第93話 戦争の趨勢
イディ山で戦いが始まって最初の夜。
兵糧焼き討ち以降しばらく大人しくしていたオレ達は、『壱天』の毒殺を皮切りに攻勢をかけた。
『壱天』の暗殺はオレが元々考えていた作戦だった。
彼にだけは、10%ほどではあるけど、戦えば負ける可能性があったからだ。
『刹那』は強力な能力ではあるが、見ていなければ意味のない能力だ。
暗殺ならば確実である、というのがアカシャの見解だった。
軍全体の兵糧とは別に、個人で干し肉などを携帯している者はそれなりにいる。
彼もその1人だったが、それに空間魔法で毒を仕込んでおいた。
無味無臭で即効性もある、致死性の猛毒。
解毒手段が近くにないことは確認済み。
彼はあっさりと息を引き取った。
毒見の可能性なども考え、暗殺方法はいくつか用意していたけれど、必要にはならなかった。
現在は、『壱天』の死に大騒ぎになっているヘニル軍の隙をつく形で夜襲を行っている最中である。
オレは地下道の中で念話機を2つ持ち、片方を部隊全体に繋げて指示を出していた。
『索敵範囲が変更。I8を5メートル下がらせてください。Z5は照準良し、敵まで350メートル』
アカシャからの指示を次々と部隊に伝えていく。
『I8、5メートル下がれ。詠唱は破棄していい。急げ』
『Z5、その照準で350メートル先に得意魔法を撃て。発射後、即座に帰投せよ』
攻撃目標は主に、敵軍の守備の薄い場所だ。
重要な場所も多少攻撃しているが、兵糧の件もあって守備が厚いので、嫌がらせくらいにしかならない。
これは、より守備を偏らせることを目的としている。
『エレーナ先輩。もう少し攻撃を続けようと思いますが、いかがでしょう?』
『そうね。もう少し続けた方が、良い結果になるようだわ』
持っていたもう片方の念話機を繋げて、エレーナ先輩に指示を仰ぐ。
アカシャと同じ見解か。
エレーナ先輩の『最善手』はアカシャの完全な下位互換というわけではない。
まれに意見が分かれることがあるのだ。
どうやら、与えられた条件下での感情や思考を含めた最善の手が選ばれているらしい。
エレーナ先輩がイメージできるだけの情報がなければならないという制約があるものの、アカシャにできないことを埋めてくれる素晴らしい能力である。
エレーナ先輩に同行してもらった目的は2つ。
アカシャのできないことを補ってもらい、より最善を目指すため。
オレの能力が何をどこまでできるのか分かりにくくするため。
とはいえ、能力を使っていなければ説明できない現象からエレーナ先輩の能力でできることを引けば、それなりに特定されるだろう。
だからメインは1つ目だ。
『I8、その位置から詠唱再開。照準は先程と同様に』
『スルティア、1番、8番、13番出口を消せ。敵が来る』
さらに指示を出していく。
部隊を収容した出口は、見つかる前にスルティアに順次消してもらう。
魔法の軌跡を追ってきた敵から見ると、即座に遠くに離脱したように見えるだろう。
下手に追ってくれば、その追手も消すけどな。
もうしばらく、敵はどうやって攻撃されているかも分からないままになりそうだな。
『全小隊、このまましばらく攻撃を続ける。なぁに、エレーナ殿下の言う通りにしていれば楽勝だ』
全体に方針を伝え、軽口を叩く。
緊張することなく、指示通りに進めていってほしい。
『えげつないのぉ』
『さすがに全部エレーナになすりつけるのは無理があるの』
『はは。僕の小隊のメンバーなんて、敵より君とエレーナ殿下を恐れ始めたよ』
友人達から、魔道具を介さない念話で続々とツッコミが入る。
ほんの軽口のつもりだったのに、ガッツリいじられた。
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「くそっ。くそっ。くそぉっ。何が起こっている! あの『壱天』があっさり殺され、規模も分からん敵から襲撃を受け続けているだと? ふざけるのも大概にしろ!!」
父上が、やってきた伝令を蹴飛ばしながら怒り狂う。
「何らかの神に愛された能力を使っているとしか考えられません。いくらなんでも、手口が鮮やかすぎる。毒は『壱天』のみに盛られていました。それが彼が油断した理由の1つでしょう」
軍部の参謀が自らの見解を述べた。
「以前、セイ・ワトスンらの暗殺に失敗した際も、今と同じような印象でした。何をされているのかも分からないまま、全てが終わっているような…」
私は、浮遊大陸での嫌な思い出を話す。
そう、あの時と似ている。
いつの間にやら先回りされて、暗殺者を暗殺されたあの時と。
きっと、今回の件もヤツらが関わってるに違いない。
強く、そんな予感がする。
「大体! スルトの軍は全軍、8日前に出兵したはずだ!! なぜ、こんなところにいる? 有り得んだろう!!」
父上は、スルトの王都から命がけで情報を持ち帰った諜報を、鬼のような形相で睨みつける。
何十人も放った諜報で帰ってきたのは、たったの3人。
中には、仲間を目の前で殺されながらも何とか逃げ切った者もいる。
「おそれながら、大公…。我々は、苦労して手に入れた情報だから正しいと、思い込まされたのかもしれません…。魔法兵だけならば、数日でここまで辿り着くことは可能です」
参謀が悔しそうに話す。
我々は、敵軍との激突はまだ先だと油断していた。
そこをまんまと突かれて、このザマだ。
私も悔しさに歯ぎしりする。
「だとすれば、敵は寡兵であろう! 踏み潰せ!!」
父上が激高して叫ぶ。
「それが…、敵はおそらく極少数に分かれて索敵外からヒットアンドアウェイを繰り返しており…。大軍で向かえば影も見当たらず、少数で向かえば返り討ちに遭う始末…」
参謀が申し訳無さそうに答える。
「では、どうしろというのだ!!」
怒りすぎて、父上の声が裏返りかける。
決まっている。
「ヤツらがどこかに隠れながら攻撃していることだけは間違いありません。それを探し出し、叩く。山狩りしかありますまい」
参謀が結論を話す。
同意見だ。
これがダメならば、辺り一帯を消し飛ばすくらいしかない。
非魔法兵を多数抱えている状況では、それも現実的ではないが。
その後すぐに行われた山狩りは、夜という不利があったとはいえ、たった1人の敵を見つけることすら叶わず不発に終わった。
あれだけ散発していた襲撃はほぼ鳴りを潜め、我が軍には徒労感だけが残った。
それだけなら、まだ良かった。
ほんの僅かの隙をつかれ、『参天』が殺された。
私の修行の面倒も見てくれた、気のいい青年だった。
”纏”を使う間も無く、後ろから一瞬で喉を切られたらしい。
『壱天』も含め、まともに戦えば負けるはずがなかったのに。
襲撃での被害は全体ではせいぜい数百名だ。
だが、兵糧と『四天将』2人の死は痛すぎる。
我が軍の戦力はこの僅かの間に半減してしまったと言わざるを得ない。
事情に詳しい者ほど、私と同じ思いだろう。
もはやこの戦争、勝てるわけがない…。
お読みいただきありがとうございます。
前回誤字報告を下さった方、ありがとうございました。
感想で教えてくれた八神 風様もありがとうございました。
大変助かります。




