第91話 開戦の合図
ヘニルが出兵してから7日。
スルト国は翌日に出兵したので、出兵から6日が経った。
今、オレ達は軍から少し離れて、魔物狩りや修行をしている。
行軍速度は非魔法使いに合わせるので、オレ達は暇なのだ。
その時間を使って、軍の道中の安全確保をしつつ自分達の強化を行っている。
「ご主人様、そろそろ頃合いです」
肩に座っているアカシャが、いつもと変わらない表情と声色で合図を伝えてくれる。
「わかった。ありがとうアカシャ」
オレはアカシャにお礼を言う。
ほんの僅かに、アカシャの口角が上がった気がする。
「いよいよなんだね。待ちくたびれたよ」
オレとアカシャの会話を聞いていたアレクが、天使の笑顔で好戦的なことを言う。
「腕がなるの」
ベイラは楽しそうだ。
戦闘民族だからね。
オレは戦争とかうんざりなんだけど。
「もう、行っちゃうのね…。私、退屈で死んじゃうかも…」
1人だけ別行動のネリーが悲しそうな顔をする。
ミニドラが、くーんくーんと犬のような鳴き声でネリーに頭を擦り付けている。
僕がいるよと言わんばかりに。
1人じゃなかったね。1人と1匹だったよ。
てか、ミニドラお前、「ガ」以外の声出せたんかい。
「悪いな。エレーナ先輩の護衛と、一般兵を頼むよ」
ネリーに声をかける。
ネリーにしかできない役割がある。
残ってもらう1番の目的はそのためだ。
「分かってるわよ。国と民を守るのが、私の…、トンプソン家の誇りだから」
ネリーが決意に満ちた真剣な顔でそう言うのを聞いて、オレは笑った。
出会ったときから、ネリーはずっとブレないな。
「さぁ、そろそろ行こうか。戦争なんて、早く終わらせよう」
人生を楽しむのに、戦争はいらない。
「むっ? おぉ、アレクよ。今日はもう戻ったのか」
軍に戻り首脳部の天幕に入ると、『常勝将軍』ダビド・ズベレフが孫のアレクを見て破顔した。
「はい。お祖父様。時が来ましたので、今日は早めに戻ってまいりました」
アレクもダビドじいさんに笑いかけて、報告をする。
「そうか。では、そこにいるもの達が…」
ダビドじいさんが、オレ達と一緒にいるバビブ3兄弟に視線を向けた。
「はい。僕達の諜報部隊が戻ってまいりました。報告を受けた後、出陣いたします」
アレクは天使の笑顔で祖父にそう告げた。
同じく天幕にいた第一騎士団長が、「実在したのか」と呟いたのをアカシャが伝えてくる。
実在するよ。諜報部隊って設定の部隊がね。
「ヘニル軍は2日前の時点でここにいました。おそらく、現在はこの辺りを進軍中と思われます。国境砦まではあと5日から7日ほどかかるでしょう」
長身スキンヘッドのムキムキ男であるバルが、地図を広げてこの場の全員に報告を行う。
「予想より少し早いな。あと7日から10日ほどかかると思っていたが」
ダビドじいさんが所見を述べた。
軍議では、ヘニルの行軍速度は1日15キロほどだろうと予想していた。
実際は1日20キロほどの速度で移動している。
「しかし、作戦に影響があるほどではありません。行軍経路は予想通りですしね。2、3日後くらいになるだろう、ヘニル軍の山越えを狙います」
オレは軍議で決まった作戦どおりに進めることを話す。
作戦とは、魔法使いの精鋭でのゲリラ戦を行うことだ。
軍の本隊が予定している戦場に着くまでの間、一部の魔法使いが先行して敵の戦力を削る。
ベイラがテキトーに出した、一見無謀に見えるこの作戦は、しかしエレーナ先輩の『最善手』に支持された。
間違いなく、アカシャのスキル込みで判断されたのだろう。
絶対に見つからないよう奇襲を行い、確実に逃げ、それを繰り返す。
アカシャの力なら、そう難しくはないことだ。
警戒されて難しくなれば、それも分かるから撤退して本隊に合流すればいいだけだしな。
それに、オレが元々考えていた作戦もやりやすくなる。
「本当に、行くのですな?」
第一魔法士団長がゴクリと唾を飲み込みながら聞いてくる。
先行する精鋭700名に国の正規軍である騎士団、魔法士団は一切含まれていない。
あまりにも危険過ぎる死地に国軍は送れない、そういう判断だろう。
「何よ、私の『最善手』が信じられないっていうの? …でも、確かに『最善手』が教えてくれるのは結果だけ。戦争は確実に有利になるけれど、どれくらいの犠牲が出るかは分からないわ」
エレーナ先輩は第一魔法士団長の態度に反論しかけたが、うつむいて不安を口にした。
「エレーナ殿下を信じます。最善の方法を使わない手はありません。では、将軍。700名の指揮権をお借りしますね」
オレはダビドじいさんに確認をとる。
家柄的にはアレクが相応しいのだが、アレクは強くオレを推した。
エレーナ先輩の『最善手』でもオレの方が良いとなったことから、先行部隊の指揮権はオレが持つ予定になっていた。
「………うむ。セイ・ワトスンに魔法部隊700名の指揮権を与える。確実に敵に打撃を与えてこい。ただし、無理はするな。戦力を削ぐだけで十分だ」
とても複雑な顔をしたダビドじいさんは、ぐっと目を瞑った後に、そう告げた。
「はっ。7日以内には再び本隊に合流いたします」
正式に指揮権を与えられたオレは、作戦を終えた後の合流の予定を告げて、仲間達と一緒に天幕を出た。
「待て!」
天幕から出てすぐ、オレ達を追って出てきたダビドじいさんに呼び止められる。
「アレクは、アレクはたった1人の跡取りなのだ…。どうか、どうか無事に返してくれ」
ダビドじいさんは、オレの両手を自分の両手で強く包み込み、深く頭を下げて頼み込んだ。
とても強い感情が伝わってくる。
言いたいことはたくさんあるだろう。
アレクを残せないのかとか、なぜネリーだけ残すのかなど。
そもそも大貴族の跡取りは戦争に出てこないことも多いのだ。
ミカエル・ナドルですら、出てきていないのに。
それでも、ダビド・ズベレフは一切の不平は言わなかった。
ただ、アレクの無事だけを願った。
自分が戦争で功績を積み上げて今の地位にいるからっていうのもあるだろうけど、それだけではないのが言葉と態度から伝わってくる。
いい人だなぁ。さすがアレクのじいちゃん。好きだ。
「お祖父様……。大丈夫です。僕とセイを信じてください」
アレクもじいちゃんの言葉に感動したようで、そっとオレとダビド爺さんの手の上に自分の手を重ねて、そう言った。
「あたちもいるの! 任せておくの!」
ベイラが飛んできて、ドヤ顔でその手の上に座った。
その姿に、フッと笑いが込み上げる。
「ええ、ベイラの言う通り。オレ達に任せてください。アレクは傷一つ負わずに帰ってきますよ」
オレは笑顔でそう約束した。
「うむ。ありがとう。ありがとう。頼んだぞ…」
しばらくそう言っていたダビド爺さんの目には涙が浮かんでいた。
「お祖父様、これを渡しておきます。後でこっそりわたす予定だったのですが…」
アレクがこちらを見るので、誰にも見られていないことをアカシャに確認して頷く。
アレクが渡した物は、ボタンの付いた手のひらサイズの箱型魔道具だ。
「これは?」
ダビドじいさんが顔を上げて聞いてくる。
天幕に戻る前に、顔を洗った方がいいかもしれないと思った。
将軍の威厳とは程遠い状態になっている。
「電…。いや、念話機という魔道具です。今回の切り札の1つですよ」
オレはいたずらっぽく笑って、ダビドじいさんに極秘かつ最新の魔道具について説明をした。
念話機を使って。
結果、後日にイタ電。いやイタ念レベルの安否確認着信がアレクの元にいき、温和なアレクでさえもブチ切れたのは余談である。
2日後、オレ達は国軍を除く精鋭の魔法使い700名を引き連れて秘密裏にヘニル国へ入り込み、イディと呼ばれる山に張り巡らされた広大な地下トンネルの中にいた。
『さすがスルティア。注文通りだな。ありがとう』
この地下トンネルを予め作り、今は再び学園の地下にいるスルティアにお礼の念話を送る。
『礼には及ばん。スルト国の敵は、ワシの敵じゃ。それに、お主らの身を守るための地下トンネル。本気にならんわけがない』
ツンデレっぽい言い方でスルティアから返答がくる。
『頼りにしてるぜ』
『サポートは任せよ』
頼もしいね。
この地下トンネルも切り札の1つだ。
これだけでも、かなりのことができる。
仲間達以外はすごく驚いていたけどな。
予め作っておいたとだけ言っておいた。
『ご主人様、ヘニルの軍がイディ山に差し掛かるまで約3時間ございます。いかがいたしますか?』
『来る途中でもやったけど、少しでも訓練をしておくか』
アカシャから少しだけ時間があると言われ、少しだけ考えてから決める。
ダンジョン用装備のズボンのポケットから念話機を取り出し、全部隊に繋がるボタンを押した。
6時間後、ヘニル軍がかなり理想的に近い配置になったことから、オレを含む3小隊だけに地上に出る指示を出した。
最初の1発だけは確実に成功させておきたい。
『B1、そのまま待機』
『C1、あと3メートル北へ』
小隊ごとに繋がる念話機のボタンを押しながら指示を出していく。
当然、アカシャの情報で全ての索敵などを回避して、攻撃に最適な位置へと移動をする。
ちなみに、B1はアレクでC1はベイラ、A1がオレだ。
オレも小隊の4人に手で指示を出しながら移動し、配置に付いた。
『A、B、C小隊。リーダーの使う火の魔法に合わせろ。燃焼力さえイメージすればいい』
念話機で攻撃の指示を出し、オレ自身も"宣誓"は使わず"限定"のみ使って火の矢の魔法の詠唱を開始する。
攻撃方向へ向けて伸ばした右手の上に、火の矢が浮かび上がる。
方向と貫通力はオレ依存。
燃焼力は全員の合作だ。
そのように魔法を調整してある。
A小隊の4人も続いて火魔法の詠唱を開始し、オレの火の矢を見つめて魔力を込めていく。
『B1の照準を28度左へ。C1の照準を13度右へ』
アカシャから指示が飛んでくる。
それを即座にアレクとベイラに伝えていく。
正確な角度数を言われても2人はピッタリには動けないので、微修正を加えながら照準を絞る。
完全に敵から察知できない位置からの攻撃だ。
当然こちらからも相手の位置は全く見えない。
アカシャの指示だけが頼りだ。
『照準、威力、速度とも許容範囲を完全にクリア。即時発射』
左肩に座るアカシャが目を瞑りながら、抑揚のない声で発射指示を告げた。
『即時発射!!』
『『了!』』
事前に話し合っていたオレ達は、完全に同時に火の矢の魔法を放った。
火の矢が照準方向に、無音かつ超スピードで飛んでいく。
『成功率100%』
『成功だ。全小隊、迅速かつ静かに、来た道を戻りトンネルに入れ』
アカシャの声を聞いたオレはすぐに3小隊に指示を出し、A小隊を連れて1番近いトンネルの入口に向かった。
後ろから爆音が聞こえる。
ヘニル軍の、おおよそ全兵糧の焼失が開戦の合図だ。
願わくは、これで退却して欲しい。




