第100話 『肆天』
ガガガガガガガッッ!!
『肆天』が放つ無数の礫を、僕達の前に展開した防御魔法が防ぎ続ける。
どんどん土埃が大きく周囲を覆っていく。
『肆天』の表情は険しく、歯を食いしばっている。
なぜ? とでも言いたげだ。
そうだろうね。
よし。この攻撃も予定通り、防御は一般兵の魔道具に任せれば問題ないな。
「反撃だ!」
礫が止んだ瞬間、僕は叫ぶ。
「"集中雨弾撃"!」
「"切り刻むの! 風刃!"」
「"フレアバースト!"」
「"ガッ!!"」
一般兵達が防御してくれている間に魔力を練っていた僕達は一斉に魔法を放った。
僕の多数の水の弾丸が。
ベイラの大量の風の刃が。
ネリーとミニドラの、圧縮されて尚大きな火球が。
全て『肆天』に殺到する。
向こうの一般兵はとっくに魔力切れだ。
『肆天』自ら対応するしかない。
「くっ…」
攻撃のために一時的に足を止めていた『肆天』は急いで回避行動をとろうとしている。
少しでも魔力を温存したいんだろうけど、それは悪手だと思うよ。
『スルティア』
『ああ。逃さんよ』
僕が指示を出すまでもなくスルティアはすでに手を打っていたようだ。
回避を試みた『肆天』の足は、スルティアが支配者権限で地面から生やした土の手にガッチリと掴まれていた。
「なっ!? …お、おおおおおおおおおっ!!」
足を掴まれていることに気づいた『肆天』は驚愕に目を見開いた後、一瞬で、もはや回避不可能という判断をしたのだろう。
雄叫びを上げながら、迫りくる僕達の一斉攻撃に向けて両手を突き出した。
『肆天』の両手の前に幾重にも積層した防御魔法が展開される。
急に防御に切り替えたにも関わらず素晴らしい速さだ。
でも、僕は情報を記憶している。
『肆天』の詠唱速度を。
この防御魔法は魔力の練りが足りていない。
すぐに反撃が来ないことを確信した僕は、一般兵達に指示を出す。
「今だ。換装」
僕の指示を受けて一般兵達が、魔道具の盾の握りの部分に装填されている充魔石を急いで交換し始める。
もちろん僕達も次の魔法のために魔法陣を詠唱待機しておき、魔力を練っておく。
僕とベイラの攻撃が『肆天』の防御魔法に着弾する重低音が響く。
一瞬のうちに防御魔法がひび割れた。
ネリーとミニドラの魔法が遅れて着弾すれば持たないことは明らかだ。
それに、僕の水はネリー達の火を受けて水蒸気爆発するようにしてある。
セイほど完璧に指向性を持たせることはできないけれどね。
「っ!! "土よ!!"」
『肆天』の纏う土の鎧が変化し、より体を覆う面積が大きくなる。
さらに、周囲の空中に土の塊が生まれては『肆天』の前に飛んでいき、防御壁を作っていく。
防御魔法がもたないことは当然彼女も気づいているというわけだ。
地面の土を使わないのは、ここまでの戦いで思ったように地面を動かせず、無駄に魔力を使わせられることに気づいているからだろう。
スルティアの支配が効いているな。
直後、ネリーとミニドラの魔法が着弾して、大爆発を起こした。
こちらには爆風が全く来ない。
どうやらベイラが"風纏"でコントロールしているようだ。
今の状況と、アカシャに見せてもらった『肆天』の情報の記憶を参照して推測する。
おそらく、大したダメージはないけれど無傷ではないってところかな。
ダメージよりも魔力の消耗が深刻だろう。
爆発で起こった土煙をベイラが風で吹き散らすと、こちらに手を突き出した防御の姿勢のまま、肩で息をする『肆天』の姿が現れた。
纏っていた土の鎧はボロボロで、所々剥げている。
茶色に近い長い金髪もボサボサになっているけれど、それでも扇情的な姿と言えるのではないか。
僕にはまだ良く分からないけれど。
「まだやるの? 投降するなら、丁重に扱うわよ」
「差が分からないほど弱くはないはずなの」
ネリーとベイラが『肆天』カロリナ・アザレンカに話しかける。
僕は一瞬2人に声をかけようかと思ったけど、止めた。
どちらも、欠片も油断をせずに戦闘態勢を維持していることに気づいたからだ。
『肆天』は僕ら1人1人より強いし、そもそも僕らは油断ができるほど強くない。
セイでさえ、油断できるほど強くないと言うのだから。
「はぁ。はぁ。なぜ? どうなってるのよ…。いくらなんでも、おかしいわ…」
『肆天』はネリーやベイラに対しては答えず、独り言のように呟いた。
少しでも魔力を回復するための時間稼ぎか、それともただ疑問に思ったことを口に出しただけなのか。
どちらにしろ、時間稼ぎは僕達にとっても悪くない。
付き合おう。
「なにがおかしいのですか?」
僕が笑顔で尋ねると、彼女はこちらをキッと睨みつけてきた。
「何もかもよ! あなた達は聞いていたより強すぎるし、一般兵の魔力は全く切れないし、私の攻撃はなぜか見切られているし、他にも色々ありすぎるわ!」
よほどイライラしていたのか、彼女は一気に言い切って息を切らしている。
さて、どうするかな。
素直に疑問に答えて情報を渡すわけはないけれど。
セイだったらどうするだろう…。
「僕達が情報より強いのは、あれから成長したからですよ」
僕は笑顔で煽るような言い方をした。
言っても問題はなさそうで、かつ相手を動揺させられそうな発言。
上手くできただろうか。
「『鑑定』のこと、気づかれていたのね…。まったく、成長しすぎよ。予想できるわけがないわ」
『肆天』はため息をつく。
いまいち反応が読めないな。
「それで、投降していただけますか?」
僕はそうはならないだろうと、より身構えながら聞いた。
みんなも僕の様子を見て戦闘の再開を読み取ったようだ。
「終わりにしましょう。どうやら私はあの砦には辿り着けないようだけど、せめてあなた達だけでも倒してみせる」
彼女は残念そうに遠くの国境砦を見た後、そう言って右手を上げた。
あれは…。
「回避態勢4!」
僕は即座に指示を出す。
『肆天』は全魔力、もしくはほぼ全魔力を使って切り札の魔法を使うつもりだ。
これが来たら防御より回避。
今までの攻防もそうだけど、全て事前に決めていたことだ。
みんなが空を見上げて回避行動をとる。
空にはすでに、何十メートルもありそうな1つの岩の塊が浮いていた。
「"帝岩弾"」
『肆天』が"宣誓"と共に右手を振り下ろす。
僕狙いか。
予想通りだ。
僕かネリーだろうと思っていた。
一瞬だけ周りを見る。
近くにいる全員の配置を記憶する。
特に一般兵が逃げ切れない位置に回避するわけにはいかない。
最適な位置を瞬時に判断し、身体強化を全開にして駆け出す。
僕目がけて落下してくる大岩は、その巨体に似つかないスピードだ。
でも、間に合う。
僕はそれを知っている。
ギリギリのところで前方へジャンプして身を投げ出し、落下点を抜ける。
「アレクサンダー・ズベレフ! あなたがこの戦いの要!」
少し魔力を残していたらしい『肆天』が、土の剣を手に僕の元へ突っ込んで来る。
新たな土ではなく、鎧の一部を剣に変えるほどギリギリではあるようだけど。
僕はそれを無視して、空中で体を捻って振り向く。
「帝岩弾は、これで終わりじゃない。でしょう?」
僕はそう言いながら、振り向いた方向に全力の防御魔法を何重にも張った。
丁度、目の前には避けた帝岩弾が地面に着弾するところだ。
戦場全体に響くような地響きを立てながら着弾した帝岩弾は、その瞬間、まるで爆発的に枝が生えたように棘を出して周囲を襲い始めた。
僕の元にも、いくつもの枝が襲いかかってくる。
しかし、枝の方なら僕の防御魔法で十分に防げる。
事実、多少ヒビは入ったけれど完全に割れたのは1枚だけだった。
僕ほど至近距離にいないネリー達は、襲ってくる枝を処理しつつ、自力では枝を防げない人達を助けているはずだ。
僕は急いで再び振り返る。
空中で2度振り返るのはさすがに難しいので、浮遊魔法を使って。
すでに『肆天』はすぐ側まで来ていた。
が、問題なく防げる距離だ。
まぁ、僕が防げない距離なら仲間が防いでくれていただろうけど。
僕は再び何重にも防御魔法を張りつつ、着地する。
『肆天』が最後の力で振り切った土の剣は、防御魔法に当たってあっさりと折れた。
やっぱり、帝岩弾の枝が本命だったか。
「嘘でしょ…。何で分かったのよ…。きゃあっ」
剣を振り抜いた体勢のまま、呆然としながら呟いた『肆天』は、直後に背中に何発もの爆発を受けて、力なく僕の防御魔法に持たれかかるように倒れた。
一般兵が、ここまで隠していた火球を撃つ魔道具で攻撃したからだ。
一般兵と言っても、ネリーのことを心から慕っている者を中心とした精鋭達だ。
回避態勢4は、ここまでが一連の流れだった。
『肆天』は思った以上に魔力を使い切った状態で火球の直撃を受けていたけれど、死んではいなさそうだ。
背中の土の鎧は残っていたからだろう。
「何で分かったか。初見じゃないからですよ」
僕は『肆天』カロリナ・アザレンカが気絶しているのを確かめて、そう呟いた。
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