第77話 動乱の始まり
「お帰りなさい。ずいぶんとお楽しみだったようですね」
予定より数日遅れてスルトの領主館に帰還したオレ達に、王城から戻ってきたジョアンさんが声をかけてくる。
「ただいま。ジョアンさん。留守を預かってくれてありがとうございます。お土産、いっぱい持ってきましたよ」
談話室で寛ぎながら旅の思い出話に花を咲かせていたオレ達は、それぞれジョアンさんにただいまの挨拶をする。
「さっそく報告会をしましょう。後で王もいらっしゃいます。主殿は全ての情報を把握しているのでしょうが、我々はそうではないのです」
ジョアンさんは気が気でないといった様子だった。
ヘニルの視察をしていた各国の代表達が、ちょうど今日帰っていったからだろうな。
王への挨拶の際、仮に恭順の意思を示した場合、ニブルと同様の条件を得られるのか確認した国もあったようだ。
視察団を案内していたスタンやマルクさんからも報告は受けているものの、本音が飛び交うであろう国に帰った後の反応を知りたいと思っているのだろう。
「分かりました。でも、まだ大半の国は空の上ですよ」
戴冠式の来賓も、そして今回残った使節団も、希望国には飛空艇で送迎をしている。
スルトの力を見せつけるためだ。
断ったいくつかの国は、自国までの飛行ルートや燃費を把握されることを嫌がったのだけど、それは試さなくてもアカシャが把握しているので、賢明ではあってもあまり意味のない行為だった。
飛空艇で帰った国は、普通に帰るより圧倒的に早く自国に着くとはいえ、それでも遠い所であれば丸1日以上かかる。
現状ではまだ、飛空艇は飛行機ほど速くないのだ。
「帰り着いた国は、すぐにでもスルトへの対策会議を始めるでしょう。どうせ同時に全てを見ることはできないのです。まずは今までの話を、その後に各国の反応を順番に見ていきましょう」
え?
もしかして、ジョアンさんはできるだけ全部リアルタイムに近い感じで見ていくつもりなのか?
「そ、それはいくらなんでも時間が足りなくないですか?」
例えばだけど、1つの国が1日会議をしたとする。
10カ国が同じ日に1日会議をしたとすると、10カ国分見るのに10日かかってしまう。
同時に起こる複数の状況を見たい時に、それをリアルタイムで見るのはアカシャの能力と相性がいいとは言えない。
「当然、いい場面を抜粋して見ます。できるでしょう、主殿なら」
さすが。人の能力をよく把握していらっしゃる。
ジョアンさんには、アカシャの全ては教えてないんだけどね。
『ちょうど世界樹の庭で経験を積んだところです。問題ないでしょう』
アカシャも自信があるようだ。
妖精ベリンダの生涯を数時間に編集したばかりだからな。
ジョアンさんの話に納得したオレは、まずは今回の旅行での話を報告し始めた。
「なるほど…。米という作物は、蝗害による飢饉にあえぐ南の国々に持っていくのが良いでしょう。蝗害の根本的解決とセットにすれば、良い外交カードになる。恭順すら選択肢に入るかもしれません」
ひと通り今回の旅行での話を終えると、ジョアンさんはそれに対しての意見を述べ始めた。
ふむふむ。じゃあ、米は大陸の南の方で育ててもらうとするか。
「蝗害の根本的解決なんてできるの?」
ネリーが疑問を口にする。
「冬に卵の位置を書き記した地図を作れば良いのです。根絶やしにできるでしょう」
ジョアンさんがオレを見ながら言う。
なるほど。そういうワトスンレポートを作ればいいのね。
アカシャのおかげで、秒でできるな。
「ああ。そういう地図は、簡単に作れるよ」
オレの言葉に、ジョアンさんが頷く。
「大量に持ち帰った世界樹の素材、妖精の土や種なども、もし売るのであれば、アクエリアスと同様に貿易の目玉になるでしょう。何しろ、他に手に入れる手段がないのですから」
オレ達を孫のように可愛がってくれるようになった世界樹の婆さんは、帰り際に大量の素材を持たせてくれた。
アールヴヘイムの妖精達と半分にしてもなお、大量と言える素材だ。
アールヴヘイムは、教えた世界樹の枝の加工法により、空前の鍛冶ブームが来そうな感じだった。
そして、それを教えた見返りもまた、大量と言える状態になっている。
「確かに。売るほどあるから、それもありかもしれないよね。凄い価格になりそう」
アレクがジョアンさんの言葉に対して感想を言う。
オレもそれに頷いた。
売って、その金を色んなものに投資して、さらに加速的にスルトを発展させるってのがいいかもしれない。
「妖精郷との国交を開く足がかりを作ったと言える状況も素晴らしい。大功績と言える内容です」
そういや、功績とか全く考えてなかったけど。
オレ達との個人的友好だけじゃなく、スルトとの友好までいったらそうなるのか。
「国としてもそうだが、冒険者としてもEXランク間違いないだろう」
ちょうど部屋に入って来たミロシュ様が、ジョアンさんの言葉を補足する。
全員が立ち上がって、ミロシュ様に挨拶をした。
「私達もついに、EXランクになるのね!」
挨拶が終わるや否や、ネリーが嬉しそうに言う。
ネリーはずっとなりたがってたからね。
「それにしてもミロシュ様。護衛が彼らというのは、いくらなんでも…」
オレはそう言いながら、ミロシュ様の後ろを見る。
護衛として付いてきた4人は、ヘニル地方領主補佐スタン・バウティスタ、その護衛の元四天将『二天』ヤニク・イスナー、ニブル地方領主マルク・ミラレス・ニブル、その護衛カルロス。
「ふふ。よいではないか。私にとっては、騎士団長や魔法師団長と同様に信頼できる存在だ」
言い方よ。
それは騎士団長や魔法師団長への信頼が足りないだけだよね。
まぁ、誰もミロシュ様をどうこうしようとは思ってないようだから問題ないけどさ。
「貴様の主だけあって、スルト王の頭も相当にイカれているようだ」
スタンがいつものように憎まれ口を叩いてくる。
コイツはツンデレだから、しょうがないね。
「それよりよぉ、コイツがブルっちまって使い物にならねぇんだ。何とかしてくれ」
「すまんのぉ。コイツはセイ殿に思いっきりトラウマを抱えておってな。儂としても、何とかしてもらえると助かる」
ヤニクさんとマルクさんが、後ろにいるカルロスさんを親指で指しながらオレに言ってくる。
カルロスさんを見ると、歯を鳴らしながら震え始めた。
おいおい。初めて会ったときより震えてるぞ…。
何とかしろって言われてもね…。
そんなに歯を鳴らして、奥歯の毒袋は大丈夫なんかい。
「カルロスさんも今はスルト国民。仲間じゃないですか。仲良くしましょう」
「あ、ああ…。お前が仲間というのは、心強い限りだ…」
オレが何とかそれっぽいことを笑顔で言ってみると、カルロスさんはホッとした様子で小さい声を出した。
以前に彼の狙撃を止めた時のことが原因のようだけど、仲間になった以上もう心配する必要はないのにね。
「挨拶が済んだところで、本題に入りましょう。今回の戴冠式と、視察の結果がどうなったかです。これからスルトが覇権を握るにあたって、非常に重要な情報です」
ジョアンさんが最後に場をまとめ、オレ達は帰国して本音を語り始めた国々の情報を集め始めた。
情報は、飛空艇で送り届けた順にもたらされる。
つまり、近隣の国から順に情報が集まっていった。
近隣の国々の反応は、かなり恭順に寄っていた。
恭順するかどうかを議論する国もあったが、すぐに恭順すべきという議論を始めた国もあった。
スルトに打診されれば恭順の意を示そうなんて意見もあった。
恭順なんて嫌だ、でも戦っても絶対に勝てない、どうする? という国もあった。
思っていた以上に、最初から恭順という選択肢を完全に排除している国がないことに驚いた。
オレ達はそれをとても喜んだ。
当たり前だけど、大陸を統一するという目的の過程で、戦争は少なければ少ないほど良い。
今回の戴冠式と視察で狙っていた効果が出たのだと、手応えを感じた。
しかし、最初に大国の情報に触れた瞬間から、それがぬか喜びであったことを思い知った。
大国は、帰還してすぐ、軍拡と領土の拡大を主張し、スルトに対する危機感を煽った。
最初の国だけでなく、大国はほぼ全て似たような反応を示した。
このままではスルトに覇権を持っていかれるかもしれないと思った大国たちが、自国の強化を速める決断をしていったのだ。
この結果による、今後の未来予想はこうだ。
大陸中で国の統廃合が起こり、大国同士の覇権争いが起こる。
オレ達がやったことは、スルトの戦争は減らせたかもしれないけれど、大陸中の戦争は激化させたかもしれない。
そう思うような情報だった。
「やはり、こうなりましたか…」
途中、ジョアンさんが呟いていた言葉が、強く耳に残った。
 




