第102話 『豚王』
ここまで、国際大会初日のオリエンテーリングでは、1年から3年までの全てでスルトの圧勝が続いていた。
朕を含む多くの貴賓が大会観戦を行っているが、裏ではそれと並行して調略合戦も繰り広げられている。
この結果は、その調略合戦に大きな影響を与えうるものであるのは明らかだった。
スルトが自国の強化に成功していることは間違いなく、連合国側に与するということは、このスルトと戦うということを強く連想するだろうからだ。
かくいうこのアレハンドロ・バン・フリズスも、スルトの精強さに驚愕と困惑と憂慮を禁じ得ない。
優秀と聞いていた我が国の1年が負けたことにも焦りは感じたが、スルトの3年にいた『双璧』と呼ばれるらしい2人は次元が違った。
そして。
「…今あそこにいるスルト代表5人のうち3人が、先程の『双璧』シェルビー・コリンズとセレナ・ハレプより上だというのか?」
「す、少なくとも魔力とレベルで上回っているのは間違いありません…。特に魔力は、異常の一言です。あのレベルであの魔力、有り得ません……」
あまりに情報の少ないスルトを探るため、今回の国際大会には情報系能力者を総動員してきた。
今、朕の周りにはそれらの神に愛された者達の半数が侍っていて、共に大会観戦をしながら情報収集を行っている。
残りの半分は別行動での情報収集だ。
どの国も似たようなことはやっているだろうが、その結果分かったことがある。
『大賢者』ラファエル・ナドル、『賢者』ロジャー・フェイラーはもちろん、一部の子供達ですら、我がフリズス王国の精鋭をゆうに凌ぐ魔力量を持っているということだ。
レベル自体が相当高いようだが、それでも説明が付かない異常な魔力量。
情報を集めれば集めるほど、これまでスルトと交戦せず撤退した将軍達の判断は正しかったと言わざるを得ない。
「さすがはセイ・ワトスンがいるという4学年か。今すぐにでも軍の英雄となれるであろう怪物が3人もいるとはな。それで、どれがセイ・ワトスンであるか?」
「そ、それが…。全く何も視えない黒髪の少年がいまして…。それが、セイ・ワトスン、と思われます…」
ギリッッ…。
強く歯噛みすると、嫌な音が聞こえた。
あれが…。
しかも今の話を総合すると、『双璧』以上が実質4人ということになる。
スルトの人材は底なしか…っ!
いや、…まさか。
セイ・ワトスンに近い学年に寄っているように見える実力者達。
急激に底上げされたスルティア学院生達。
同様に、スルトの軍。
まさか全て、セイ・ワトスンの『情報』によるものなのか…!?
だ、だとすると、奴がいる限り続々と、延々と、スルトに優れた人材が増え続けることになってしまう。
今までもスルトとは早く決着をつけねばと思っていた。
だが、それは主に財力を元に国力の差が縮まることを
嫌ってのことだった。
実際は、スルトはもっと圧倒的に伸びていて、それがこの結果なのか…!?
「用意!」
朕が衝撃的な推測に思考を持っていかれているうちに、4年生のオリエンテーリングが始まる時間になっていたようだ。
ひとまず噂のセイ・ワトスンの実力をこの目で見る。
それによっては…。
階段状に特設された観客席の中でも、この貴賓席からはスタートラインも森もよく見える。
さらに、空中に浮かぶいくつかの映像には、肉眼でも選手達が大きく見えるように写っていた。
どういう仕組みか、森の中の様子まで鮮明に見えるその映像は、前回大会が過去最高に盛り上がった理由らしい。
なるほど素晴らしいものである。
ここからでも、選手の表情すら確認できるのだ。
セイ・ワトスンは、憎たらしいほどに余裕の表情であった。
あれもセイ・ワトスンの1年時の大会から導入されたようだが…。
セイ・ワトスンは不参加だったと聞いている。さすがに関係はあるまい。
「始め!」
「"晦冥"」
開幕直後、セイ・ワトスンが走り出すと共に右手を天に掲げて、何かの魔法を使った。
その瞬間、奴から闇が放たれ、瞬く間に周囲に広がっていく。
「「「……!」」」
スルト以外の選手達は、その闇から逃れようと対応する間もなく次々と闇に飲まれていく。
我が国の選手も含め、何人かはスルトへの妨害のためにそれを気にせず魔法を行使したが、なぜか殆どの魔法は霧散した。
霧散しなかった魔法も、どうやらスルトの他のメンバーによってあっさりと防がれたようだ。
数瞬の後、スタートラインから向こう側に巨大な漆黒の碗を被せたような、暗闇の空間ができあがった。
「………!?………………!!」
あまりの驚愕に、声が出ない。
有り得ん!
どれだけの魔力量があれば、あんな芸当ができるというのだ。
あの規模、まさか、スルティアの森全てを飲み込んでいるのか…!?
どれだけの広さがあると思っている!
直後、側に侍らせていた者の内、数人が泡を吹いて気絶したり恐慌状態になったりした。
顔ぶれに、共通点がある…。
全員、魔力感知系の神に愛された者達だ。
その内の1人が、朕に縋り付こうとして、近衛に拘束された。
「王っっ! アレと、アレと戦うのですかっ!? 無理です! 無理無理無理無理っっっ!!」
拘束された男は泣きながら、なお朕の足に縋り付こうとしつつ訴えてきた。
精神状態がまともではないことが、目に見えて明らかである。
それを見たおかげで、朕は逆に少し冷静になった。
「……セイ・ワトスンの魔力は、見えないのではなかったか?」
朕は、男に尋ねた。
答えはおおよそ推測できるが、確認の必要があった。
「見えませんとも! だから恐ろしい!! スルトの者達の異常な魔力量は報告したとおりです! でも、…でも、セイ・ワトスンは今の魔法だけでも、その誰より多いんですよっ!?」
「な、なん、だとっ…!?」
男の答えは、推測したとおりの方向性ではあったが、推測の斜め上をいっていた。
スルトの者達の魔力量の異常な多さは、確かに聞いていた。
だが、セイ・ワトスンはそれらをさらに、しかも遥かに超えているというのか…?
なぜか暗闇の中でも選手たちを鮮明に映し出している、空中に浮かぶ映像の中には、疲れた様子もなく森の中を疾走しているセイ・ワトスンの姿が映されていた。
その後、4年生のオリエンテーリングは、他の選手達がパニックになっている間にスルトが圧勝した。
パニックが起こったのは、暗闇の中では一定以下の魔力量の魔法が使えなかったからだ。
選手達が身体強化や思考強化などの魔法に関しては魔力量に関わらず使えていたことから、"打消"の原理に近い現象が起きていたのだと我々は結論付けた。
脅威である。
戦争であんなものを使われれば、こちらの戦力が激減する可能性すらある。
幸いなのは、どうやらあの暗闇の中ではスルトの者達も条件は同じと思われるということか。
そんな状況下で、大差とはいえ2位に入ったのは、スルト(ヘニル地方)だった。
それを見て、朕は考えた。
スルトに対抗するため、スルト入りして早々に他の大国と同盟を組んだが、時期尚早だったかもしれぬと。
「秘密裏にスルトと連絡を取る。朕は、…朕は確実に生き残る道を行く」
スルトは朕の想像を遥かに超えて強大である。
それは分かった。
が、それでも大国連合に確実に勝つかと言えば、それはさすがに怪しい。
我がフリズス国がスルトに付いたとしてもだ。
できれば、どちらにも付ける状況にしておくのが朕にとっての最善手である。
少なくとも、ほぼ確実に勝てる状況にはしたい。
"契約"をどこまで誤魔化せるかが肝になるだろう。
「は。すぐに準備にかかります」
朕は臣下の言葉に舌打ちをする。
秘密裏に、『スルトと』と言った。
なぜそれで分からないのか。
「バカめ。いいか、何もしないことがスルトと秘密裏に連絡を取る手段だ」
確実に、他の大国にバレずにスルトと連絡を取る手段。
それはスルトに任せることだ。
この大会に来るまで、大国間は連絡すら取れなかった。
しかし、スルトはいつでも我が国と連絡を取れた。
おそらく、他の大国とも。
苦々しい記憶だが、それを今度は利用する。
『最適解』の能力者がさっきからしきりに頷いていることからも、朕の判断が正しいことはほぼ間違いない。
「は? …あ、例の能力でございますか。向こうから連絡を取ってくると?」
「そうだ。絶対に乗ってくるはずだ。スルトがこれまで取ってきた態度全てがそれを証明している」
スルトは強大な軍事力を持ちながら、戦争を避けている。
理由は分からぬが、それは明らかだ。
確実に、交渉の余地がある。
交渉の場では、『豚王』と影で呼ばれる朕のことをできるだけ侮って欲しいものである。
この体は、そのために作ったものであるからな。
 




