第75話 この世界には米がない
『世界樹の庭』を訪れ、宴会をした次の日の朝。
オレはアカシャに優しく起こされ、ベッドで目覚めた。
いつもながら、完璧に計算された睡眠のおかげで気持ちよく起きることができた。
ありがとうアカシャ。
洗浄の魔法で身綺麗にして、世界樹の根本近くに張った天幕から出る。
お、おおう…。
酷い光景だ。
キャンプファイヤー跡の周りには、たくさんの妖精達が地べたで気持ちよさそうに寝ていた。
まあ、それはいい。
少し離れた場所、地形変わってるじゃねえか…。
チラリと世界樹の方を見ると、ベイラとスルティアと妖精女王が正座で説教を食らっていた。
その後、アレクとネリーも天幕から出てきて惨状に驚いたり、スルティアがダンジョン化した土地の元の地形を忘れたと泣きついてきたり、色々あった。
あいつら、スルティアがダンジョン化した場所で腕試ししてたらしい。
周りに被害が出ないようにしてたとはいえ、地形変わるほどやったのかよ…。
しかし今はアカシャさんの活躍で全部元通りだ。
世界樹の婆さんの機嫌も治って、良かった良かった。
「昨日は久々に愉快な1日だった。ベリンダのことも教えてくれてありがとうよ。あの子のことは、ずっと気がかりだったんだ。外の世界でも楽しくやっていたようで、安心したよ」
世界樹の婆さんがお礼を言ってきた。
世界樹はこの島のことなら大体把握できるけれど、島の外のことは全然把握できないからな。
強力に施した隠蔽のせいで、自らも外の様子が分からないというのは皮肉なものだ。
せめてボミューダサークル内の様子が分かれば、ベリンダさんと再会できただろうに。
その辺りは言っても仕方ないし、悲しくなるだけだから心の内に留めておく。
「そりゃ良かった。でも、お互い様だよ。オレ達も色々話せて楽しかったし、ここでしか食べられないような物も食べさせてもらって、感謝してる」
特に世界樹の実は、歴史上食べた人間がいないというシロモノだった。
この島に辿り着いた人間は数人いるけれど、実を食べた者はいなかった。
アカシャが"成分的に人体に有害ではないはずです"とか言うから、解毒魔法を構えて少しビビりながら食ったのは良い思い出になった。
完全に未知の味だったけど、メチャクチャ美味かった。
まさかダンジョン産リンゴより美味い果物があるとは。
あえて地球の物に例えて言うなら、一粒が桃ほどの大きさのシャインマスカットがあれば、少し近いかもしれない。
見た目と食感だけなら…。
味は段違いに世界樹の実の方が美味いけど。
世界樹と仲良くなって良かった。
「アンタら、今日中には帰るんだろう? その前に例の話、試してやろうか?」
「マジか! そりゃ助かる! じゃあその間、オレ達も婆さんが困ってるって言ってたドラゴン達を何とかしとくよ」
オレは世界樹の婆さんの話に飛びついた。
例の話というのは、昨日の宴会中にオレが婆さんに相談していたことだ。
世界樹は妖精の始祖であると共に、植物の始祖でもある。
その世界樹の婆さんに、"稲という植物を作れないか?"と相談したのだ。
実は、この世界には米がない。
稲が存在しないからだ。
なぜ、麦があるのに稲がないんだ。
アカシャに聞いてみても、ないものはないから分からない。進化の過程で発生しなかったのだろう、とのことだった。
オレがもし、地球の稲の遺伝子情報とかを知っていれば、何かの植物を無理やり進化させることはできたかもしれない。
でも、普通の高校生だったオレが、そんなん知ってるわけないじゃん。
そんな訳で、オレはこの世界に生まれてから、まだ一度も米を食っていないのだった。
あんまり食にこだわりがないオレでも、さすがに11年も米を食っていなければ恋しくもなる。
アカシャが言うには、世界樹にオレが知る限りの稲の情報を教えれば、あるいは作り出すか進化を施すかできるかもしれないとのことだった。
せっかく世界樹と仲良くなったのだ。
相談しない手はない。
いや、米のために妖精を連れて来て仲良くなったわけではないよ。断じて違う。マジで。
世界樹の婆さんは、"できるとは限らないけど、試してやるよ"と言ってくれた。
世界樹と仲良くなって本当に良かった。
「つーわけで、お前ら。世界樹の実を勝手に食うのは止めろ。そうすりゃ見逃してやる」
世界樹の島にあるドラゴンの巣にソッコーでやってきたオレは、唸りながら威嚇してくるドラゴンの群れに最後通牒を突きつけた。
コイツらは、昔この島にたまたま奇跡的に入り込んだドラゴンが繁殖してできた群れだ。
世界樹の婆さんだけでなく、この島の妖精達も迷惑している存在である。
たぶん交渉は決裂するだろう。
「そーよ。お婆様が困ってるんだから、もう止めなさい。きっと、頼めばたまには食べさせてもらえるわ」
「ガッ!!」
ネリーとミニドラもオレに続いて、ドラゴンに言い聞かせる。
ネリーの言葉なら、『意思疎通』の能力で伝わるはずだ。
ミニドラは何て言ってるか分からんが、あいつの言いたいことも伝わるだろう。
「ガアアアッ!!!」
「「「「ガアアアッ!!」」」」
ドラゴンの群れのボスが一際大きく吠えると、群れのドラゴン達全てが続いて吠え、飛び上がった。
飛び上がったドラゴン達は、上空を旋回し始める。
「ダメだわ! "皆殺し"だって! 攻撃してくるわよ!」
ネリーがドラゴンの気持ちを翻訳してくれる。
ネリーの優しさは通じなかったらしい。
ここに来たメンバーは、オレ、ネリー、ミニドラ、アレク、ベイラ、スルティア、妖精女王だ。
他のアールヴヘイムの妖精達は、この島の妖精郷エルヴヘイムの妖精達と昨日に引き続き友好を深めている。
妖精女王もあちら側に行くべきだった気がするけれど…。
それはそれとして、超過剰戦力で来たのだった。
全員が空を見上げながら、それぞれ"纏"を使う。
『ボスは他の個体より1段階進化しております。ミニドラの次の進化を促すのに丁度良いでしょう』
「ボスはミニドラに任せる。倒せば進化できるぞ」
「ガッ!」
アカシャからの情報を話すと、ミニドラが元気に返事をした。
たぶん、"任せろ"とか言ってんじゃないかな。
「"やった! 絶対進化してやる!"って言ってるわ」
"竜炎纏"を使うためにミニドラに乗っていたネリーが、飛び降りながら翻訳をした。
…"ガッ!"に色々込められ過ぎてない?
戦闘開始後、秒で数体が墜ちたことで残りのドラゴンは泣きながら降伏してきた。
これからは世界樹とも妖精とも仲良くやっていくらしい。
1撃でボスを倒したミニドラは、その心臓を食うことで無事進化して、ついに体長10メートルを超えた。
そろそろデカドラに改名すべきかもしれないな。
さあ、帰ろう。
アカシャによると、早くも試作された稲ができているらしい。
オレの持ち得る情報を全部渡したから当然といえば当然だけど、見た目は完璧にオレのイメージの稲そのものだ。
11年ぶりの米が、オレを待っている!




