第96話 『弐天』
スルト軍が国境砦に先にたどり着いて、砦を背に陣を敷いてから2日。
当初の予定から3日ほど遅れて、ついにヘニル軍がやってきた。
兵糧がないせいで、周囲の魔物や獣を狩りながら何とか食いつないできたので、大幅に遅れたのだ。
索敵系の魔法やスキルの存在と、地球の動物に比べ大型な魔物や獣が豊富にいることで、致命的なことにはならないだろうとアカシャは予測していた。
それでも、あれから5日分の2万人の食料だ。足りるはずもなく、ヘニル軍は皆とても腹を空かせている。
「お前の諜報の言う通り、今日現れたな」
「ええ。彼らはとても優秀ですので。この後も期待していてください」
国境砦の物見台の上で、遠くを見ながら好戦的な笑みを浮かべた『常勝将軍』が話しかけてきたので、にこやかにテキトーなことを言っておく。
昨日、ヘニル軍を偵察していた設定のバビブ3兄弟が帰ってきて報告を受けたが、実際にはオレが教えたことを喋ってもらっただけだからな。
「あなたももう行くの?」
物見台を離れようとすると、エレーナ殿下から声をかけられた。
ネリー達はすでに中央に。
騎士団長と魔法士団長は左翼と右翼ですでに待機している。
単独で動く予定のオレだけが、まだここに残っていた。
「はい。軍議の通り、ネリーの攻撃と僕の攻撃を開戦の合図としてください」
「任せなさい。活躍、期待してるわよ」
エレーナ殿下は勝ち気に笑って頷いた。
ダビド将軍も任せろと言うように、無言で頷く。
2人は国境砦に残って、念話機を使って采配をとる。
百戦錬磨の『常勝将軍』と『最善手』を持つエレーナ殿下がタッグを組んでリアルタイムで指示を出せるんだ。
アドバンテージは計り知れない。
ま、アカシャによるアドバンテージが1番なことは揺るがないけどね。
オレは2人に笑いかけてこの場を後にした。
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やはり、準備万端で待ち構えられていたか…。
国境砦の前に展開されたスルト軍の陣容を目にして、私は心の中での落胆を隠せなかった。
本来の予定では我々の方が先に国境砦に辿り着き、ろくな戦力も常駐していない砦を一気に落とすつもりだった。
スルト軍との戦いは、その先。早くてもブール砦で行われると考えられていたのに。
あまりにも、こちらの出兵を掴まれるのが早すぎた。
そのうえ、あんな足止めをされて…。
「くそぉぉぉぉ。どうして、こんなことに…!」
軍の参謀が大きな声を出して陣形を整えている中、父上は本陣で状況を嘆いていた。
この上、さらに士気を落とすおつもりか。
いい加減にしていただきたい。
私が一歩踏み出すと、その前にずいと割り込んでくる者がいた。
『弐天』ヤニク・イスナーだった。
「ラウル様。嘆いたって、戦うしかないんだろう? だったら、勝つ方法を考えましょうや」
ヤニクは、やれやれといった様子で父上に話しかける。
「道中話しただろう! そんなものは1つしかない!」
父上が激高する。
どんなに無理、無謀でも、先に敵の大将を落とす。
勝つにはそれしかない。そういう話だった。
「はいはい。だから、俺と『肆天』がその役目をやりまさぁ。強力な魔法使いさえ抜ければ、他の奴らに俺達は止められんだろうよ」
ヤニクは飄々と父上の言葉を受け流す。
一か八かの提案だ。
立ちはだかる強力な魔法使いが何人いるかも分からないのに、それを抜くのが前提の作戦…。
「だめだ! それは死ににいくのと大して変わらん! 貴様らまで失えば、戻った時のワシの立場が…!!!」
怒る父上の言葉は、途中で途切れた。
ヤニクが、神速の抜刀で父上の首の横に刀を止めたからだ。
「ヤニク!!」
気づけば、私は叫んでいた。
ヤニクの眼球には魔法陣が輝き、父上は顔面と首筋から玉のような汗を吹き出していた。
「アンタの身勝手で『壱』と『参』は死んだ。付き合いきれんって言ってんだよ。今更、適度に被害を与えて、上手に負けて、退却して講和? ふざけんな」
話しながら、ヤニクは片手でサングラスをかける。
刀を握る手が震えていた。
怒りだろう。
気持ちは分かる。
私は冷静になって、ヤニクを止めようと出した手を下ろした。
彼が本気ならば、とっくに父上の首はない。
周りが煩くなってきた。
「せめて勝つための戦いを…、ということか。私も同行したい」
そういうことならば、私も気持ちは同じだ。
ヤニクに同行を願い出た。
「スタンッ! 許さんぞ!」
父上が驚愕と焦りが入り混じったような表情で止めようとしてきたが、ヤニクが刀をカチャっと鳴らしてそれを黙らせた。
「いいねぇ。坊っちゃん、いや、スタン様なら大歓迎だぜ」
こんな状況で、ヤニクはもういつもの飄々とした様子に戻って口角を上げた。
予感がする。
今のヘニル軍最高戦力である彼に立ちはだかるのは、セイ・ワトスンの一味だという予感が。
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オレは上空に1人、いつものように透明な足場を作り、自分自身も透明化して、その様子をアカシャに見せてもらっていた。
『だってさ。『弐天』とスタンをオレが、『肆天』をお前らが止めれば、この戦争はスルト国の勝ちだ』
手に入れた情報を仲間と共有する。
『おっけーおっけー、楽勝なの』
『任せなさい』
『ガッ』
『負けようがないのぉ』
ベイラ、ネリー、ミニドラ、スルティアから余裕そうな声が返ってくる。
『おいおい、油断するなよ? お前らの1人1人よりは実力が上なんだぞ。ヤバいと思ったら、転移してでも助けに行くからな』
オレは命がかかってるにしては軽すぎる仲間の返事に不安を覚えて、注意した。
『大丈夫。油断なんてしない。君に任せたと言ってもらって、僕達がどんなに嬉しかったか…。任せてくれ。敵の情報は全て覚えている』
アレクの言葉は自信に満ちていた。
あらゆる情報を正確に覚えた上で、勝算しかないといったところか。
頼もしいね。
『頼もしいな。そっちは任せたぞ!』
『『『『おお!!』』』』
ニヤッと笑って仲間に全て任せたオレは、自分の準備をすべくアカシャに話しかけた。
『全部を透明化するとしたら、魔力は足りるか?』
『後のことも考えると心配があります』
念の為、全部を透明化はしない方がいいってことだな。
透明化はそれなりに魔力食うからなぁ。
たくさんの物を対象にするには向いてない。
『そうか。じゃあ、途中からはバレても良しとして、ミスディレクションに頼ろうかね』
顎に手を当てて少しだけ考え、新しい案を出す。
『そうですね。皆殺しにするわけではないのですから、むしろその方が良いでしょう』
確かに。
もし誰にもバレないまま全弾着弾したら、大量虐殺になってしまう。
『"宣誓"は?』
『お使いください。現在、呟く程度の音を拾える者はおりません』
その後もアカシャに色々と聞いて確認をとったオレは、ちょうどいいタイミングが来るまで少し待機することとした。
『ご主人様、頃合いです』
眼下で陣容を整えたヘニル軍が進軍を始めるのを見ていたオレは、アカシャからの念話で胸に手を当てた。
"限定"だ。
「"炎纏"」
さらに"宣誓"を使って"纏"を使う。
透明化はずっと使用中で、設定は自分と自分が身につけたもの、および自分が生み出す魔法全てである。
オレにしか見えない炎が体を包む。
ボボボと炎の音がする。
オレの周りに火球がどんどん増えていく。
"限定"を使うため、両手の平を上に向け、腰の前に構える。
そうする間も、どんどんオレにしか見えない火球が増えていく。
「"無塵"」
"宣誓"を終えたとき、すでに500を超える火球が上空に浮いていた。
技を借りるよ、『大賢者』。
劣化版だけどね。




