう。相手に戦うメリットが無すぎる」
『拳聖』が強引に戦いに持ち込もうとしてきた場合のことを相談すると、ジョアンさんが答えてくれた。
言われてみれば確かに、ダンジョンは傷ついても外には影響がないし、復元もする。
戦うこと自体が目的でもない限り、メリットはないはずだ。
「仮に戦ったとしても、勝てるんじゃろう?」
「オレが近距離で止めてる間に、お前らと『大賢者』の爺さんと学園長とミカエルが遠距離から仕留めれば、ほぼ間違いなく無傷で勝てる」
「逆に、そこまでやらんと無傷では勝てんのか…」
スルティアが『拳聖』に勝てるのかと聞いてくるので答えると、スルティアは呆れたように頬を引きつらせる。
「確実にって話ならね」
少し不安にさせてしまったようだったので、補足しておいた。
それを聞いていたジョアンさんが、確実に勝てるならばと前置きをした上で、オレに質問を投げかけてきた。
「一応聞いておきますが…。ダンジョンの中で秘密裏に『拳聖』を葬れば、戦争を止められる可能性があります。ですので、こちらから仕掛けるという手もありますが、いかがしますか?」
オレの覚悟の話か…。
戦争をしたくない。人を殺したくない。
それは今も全く変わってない。
でも、大陸統一はするって決めた。
極力少ない犠牲でやることも決めた。
大国連合との戦争が起これば、戦場の全てを人を守るなんてことは不可能だ。
規模が大きすぎる。
ジョアンさんの提案は、そこで生まれる多くの犠牲を無くすために、少数を犠牲にするというものだろう。
正しいとは全く思えないけれど、ではどうすればいいかと言われると答えが出せない。
とはいえオレは、オレ達は、それでも何かしらの答えを出さなければならない立場にいる。
出した答えの正誤に関わらず、出た結果を受け止める覚悟。
今ならその覚悟は、できている。
「それは考えてなかったけど、オレはやるべきだと思う。皆はどう思う?」
「「えっ…?」」
オレがジョアンさんの言葉に対して自分なりの答えを出し、相談すると、ほぼ全員が意外そうな顔をした。
まぁ、そうしなければどうしようもないとき以外に、オレが自分からこういう決断を下すことはまずないからな。
「……そうね。正直に言うけど、私はここまで来たら堂々と戦争で決着をつけたいと思ってたわ。でも、アンタが嫌うやり方を自分で言い出すってことは、本気で1人でも犠牲を減らすつもりなんでしょ? それなら賛成するわ」
「恨みは買うと思うよ。でも、今から戦争を止めるなら、やるべきだろうね」
ネリーやアレクは戦争を無理に止める必要はないって考えだと思うけど、今は以前ほど犠牲が出るのを仕方がないとは思えないと言っていたことがある。
だからか、2人とも賛成よりの意見だった。
「私は『拳聖』1人いなくなったところで、戦争は止まらないと思うな。やるならば、大国が"どうやっても勝てないから戦争を中止すべき"と思うまでやらなければならないだろうね」
ミロシュ様はどちらでも良さそうだったけど、やるならば『拳聖』だけでなく他の実力者にも範囲を広げなければ意味がないという意見だった。
確かにその通りだと思う。
また、王族をはじめとする首脳陣を狙うのは止めたほうがいいというアドバイスももらった。
スルトの傘下に入ってからならともかく、既存の国のまま指導者がいなくなるとその国が荒れる可能性が高いとのことだった。
それはオレも同じ考えだ。下手をすればより犠牲が出る可能性のあることはできない。
ヘニルとの戦争の時にラウル・バウティスタの排除を行わなかったのも同じ理由だった。
「あたちはどっちでもいいと思うからパス!」
「ワシもじゃ」
ベイラとスルティアは勝てるならどちらでも良いらしい。
「主殿は成長されましたね。私は主殿が、やりたくないと言うと思っておりました。私にもどの手段が正しいかは分かりませんが、大国連合との戦争が起こるよりは起こらない方が犠牲が少なくなることは間違いないでしょう」
ジョアンさんに言われたように、以前のオレならやるべきかやらないべきかではなく、やりたくないと答えていた気がする。
それはそれとして、オレはジョアンさんの言葉で気になった部分を聞いてみた。
「正しくない時って、どういう場合だと思う?」
「例えば、恨みや不満による戦争が結局起こってしまう場合。戦争が起こらないということは、はっきりと勝ち負けが付いていない状態とも言えます。戦争で敗北するまでは、負けを悟れない者もいるかもしれません」
犠牲を払って戦争を止めても、結局別の戦争が起こってしまうことはあるってことか。
「なるほど。それは結局人の感情次第だし、やってみなきゃ分からないな。その時にまたどうやって止めるか考えよう」
それに、おそらく1度スルトが大陸を統一してしまえば、何とかなると思うんだよな。
「では?」
「ダンジョンに入った『拳聖』は、二度とウトガルドに戻れないようにする。そして大国連合の残り3カ国が国際大会を終えて自国に戻るまでに、戦争をする気を無くすようにする」
それでいいかと聞くと、皆が頷いてくれた。
「中小国家の調略については、このまま進めて良いだろう。戦争の有無に関わらず、大陸を統一するには必要なことだからね」
ミロシュ様が、今の国際大会中に行われている調略合戦については継続する意向を示した。
それについても、全員が頷く。
『アカシャ。大国連合の主要戦力と、主な指揮官をリストにしてくれ。大国のヤツらに情報を制するってことがどういうことか思い知らせてやろう』
『ふふ。お任せください』
いつになく感情豊かなアカシャに情報を出してもらった後、皆でさらに詳細を詰めていく。
ここにはいない必要な人材にも連絡を取らないとな。
まず、1番重要なのは明日。
国際大会2日目は魔物討伐競技が行われるが、『拳聖』がダンジョンに入る時間帯によっては、オレ達は参加できないな。
『拳聖』が何をしようとしてるかは分からないけど、さすがにこの状況で敵国のダンジョンに遊びで来るってのは嘘だろ。
悪いけど、こちらから先に仕掛けさせてもらうぞ。




