第90話 軍議
学園長と話をした翌日。
オレ達は学園の会議室にいた。
軍議のためだ。
この軍議にはオレ達の他にも、何人かの人間が参加している。
アレクのじいちゃんであり、今回の総大将である『常勝将軍』ダビド・ズベレフ。
軍の要である第一騎士団と第一魔法士団の長。
フェリシアノ・ゴヨブジクとサルバトーレ・タベルネルだ。
そして…。
「待たせたわね。全員揃っているようだから、さっそく始めましょうか」
今ドアを開けて入ってきた、エレーナ先輩である。
昨日学園長に聞かれはしたが、あの時点でもう参加は決定していたので深くは突っ込まれなかった。
参加が決定しているということは、王の許可が出ているということだからだ。
というか、学園長にエレーナ先輩の参加を伝えたのは王なんだけど。
ここにいるメンバーもその辺りは分かっているはずだから、今更何か言ってくることはないだろう。
「エレーナ殿下! …その、本当に此度の戦、参加なされるのでしょうか? 王もきっと、本心では反対されておりますぞ」
と思っていたら、席に着いて早々、第一魔法士団長がエレーナ先輩の参加について触れてきた。
「お父様には普通に猛反対されたわよ。でもね、私の能力が参加すべきと言ってるの。あなたなら、この意味が分かるでしょう?」
エレーナ先輩は王に反対されたことを、何でもないことのように言う。
第一魔法士団長が、それを言われると弱いというように顔を歪ませる。
「はっ。ご同行…、感謝いたします」
エレーナ先輩の能力『最善手』が参加すべきと反応を示したのであれば、エレーナ先輩が参加した方が戦況が有利になると思ったのだろう。
第一魔法士団長はお礼を言った。
「大丈夫よ。私には指一本触れさせないんですって。そうよね、セイ?」
エレーナ先輩がオレに笑いかけ、気安い感じで話を振ってきた。
「ええ。エレーナ殿下だけでなく、ズベレフ閣下も含め、本陣に攻撃が届くことはありません」
オレは自信を持って断言した。
ちょっと胡散臭い言い方な気もするけど…。
必ずそうするので、中途半端な言い方はしないことにする。
その方がお互いのためだろう。
「…この者達の実力は認めますが、軍議にまで参加させるのはいかがなものかと。根拠もなく出された話を、簡単に信じてはなりません」
第一騎士団長が難しい顔をして、エレーナ先輩を諌める。
…なるほど。そうきたか。
『ご主人様。これはおそらく嘘です』
『ああ。だよな。オレもそう思ってた』
アカシャの助言に答える。
第一騎士団長と第一魔法士団長。この2人は王から事前にこの軍議に関する話を聞いている。
その際にオレの能力についての推測も話され、どこまで情報を得られるか調べるよう密命を受けていた。
オレはそれをアカシャから聞いて知っていた。
だから、おかしいのだ。
軍議にオレ達を参加させるべきではないという発言は。
これは、オレ達が軍議から外されることはないと確信した上での、揺さぶりに違いない。
オレの能力がバレた以上、ここからは化かし合いだ。
どこまでできるかという情報は掴ませない方が、より有利に立ち回れるからな。
「傭兵団をまとめるAランクパーティーとして、軍議から外されるのは困りますね。閣下にお伝えすべき情報もありますし」
オレはエレーナ先輩が返事をする前に、第一騎士団長の言葉に反応した。
王からの密命を知らないと匂わせておくために。
「大丈夫よ。あなた達を参加させるべきだと、私の『最善手』が言っているから。将軍に傭兵団のリーダーを招集するよう頼んだのはそういう理由。分かった?」
「御意」
エレーナ先輩がオレ達をかばって第一騎士団長に招集の経緯を説明すると、彼はかしこまって返事をした。
最初から知っていたのに、演技が上手いことだ。
「もう良いか? では、軍議を始める。まず、我が軍に関してだが…」
話が落ち着くのを静かに待っていたダビド爺ちゃんが、最近の孫大好きモードとは全く違う、『常勝将軍』モードで軍議の開始を告げた。
スルト国が集めた兵はヘニル国より少し多い22000。
その内、傭兵が1000で、魔法を使えるのが合わせて2000。
事前に敵の人数が分かってたからな。
少しでも、ヘニルより多く集めたようだ。
これぐらいの差では人数差で叩き潰すとはいかないけれど、期待していた戦力としては十分だ。
そして、後方支援としてワトスングループから2000の人員。
個人的にはこれも立派な兵。兵站に当たると思うんだが、後方支援係の商人達という形になっている。
非戦闘部隊だから、仕方ないのか?
まぁ、名称とかはどうでもいい。戦闘にはまだまともに使えない飛空艇を投入して補給を行う重要な部隊だ。
ヘニルの人員は20000で頭打ちだけど、こっちは増やそうと思えば増やせるからな。
そうはならない予定だけど。
「ワトスン。先程、ワシに伝えるべき情報があると言っていたな。申してみよ。敵の諜報の始末、戦争の時期、敵軍の人数など、貴様の情報は国の諜報部隊以上の精度だったことは記憶に新しい」
さすがは『常勝将軍』。情報の有用さを良く知っている。
「は。ヘニルの出兵は明後日。狙いはブール砦とタング砦の奪取。そして、予定されている行軍経路を我が諜報部隊が入手しましたので、お伝えいたします」
オレは知れば軍が有利になる情報を惜しみなく伝えた。
いや、惜しんでるか。
さすがに敵の能力とかは教えてないし。
強い敵はオレ達で排除するから、許して欲しい。
以前と変わらず、諜報部隊から入手した情報ということにしておく。
急に能力で手に入れた情報って言い出したら、それは能力バレを知ってるって言ってるようなものだからね。
「そ、そこまで詳細に分かるものなのか…?」
情報を伝え終わると、第一魔法士団長が思わずといった感じで聞いて来た。
演技かもしれないけど、だとしたら上手すぎる。
「私達の諜報部隊は、とても優秀ですので。敵の中枢にまで入り込んでいるのですよ」
アレクが天使スマイルで大嘘をついた。
能力なしでは全人類が騙されてしまいそうだ。
『真偽判定』の人がいたら人間不信になっていただろう。
ベイラが、詐欺師を見るような目でアレクを見ている。
…あれ? ベイラ、割とよくその目でオレを見てない?
ネリーは、さっきからよく分からん表情でちらちらとオレを見てくる。
お前の考えてることは分かりにくいんだよ…。
「情報の確度は?」
「ほぼ、間違いないかと」
第一騎士団長が強い目力で聞いてきたので、そう答える。
アカシャの情報だから絶対なんだけど、そうは言えないからね。
相手の気が変わる可能性もあるし。
「ふむ。かなり作戦を立てやすくなるな。では、各々作戦案を出せ。何でも良い。出された案をエレーナ殿下に判断していただき、最終的にワシが決める」
情報を確認した『常勝将軍』が全員に指示を出す。
エレーナ先輩の能力を活かした、とても良い作戦の立て方だ。
そして、さすが百戦錬磨の将軍、自身が誰よりも多くの作戦案を出していく。
アレクは尊敬の眼差しで祖父を見ていた。
そのせいで、途中からダビド爺ちゃんが少し張り切り過ぎたのは仕方がないことだろう。
「しばらく、これ以上の作戦案は出てないわね」
かなり案が出尽くして来た頃、エレーナ先輩が少し疲れた様子で呟いた。
確かに、しばらく最善案が入れ替わっていない。
ベイラはしばらく前から、オレの頭の上で寝ている。
仕事しろ…。
「よし。では、この作戦でいく。良いな?」
エレーナ先輩の呟きが聞こえたのか、『常勝将軍』がテーブルに肘を立てて顎の前で手を組むゲンドウポーズをとりながら確認をとった。
ベイラを除いた全員が頷く。
『どうだ、アカシャ?』
『ご主人様の作戦も合わせれば、勝率99%以上です。問題ありません』
アカシャさんの頼もしい抑揚のない平坦な声も聞けたので、完璧だろう。
オレは口角を上げた。
「ねえ…」
軍議を終えて、内容に満足しながら会議室を出て『気まぐれな隠し通路』で自室に帰る途中。
後ろを歩いていたネリーが、オレの制服の袖を掴んできた。
「な、何だよ…」
想定してないことに驚いて、ドキッとしてしまった。
語彙も残念な感じになる。
『アカシャ、仕事しろよ』
『避ける必要がないと判断いたしました』
アカシャに苦言をいうと、いつも通りの澄ました声で返される。
くそ、せめて事前に言っておいてくれれば驚かなかったのに…。
「アンタ、エレーナ殿下には指一本触れさせないって言ったの? 私、そんなこと言われたことないけど」
ネリーがしてきた質問に、目が点になる。
「いや、お前は戦うじゃん…」
近接戦闘も得意なネリーにオレはツッコミを入れた。
ちらちら見てきたのはコレかよ…。
お読みいただきありがとうございます。
第一騎士団長と第一魔法士団長の名前が長くて覚えにくそうなのは、覚える必要がないからです。
私も覚えられないと思います。




