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たとえばこんなディストピア  作者: おきをたしかに
*キスから始まる異世界転生*
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残酷な童話ー5

「なっちゃん」

 呼ばれて振り返ると美夕がいた。おかっぱ頭の幼い美夕だ。大事そうに絵本を抱えて微笑んでいる。

 ああ、俺は夢を見てるのか。

 夢とわかっていたけれど、思い出の中の美夕ともう少し喋りたくて俺は彼女の目線に合わせてしゃがんだ。

「美夕……もう少し待っててくれ。フェアビューランドを美夕が安心して住める世界にしてから、転生させるからな」

「お引っ越しするの?なっちゃん」

 美夕はきょとんと目を丸くする。

「ああ、そうだよ。新しい世界に行くんだ。美夕が好きな絵本の中みたいないい所だよ。美夕は向こうでは何になりたい?やっぱ可愛いドレスを着たお姫様か?」

 美夕は答えなかった。

「美夕?」

「……なっちゃん、美夕、どこへも行きたくない」

「え?だって美夕……」

「パパやママとお別れするのは嫌。それに、絵本の中は怖い所なんだよ」

「ハハハ……怖くなんてないよ。野原には羊が遊んでて、森には妖精がいて、みんな仲良く暮らしてるんだよ?絵本の中でもそうだろ?」

 俺は美夕が抱えている絵本を指差した。

「ううん、違うよ。森には人喰い狼が棲んでいて、森の奥にある沼には怪物が棲んでるの。お城に住んでいた王子様とお姫様は、魔女に騙されて眠ったままなんだよ」

 読んだ絵本の怖い場面が印象に残っているんだろうか。真剣に語る美夕が俺は愛おしかった。

「じゃあ山には火を吐くドラゴンが棲んでるかもしれないな。俺と一緒に冒険しようよ」

「ううん、行かない。なっちゃんは行っちゃうの?」

「俺?俺は美夕と一緒なら……」

「五十嵐夏生」

 俺と美夕の会話を遮ったのは、聞き覚えのある低い声。

「ソール?何の用だよ。せっかく美夕と話してたのに……転移させた連中の肉体(からだ)はまだみつかってないぜ」

 不機嫌さを隠さない俺の前に、やれやれ、と言いながら“死と再生を司る者“が現れた。

「時間はあまり残されていないと言った筈だぞ」

 ソールは前に見た時と同じ黒づくめの出で立ちだった。

「……わかってる。さっさと問題を解決して美夕を転生させる」

「それなんだが……笠原美夕本人はフェアビューランドへの転生を願っているのか?」

 俺は自信満々で答えた。

「当たり前じゃないか。ああいう所で暮らしたいと願って絵に描いてたんだろ。日記にも、痛みのない世界とか書いてあったし……なあ、美夕」

 しかし美夕は首を左右にぶんぶんと振った。

「美夕、どこにも行かない」

「だけど美夕、お前の命はあと僅かで尽きてしまうんだぞ。今の世界じゃ長くは生きられないんだ。だから俺は――――」

 俺の不安を見透かしたようにソールが言う。

「あの世界は誰が誰の為に創ったのか知っているか?五十嵐夏生」

「ルシフェルが美夕の為に創ったんだろ」

 ルシフェルの名前に美夕が反応する。

「ルシフェル?私が描いた女の子?可愛いでしょ!東京出身でとってもオシャレなんだよ。あの子が出てくるお話をいくつも考えたんだ。でも、上手に書けなくて……美夕、手が震えて字が上手く書けないの」

「美夕……」

 ルシフェルに関して、美夕は饒舌だった。楽しそうに自分が考えた空想の女の子について語ってくれた。

「ルシフェルはね、可愛い服をたくさん持っててね、どこにでも行ける魔法を使えるの」

「ルシフェルは、魔法使いなんだ?」

「フフッ。そうだよ」

 俺が聞くと美夕はいたずらっぽく笑った。

「でもね、あの子実は悪い子なんだよ。王子様とお姫様を引き離す悪い魔女」

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