残酷な童話ー3
「美絵子」
俺の姿を見た美絵子は目を大きく見開いたまま固まっていた。
「ナ、ナツ……」
「どう?幽霊を見た感想は?」
にやりと笑った俺は内心穏やかではなかった。
以前付き合っていた美絵子がSNSでメッセージを送ってきたのだ。
メッセージにはこう書いてあった。
“もう一度会いたい“と。
待ち合わせの場所も書いてあったのでそこへ行ってみると、彼女が待っていた――――陽炎に包まれて。
「美絵子……お前、死にたいの?」
彼女は俺の言葉に顔色を変え、そして頷いた。
「うん……死にたい。でも、その前に」
「その前に?」
「私、ナツに謝りたくて……」
肩を震わせながら彼女は告白した。
「ナツがイジメられたの、私のせいなの」
◇◆◇
美絵子の話はこうだった。
優柔不断で誰にでもいい顔をする俺に彼女は不安を感じ、仲の良かった女友達にそのことを相談していたそうだ。
その女友達は自分の彼氏にその話をし、その男は自分の友人達にそれを話したらしい。その中に、美絵子に片想いをしていた男がいた。
俺と別れた後、美絵子が付き合ったのはそいつらしい。
そいつと付き合いながらも美絵子は俺と撮った写真をスマートフォン内に保存し、俺からの誕生日プレゼントも捨てずに持っていた。
それを新しい彼氏にみつかり、糾弾された美絵子はある嘘をついた。
「ナツの方からまた付き合おうって言われたって言っちゃったの。本当は、私がナツを忘れられないだけだったのに。でも、言えなくて嘘ついた。そしたら……」
美絵子の交際相手は正面から俺に文句を言うのではなく、仲の良い同級生を巻き込んでのイジメという手段で俺をこらしめようと画策したらしい。
SNSで俺に関するあることないことを吹聴・拡散し、SNSでも学校でも俺を無視するよう仕向けたのだ。
「ごめんなさい、ナツ……私、それだけなら大丈夫だと思ってたの。無視するだけだし、皆すぐやめるって……」
それがあの壮絶なイジメに発展し、俺は自殺に追い込まれたのか。
「……」
俺は黙って聞いていた。特に憤ることもなく、妙に冷静だった。
「ナツ、ごめんねナツ……私、怖くて止められなかったの。もうやめようって言わなきゃいけなかったのに、怖くて出来なかった」
はらはらと涙を零す美絵子に、俺は怒る気になれなかった。
もう、いいんだ。本当にそう思った。
そんなの、別にどうでもいい。
「良かったんだよ、何も言わなくて。言ったらたぶん、美絵子がイジメの的になってただろ」
「ナツ……」
「それに……あいつら楽しんでやってただろ。きっかけは美絵子の嘘かも知れないけどさ……俺をイジメるのが思いのほかおもしろかったんだ。それでどんどんエスカレートしていって……」
はあ、と大きくため息をついてから、俺は美絵子に言った。
「美絵子のせいじゃねえよ。気にすんな。あのくらいで死のうとした俺も弱かったんだよ。お前が言うように俺って優柔不断で言うことコロコロ変わるし、基本軽いし……この性格直さないといつか痛い目に遭うって親から何度も注意されてたのに、変わろうとしなかったし。その場その場を切り抜ける為に嘘つくのが日常茶飯事だったし……そういうのって伝わっちゃうんだろうな。皆俺のこと、ムカつく奴だと思ってたんだろ」
「でも、ナツ、私……辛いの。私のせいでナツがあんな目に遭って、飛び降りて……学校の皆が消えて……全部変わっちゃった。全部……」
泣きじゃくりながら美絵子は俺に縋り付いてきた。
「辛いの……生きるのが辛い。連れていって……次はもっとマシな生き方がしたい。ナツとキスしたら、ここから消えて生まれ変われるんでしょう?皆こことは違う世界で人生やり直してるんでしょう?」
「美絵子、それは……」
「自殺サイト見たよ。閉鎖される前の掲示板。ナツの書き込み、読んだ。いくらなの?転生って」
「あれは……違うんだ美絵子」
「連れてってよ、ナツ……私、もうこんな世界で生きるの嫌!自分のことも大嫌い。助けて、ナツ……!」
しがみつく美絵子を俺は引き剥がした。
無理だ。フェアビューランドに美絵子を転移させるわけにはいかない。
思ってたのと違うんだ。あの世界は何かがおかしい。それを突き止めるまでは、誰も……。
「ダメだ……ごめん。美絵子はここで生きてくれ」
「ナツ……!」
美絵子は何度も俺の名を叫んでいた。
だが俺は走り去った。一度も振り返らずに。
だから彼女の声が止んだ時、諦めてくれたんだとしか思わなかった。
俺はまた過ちを繰り返したことに気付きもせずに、その場に彼女を置き去りにしたんだ。




